第九幕:蜘蛛からの挑戦
やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
第八幕では、自分がどれほどマヌケなヤツを頼ったのかを正確に理解した。
まるで僕が引いたカードをマヌケがぶつかってきて、ばらまかれた気分だ。
「ワトソン。君は僕にどうしてほしい?」と聞いた。先を聞くのが怖かったからだ。どこまで話したと直接聞くのさえ、怖かった。
僕がシャーロック・ホームズだと、蜘蛛ーー彼は気付いているのかーーああ、このまま窓から飛び降りて、馬車に轢かれたい。
僕はベーカー街にある新しい拠点から見える街の景色を見た。
太陽は高く、マヌケは佇む。
遠くでは馬車の音。
行き交う足音。
歴史あるブロックの建物よ。
ああ、石の愛よ。
積み立てたものは、愛か憎か。
応えるものはなし。
自由を得たはずだった。
全てが悪い方に見えた。
「彼は、僕をいつでも始末できるんだろうな」と呟くしかできなかった。
「ボクは、悪くないーー」とデクノボウは呟いてた。
「ああ、悪いのは君の頭の中だ。お花畑が何もかも狂わせる。ねえ、君。そして、どうなった? 酒場で置いてかれたか? この用無しめ、とか。」
「まさか!ボクは彼の家に招かれた。」
僕は意識が遠のきそうだった。
まだ彼は搾り取るつもりか!
ーーいいだろう。
ーー最後まで聴いてやる。
このマヌケをーーここから投げ飛ばす前に。
「ボクはビクター卿から、彼の家に招かれた。
まるで、貴族のようにね。
でも家は質素だ。三階建てのフラットみたいだ。部屋は全部、彼のものだ。
だけど家族二人で住むには広すぎる。
彼は奥さんと暮らしていた。二階の部屋で。三階には行かなかった。だけど、人の気配がした気がした。
ボクは鼻がきく。三階には酒を飲んだ奴がいる。しかも大量にね。」
「二人で住んでるだと?彼女の子はどうした? いや、まて、まってくれ。彼女と子どもの名前はいうなーー」
「え、なぜだい?」
「僕は、彼女の名前を思い出したら、耐えられない。子どもの名前も知りたくはない。」
「ーーわかった。彼女の子はドイツにいる。十歳ぐらいだ。留学のために親戚に預けられた。」
「なぜ?」
「そこは聞いてない。」
「なぜ、子どもだけで、ドイツにやった? ロンドンでヤツは何かをやるつもりーーだ。犯罪美術館だーー」と僕は呟いた。
「ホームズ。続けていいかな?」とデクノボウがいった。
「わかった。ーー続けてくれ。それでーーどうなった? 彼女は何か君に?」
「何も。とてもキレイな人だけど、ボクには合わないな。彼女、頭の良し悪しで人を見てる気がするーー」
「そんな事はない!」と僕は声を荒げた。
無意識の奥へと追いやった彼女が、形となっていく。なんとか気を逸らさないとーー。
「それで?」
「彼女はボクに会釈すると、部屋に引っ込んだ。ボクは子供部屋で寝た。
たぶん、頭のいい子だ。
本棚には医学から錬金術の本まであったよ。オタクかもね。」
ボクは、あの天使を思い出した。
つい、思い出した。
◆
彼女は金髪の髪なのに、
あの子の髪は黒かった。大きな水色の瞳をして、顔がふっくらしていたよ。
まるで小さな天使の微笑みだ。
◆
僕はしゃがみ込んだ。耐えきれない。
「ーーホームズ!?」とワトソンは驚いた声をあげた。
「ボクは、またーー君の気に入らないこと、言ったのかい?」
「いいやーーそんな事ないーーこれは、僕の個人的な問題なんだ。
続けてくれ。
そして、ーー何があった?」
「それだけ。彼はボクに酒瓶と詩を贈ってくれた。詩は君のさ。
ーーだけど、酒瓶は、その、彼はボクにくれたんだ。君じゃない。
君のじゃないーー」
そういうとアル中は顔を真っ青にした。自分が喋りすぎたと、気付いたんだ。
「僕に詩だと? 蜘蛛のヤツ、何を考えているーー代わりに読んでくれ。」と僕はなるべく冷たく言った。
ーー彼は、こう読んだ。
◆
バッカスの息子よ
散らせ花びらを
それは赤い定めの証
愛する君よ、君なのだ
ここは花畑
赤い絨毯が広がるまえに
飛び立て
始まりはここだ
バッカスの息子よ
酒を隠せ
それは誘う狂気の先
ただ生きよ
だが逃げ場はない
世界は花畑
逃げ場はない
二人で語り合った過去
思い出に逃げる蜘蛛
涙は言葉
◆
僕は背筋が凍る気がした。
これは破滅を歌っている気がした。
世界に逃げ場はない?
ヤツはーー何を伝えたかったのだろう。だけどーー僕の知性は黙ったままだ。
蜘蛛はーー何かを企んでいる。
ヤツは僕に挑戦させたがっているんだ。
でも、ーー何を?
こうして、第九幕は謎の詩で幕を閉じる。




