第八幕:蜘蛛の人柄
ねえ、君。君はホームズだ。そして、ボクはルームメイトのワトソン。
なぜかって?
君がホームズと名乗るからさ。
“彼”のとなりには、ワトソンがいる。
それが、ボクなんだ。
第七幕では、ホームズのいう蜘蛛ーービクター教授に、ボクが助けられたのを君に話した。
ボクの何が不満なのか、君は怒ってるように見える。
大丈夫。大したことない。
ボクの本名なんて、きっと、
なんの影響もない。
ボクは彼が何者かってのを探ってきた。君のためにね。
そこは酒場で、奥の席にビクター教授とボクが座っていた。
ーーボクは三杯目の酒を頼んだ。
そう、景気づけに。
ボクは......それを少しずつ飲みながら、彼に聞いたんだ。
「ボクは、彼からーーあなたの名前しか知らされてない。だから、その、彼もーーあなたの事を知らない。
だから聞きたい。あなたがどんな人なのか。本当の事を。」
「ーー誰も本当の自分は、分からない。
私も......さんざん言葉を探してみたけれど、本当の自分ーーそれは他者から見た”人物評価”にすぎん。ーーわかるかね?」
彼は卓上に長い腕を乗せたまま、人さし指を卓に打ち付けて鳴らし始めた。
ボクらの会話にコツーーコツーーとなり始めた。
「我々は言葉で自己を作るが、その自己は他者の観測によってのみ、生きてくる。つまり他人の目のない言葉は、絵でしかすぎない。
どんな人なのかーーふふふーーどんな人なのかーー、私は君の見た通りの存在だ。」
ボクは、大して気にしなかった。
ーーそうだなと思った。
彼は誤解されやすい。
見る人によっては、きっと彼は悪魔みたいな人なんだろうなって。
「良かった。ボクと彼は誤解してたかもしれない。」
彼は目を細めて、微笑んだ。
それが気持ち悪いんだーー表情の作り方を真似た何かなんだ。
彼は黙ってた。ボクは飲んでた。
ボクのパンチは、彼の財布を確実に打ちのめした。
だってそうだろ?
言語学者といっても、安月給さ。
ボクは高い酒をたのんでた。
ーーでも、彼は笑ってたんだ。
「君と話していると、楽しい。
頭の中が”お花畑”の友人を思い出す。」と彼は言った。
「ボクと彼は、その、似てるんですか?」
「いいや。ーー彼はーー美しかった。」
彼は沈黙した。何か彼の中で動いていた。彼の額から一粒だけ汗が流れたのを見た。
「美しかった? 何か含みがあるように聞こえます。」とボクは聞いた。
なんだか、なにか、聞き逃したかもしれない。だから、彼に聞いた。
「含みーーふふふ、そうかもしれないね。君との話が面白くて、つい。怒らないでくれ。人は人だよ。」
ボクは彼の動揺を見破った。
今こそ、聞くべき時だ。
「あなたは、ご家族を愛してますか?」
ホームズ。ボクは彼に聞いたぞ。
核心ってやつだ。
君が安心できるように。
「愛? 急な質問だな。愛か。人並みには愛してるつもりだ。ふふふ、少し照れるなーー君。酒の席でなければ、答えられない。」
そうだと思う。だけど、彼は一滴も飲まない。飲むのが、まるでボクの仕事みたいなようだ。
「すみませんーーボクは失礼なことーー」と謝った。これで安心したろ?
君の元カノや子どもは安心だ。
何せ、人並みに愛してるんだから。
だから、睨むのはよしてくれ。
せっかく、気持ち良く帰ってきたのに。
「つまり、この、マヌケ、君って、この、なんて言えば、ああ!クソ、この!アホ!ちがう、ウスノローー」
君がボクを罵倒したいのは、わかる。
きっと、何か誤解があるんだ。
彼との誤解もあった。
そして、ボクとも誤解してる。
「続きを聞かせてくれーー。」と君は深くため息をついた。
いいけど、睨むのはやめてくれ。
ボクは、その後は少し酒を呑むのをやめて、彼を眺めたんだ。
「強姦の疑いをかけられた友人を覚えてますか?」と。
彼は、そう、ものすごく微笑んだ。
ちゃんとした笑顔だったよ。
「ああ、君のいう彼はーー」
ねえ、ごめん。ホームズ。
ボクは君の名前も知ったけどーー。
うん。言わないでおくよ。
だって君、まるで、ボクをーーそのひどい顔だよーー?
(こうして、第八幕はデクノボウにより幕を閉じる。)




