第六幕:蜘蛛の名前
【物語】シャーロキアンのホームズⅣ(6) 〜虚構探偵ホームズの物語〜
【第六幕】
やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
第五幕では、僕はワトソンにグレグソン警部補が用意した住処は安全。
ドクター・ハントリーが僕らを連れ戻す事はないという事を教えた。
それから彼が、僕の目として街に出て情報を集めてくるように仕向けた。
そして自己嫌悪に陥ったんだ。
「ホームズ。起きてくれ。ーーもう昼だぞ。」とワトソンから声をかけられて、僕は肩を揺さぶられた。
ここは、居間だった。
この部屋の唯一の見晴らしのいい窓の下で僕は眠っていたようだった。
頭が上手く回らない。口の中が乾いてた。
「ああ......、何も食ってないーー腹が減ったーー」と言って、僕は部屋を見まわした。視界がクリアになってきた。
部屋はーーある程度は、掃除されていた。
「ワトソン。君がやったのかい?」と僕は聞いた。
「いいや。グレグソンさんの用意したハウスメイドがやったよ。彼女、君を捨てるとまで言ってた。」
「ふざけたヤツだ。顔を拝んだらぶん殴るかもしれないぜ」と僕は軽口を言った。
「おいーー、彼女は近くにいるぜ」とワトソンは僕の耳元で警告した。
奥の部屋の扉が開かれた。
そこには、不機嫌そうな背が低い小太りの女がいた。彼女の髪は茶髪で肩までのびたくせ毛だった。身体は、酒樽に太い二の腕が突き出たように特徴的だった。その体躯を隠すように、黒いエプロンを着けていた。
「お初にお目にかかります。
トビー坊ちゃんから、
ここの管理を任されたハウスメイドのメイベル・アダムズと申します。
皆さまはワタクシをアダムズ夫人と呼びます。このフラットの一階に住み込みです。何かご用がございましたら、
なんなりとお申し付けください。」
僕は彼女の言葉を一瞬で見破った。
「おい、アンタは嘘ついてる。
アダムズ夫人だって?
得体の知れない男二人もいるところに、夫人を送り込むなんてナンセンスだぜ。アンタの旦那さんが、よほどのお人よしか、大マヌケがのどっちかだ。そんなアホウはいるとも思えん。
死んだか、もともといないーー」
それから、この口から余計な事が飛び出た。
この余計な言葉は、彼女の耳の中に入り、その小さな脳を揺さぶった。
彼女の不機嫌な顔は更に歪み、赤く染まっていった。
ドンッと足踏みをしたかと思うと、この女は侮蔑を込めてこう言った。
「何かご用がございましたら!
なんなりとお申し付けください!」
ものすごい声量だった。
僕は一発で目が覚めちまった。
彼女はそのままの調子で部屋から出ていく。階段を降りる音さえ、恐ろしかった。
「あとで、アダムズ夫人に謝っておきなよ。でないと、ボクらは彼女に毒殺される。」
「あんな女の作ったもんを食わなきゃいけないのか?」と僕はウンザリとした。蜘蛛の次に厄介かもしれない。
「ホームズーー。君に言いたい事は、他にもある。まず、昼まで寝てた君だ。あの眠りは尋常じゃない。
クスリを使ってないだろうね。
ドクター・ハントリーの白衣の中に、本来あるはずのものがなかった。
君、まさかーー」
「ーー疲れていただけさ。」と僕は言った。思わずポケットに手がのびた。
ーーない。
ワトソンが死刑宣告のように言った。
「アダムズ夫人は、床に落ちてるものを全部ゴミとして処分する。
君も危なかったぜ」とね。
僕はあの女とはわかり合えん。
何があってもだーー。
しばらくワトソンは、僕を見つめていた。それから彼は口を開いた。
「君に頼まれた事をやってきたよ。
ーー彼女たちを見てきた。
そして、蜘蛛と話をしたよ。
君が蜘蛛と呼ぶビクター・フォン・アラクタムーー言語学者のビクター教授にね。」
僕の心臓が一気に冷えた。
ワトソンを睨んでだかもしれない。
なぜヤツと話を、それよりも、彼は何を吹き込まれたんだ。
それが気になって仕方がなかった。
「聞かせてくれーー、彼は何を言ったんだ? 君に......」
ーー僕は彼を静かに見た。
(こうして、第六幕は語り部の交代で幕を閉じる。)




