第五幕:吸血鬼
やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
第四幕では、ベーカー街に僕らの拠点ができた。グレグソン警部補が用意してくれた。
僕は彼をお金持ちだと思ってる。でも、ワトソンは信じてない。それどころか、ドクター・ハントリーが僕らを連れ戻すと考えて怯えていた。
だから僕は、彼に安心するように話をすることにした。
自分にも言い聞かせたかったからだ。
僕らは居間の見晴らしのいい窓の下に並んで腰かけた。
そこがマシだから。
家具は埃だらけで、何もする気が起きない。管理人を待たなきゃならない。
「ドクター・ハントリーは、僕らに手は出さない。もしも彼が僕らの脱出劇に対して訴えてみろ。」と僕はワトソンのウスノロの目を眺めた。
「彼は自分が隠したかったことを世間の前で公表しなきゃならない。
彼のプライベートは破綻し、彼自身も狂ってることを告白しなきゃいけない。わかるかい?」とワトソンに聞いてみた。
「彼は狂っていた......?」
「そうとも、君のアル中なんて。可愛いものさ。ーー僕らの自称もね」と僕。
「約二年間。僕はアイツの権力、自信、存在意義を否定してきた。時に反乱めいた事を起こした。アイツは僕を治療しようとしたさ。
でも、この二年間がーーヤツを叩きのめした。ボクシングだからね。」
「君は......彼を変えたんだーー。”わざ”と。あの部屋で二人っきりにさせるためーー」
「君は医者だし、僕が死にかけていると言えば、彼は信じるしかない。
良かったな。彼は君を信頼してたぜ。
喜んで飛んできたんだ。」
ワトソンは不満そうだった。
「最低だ。紳士として、ありえないーーそんな、君は悪魔だ。ろくでなしだよ。でも、まあ、ボクも同罪だ。」
「思いつめるなよ。さて、アイツは死の床についた僕から、正式な謝罪を求めた。あと、僕に屈辱を味あわせたかったかもしれない。今となっては、わからんさ。彼に聞きに行くかい?」
「まさか!ーー聞けるわけがない。恐ろしいよ。彼も君も狂っている。ーーこういう時の酒がボクには必要だ。
ーーいますぐにね。」とワトソンはノドを撫でてた。
「わかるよ。」と僕は肩をすくめて見せた。
「僕も置いてきた宝物たちが恋しい。
こんな時にこそさ。」と僕は軽口を言った。
ワトソンは答えず、僕を睨みつけた。
僕らはお互いに何をいうか迷っていた。だけど、とうとう僕の方から口を開いた。
「ドクター・ハントリーは、僕らを追わない。手は出せない。彼はお金を一切ーー持ってなかった。これは、彼の世界が、この社会ではなく、あそこを完全なすみかとして選んだ証拠さ。
彼の居場所は、外にはない。」
僕はそういうと、完全に黙った。
「ーーわかった。君の言う通りだと思う。さ、ホームズ。頭を切り替えよう。まずは酒だ。グレグソンさんからもらった金で飲みに行こう。
君が一緒にこないと、ボクは連れ戻されるぞ。」
僕は頭を抱えた。
「ダメだ、ワトソン。ここにいろ。すぐに飲みにいける。だが、今はマズイんだ。」
僕は不安だった。まだ、外に出るのが怖かった。
あの忌まわしい強姦の疑いをかけられた日から、ロンドンを逃げ出して三年後の環境も変わってた。
アレから、もっと変わったに違いない。
もっと時間が欲しかった。
「ホームズ。外に出るのが、怖いのかい?」と彼は言った。
「怖いさ。君には分かるまい。」と僕は情けなくふるまった。
ワトソンは僕を見つめた。
「ロンドンは、ボクにとってまだ形は変わってないと思う。
ホームズが怖いと思うなら、君が見にいきたいトコを教えてくれ。
ボクが君の目になる。」
僕は黙った。彼がこういうだろうと、予想していたからだ。
僕のワトソンならーー。
ーーでも、すごい自己嫌悪だ。
ーー僕は吸血鬼のようだった。
他人の善意を、吸い尽くす悪魔さ。
(こうして、第五幕はホームズの目により幕を閉じる。)




