77作目 学園生活1日目
次の日、俺はやけに頭が冴えていた。昨日感じていた自己嫌悪は音もなくどこかに消え去り、なんとなく心にかかっていたモヤのようなものがなくなっているような気がした。昨日のアレは、一夜で消えるようなものでもないはずだが…
そんな疑問を浮かべながら準備を進め、朝食を手早く済ませて学校に向かった。何度も確認した持ち物に不備はなく、初日から忘れ物をしたという恥をかく心配もない。学園都市の早朝は酷く騒がしい、生徒が朝食をとるために屋台は忙しそうに稼働しており、様々なところで列が成されてる。
教室に辿り着くと既に何人か教室にいて目が合った。特に会話することもなく、俺は自席に座る。窓から見える景色には人の群れが校舎に飲まれていく様子が確認できた。勇者が通ればひと目でわかる、特にやることもない今はこうやって観察して時間を潰すくらいが丁度いい。どれくらい眺めていたか分からないが、教室内が騒がしくなっていることに気がついた。どうやらリオネルが来たからみたいだが、彼は初日からクラスの中心人物のようだった。
彼は困ったように集まる集団に笑顔を向けながら席に座り、相槌を何度も曖昧に返した。俺は再び眼下の景色を見据えながらクラスメイトの雑談を又聞きし、セドリックが教室に来るのを待った。しばらくして始業のベルが鳴り、扉が静かに開いた。全員の出席を確認したあと、今日の予定を話し始める。
「Aクラスの諸君、おはよう。遅刻欠席なし、初日だから当然だがその調子で頼む。さて、本日の予定だが四限までは応用魔法座学の授業だ。昼休憩を済ませたあと、実技の時間に入る。第二実技室に現地集合だ、特待クラスも来るから決して遅れないように」
セドリックの静かな声が、教室に響いた。その後、教卓に置いてある名簿を確認するよりも先に俺の方を見つめ始め目が合った。
「…バルくん、ブレザーはどうした?」
「すまん、忘れた」
「教師には敬語を使え、今日は私の方から学務課に報告しておくが今後は忘れ物を控えるように」
「すま…すいません…」
教室の視線が俺の元に一点集中する。初日から忘れ物など、要らぬ恥をかいた。
「それと、最近街の方で行方不明者が多発している。みんなも耳に入ってるだろう。まぁ諸君らであれば、迎撃くらいは容易かろうが特に女性は気をつけるように」
そう言って彼は教室を後にする。火属性担当の彼は、この後に控える応用座学の教鞭を振るわないからだろう。それにしても行方不明者、か。
学園都市でそんな犯罪をする輩はどんな人物だろうか。この都市の治安は比較的良い方だ。魔法のエリートとされる生徒がおり、更にそれらに教える立場の教師、そしてなによりエルフである学園長がいるこの場所は犯罪が起きにくい。
つまり、ここでそんな馬鹿な真似をするやつは余程の馬鹿か、その実力者をものともしない腕の立つ者がすることだ。おそらく、犯人はその両方だろう。
少しした後白髪の混じった男性教師が入ってくる。身体によく馴染むスーツを着て、優雅な立ち振る舞いで教壇の前に立った。
「初めまして、ユリウス・ノクターンです。一限の応用魔法座学担当です。といってもまぁ、応用座学担当の教師は沢山いるんですけどね」
そういってユリウスは黒板に文字を書き始めて授業が始まった。ユリウスの授業はかなり分かりやすく、物腰柔らかな態度と、優しい声が耳によく通った。
魔法の成り立ちから始まり、人類が現在到達できた各属性の現段階最高段位の説明に入った。
「現在、基本属性で最も進んでるのは火属性です。その次に水、土、風の同列となります。これらに関しての詳しい説明は各属性担当の教師が後ほど話すと思いますので、今回は軽い説明に留めておきます」
火属性は現在、三ノ段まで進んでいるらしくその司る事象の名前は"爆発"。水が四ノ段で"氷結"、風が"嵐流"、土が"腐敗"だそうだ。
それぞれが発動するだけで周りに多大な影響を及ぼし、三ノ段である"爆発"に関しては1度使っただけで山をえぐったらしい。なぜ、火属性のみ進んでいるのかに関しては説明がされなかった。
「ちなみにですが、魔物が使う魔法に関しては更に幅広くあります。有名なところで言いますとバジリスクの石化魔法などが挙げられますね。魔物は魔力由来の生態ですから、人間よりはるかに高みにいます」
そうユリウスが言って授業は終わった。その後も教師を入れ替えながら応用座学は四限まで続き、昼休みに入った。教室を後にすると廊下は人でごった返しており、学食もどうせ混んでいると予想できた。確か購買があったはずだし、そこで適当になにか買ってどこか静かなところで食事を取ろう。
購買に向かうとそこも人が密集しており、隙間を通り抜けてパンをふたつ購入する。アラクネと蜘蛛の巣で特訓したあの経験がまさかこんな所で生きるとは思わなかったが、何事も予測と反射が生きるということだろうか。
学食は下に集中しているし、空いているなら屋上辺りだろうか。今日は天気もいいし気温も暖かい。俺は階段をのぼり段々と遠くなる喧騒を他所に屋上へと向かった。しかし屋上の扉は施錠されており、目の前にあるのに行くことはできなかった。
しかたなく踊り場に腰を下ろし、風で音を立てて揺れる扉と小さくなった昼休みの喧騒を聴きながらパンを頬張った。このあとは勇者とようやく会える実技の時間だ。学年は違うが特待クラスの孤立を防ぐための処置らしく、数の少ない特待クラスとAクラスを触れ合わせ特待は人脈を拡げ、Aクラスは更に上のレベルを見て学べるという双方得する点から取られているみたいだを
ようやくだ、姉さんを殺されてから1年と少し。久しぶりに見るあいつの顔はどこまで醜悪に歪んでいるだろうか。吐き気を催す邪悪の権化と、この世の不幸の原点に、ようやく会える。
口の中に詰め込んだパンを飲み込み、ひとり静かに階段の下を見つめてこの後のための思考を続けた。




