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右手に強欲を、左手に憤怒を。-異世界で全てを奪われた俺が全てを奪い返すまで-  作者: イカネコ
魔法学園編

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76作目 螺旋

オイの食事をひたすらに眺める時間は心地よかった。今まで施されるだけだった己が、良心に突き動かされるまま誰かに施しを与えるという行為に、不快の感情は微塵も湧かない。

一体その細い体のどこにこの机の上に並べられた食事が入り込むのか些か疑問が残るが、そんなものは些末なものだ。町酒場を退店し、ある程度のセキュリティが確保されているであろう宿を見つけた。学園都市は交流が盛んな都市だ。生徒の99パーセント以上が貴族であるため、皆ある程度の金銭的余裕はある。

そして将来名を馳せるであろう英雄の卵たちに恩を売ろうと高品質なサービスや武器などがこの街に流れこむ。ミストレア魔法学園と学園都市はつまり、それほどの影響力があるということだ。

1人分の部屋を1日借りた、学園生徒の身分はここではかなり強力な手札になるがまだどこまで自分が影響力を把握していない以上、無闇矢鱈に振り回すものでも無い。


「部屋まで案内してもいいか?ひとりになるまで極力そばにいたい」

「構いませんよ、鍵はこちらです」

「どうも」


辺りをキョロキョロと挙動不審に見続けるオイの手を握り、階段を上る。1日銀貨6枚、1人にしては馬鹿げた値段だ。それでもたったその値段で安全が買えるなら、安いものだ。部屋の扉に鍵を差し込み、蝶番の音が鳴る。

ランプが置かれた明るい部屋には柔らかそうなベッドが大きく設置されており、個別で置かれた暖房が暖かく部屋を包み込んでいた。


「あ、あの…!」

「なんだ」

「こんな部屋、本当にいいんですか?何回も言いましたけど私、お金ないですよ」

「気にするな、今日はゆっくり休んでくれ」


部屋の中を歩き、なにか怪しいものがないか一通り調べながら返事を返す。オイの体は酷く冷たい。いくら春先だとしても、冷えた夜に薄着で歩くから当然だ。

何も怪しいことがないのを確認して俺は部屋を後にしようと振り返ると、オイが服を脱いで立っていた。


「あの…」

「やめろ、冷えるから服を着ろ」


慌てて目線を逸らし、俺はそのまま部屋を後にした。扉を閉めて、中にいるオイに声をかけた。


「明日の夕方頃、ここに来る。それまでは好きにしてくれ」

「ほ、本当にいいんですか?ごめんなさい…」

「謝らなくていい、それじゃあな」


俺は手早くフロントに向かい、歩いた。オイはなにかをするとすぐに体を差し出そうとしてくる、それが当然のように。今までの生活を考えれば無理もないだろうが、せめて俺の前では何も気負わず過ごして欲しいと思った。

フロントに辿り着き、スーツを着てる男性にチェックアウト時間の延長を申し出た。


「チェックアウトは明日の夕方頃でもいいだろうか」

「構いませんが、追加で料金が発生します」

「問題ない」

「でしたら銀貨2枚、追加で頂戴します」


俺は財布から銀貨を2枚取り出してフロントに差し出す。それを確認したあと、フロントは紙に部屋番号とチェックアウト時間を記入した。

これで問題ないだろう、俺は宿屋をあとにして家に向かった。あの宿屋は雇われた専属のセキュリティが駐在している、どこにいるか分からないがそれなりに腕の立つものを雇っているはずだ。

外に出ると酷く寒い事に気がついた、そういえばブレザーを渡したままだったな。まぁ明日受け取ればいい。いくつか減った大量の街明かりの元を、ひとりで歩いた。先程と何も変わらない、なんてことはない景色のはずなのにその時とは対照的に俺の心は晴れやかだった。家に帰り、机の上に買ってきた食べ物を置いて風呂場に向かった。

向かう途中にある地下室からは何かをすり潰す音や紙がめくれる音が聞こえ、廊下から晩飯を買ってきた旨を伝えると扉が開いた。暗い階段に部屋の明かりが差し込んで、マスクと手袋をしたカトレアが出てきた。俺の顔を見るとなにやら目を見開いて、マスクを外しながら少しだけ笑った。


「わざわざありがとう、なにかいいことでもあったの?」

「少しな、なんで分かったんだ?」

「そりゃあ分かるよ。でも元気になって良かったよ」

「そうか、心配かけた。作業があると言っていたがなにをしていたんだ?」

「薬の調合と、エースに渡す報告書類を纏めていた」

「なにか手伝えることがあったら言ってくれ、俺にできることがあれば手伝おう」

「そんなのいいよ、学業に集中しな」


カトレアは笑みを浮かべたまま、再びマスクをして扉を閉めた。そういえば明日からは学校があったな、生活の中心に学校があるという生活に少しだけ辟易しながら俺はゆっくりと風呂に浸かった。アストラが居なくなったあとのややぬるくなった湯船は、俺にとって丁度良い心地いい温度だ。冷えた体に染み渡り、芯から温まる感覚を深いため息とともに吐き出した。

お湯を顔に当て、ふとアストラが今どこで何をしているのか気になった。あいつのことだからきっと風呂に入れない生活にストレスを感じているはずだ、あぁ見えてグルメなところがあるし、飯に不満を抱いていそうだ。

そんな生活早いところ終えて、また日常に帰ってきて欲しいと心から願った。彼を縛る因果はいつまで残り続けるだろう、解決策を早いところ見つけてほしい。ドラゴンは希少種だ、きっとすぐには見つからない。それでもあの速さがあれば、俺にはない彼の底抜けな明るさと前向きな性格があればきっと。

風呂から上がり、自室に戻ってベッドに倒れた。ホコリひとつない清潔な部屋に洗いたての綺麗なシャツ、生活する上で何一つ不満を抱えることのない完璧なパーツが揃っている。

だというのに、なぜ俺の心はこれほどまでに虚しいのか。あれが足りない、これが欲しい。そんなもの、姉を失う前はひとつも抱えたことがないというのに、失ってからは思ってばかりだ。


本当に、嫌になる。


だからだろうか。なにも持っていない彼女に惹かれ、助けようと思ってしまったのは。あのとき抱いていた感情は間違いなく善意だと信じたい。なにも持たざるまま俺を助けようとした彼女の底なしの善意に、俺は引っ張られたと信じたい。

だからこそ、今眠る前に御託を並べて救った理由を考えている俺を、俺は、


心底、嫌になるのだ。

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