72作目 エルフ
エルフ、という種族は絶滅危惧種だ。
魔王全盛のころその種族由来の魔法親和性の高さとしなやかな筋肉を用いた戦闘能力の高さから全ての魔物と主である魔王に狙われ、ほぼ全てのエルフは殺戮された。それ以来生き残ったエルフは森に籠り要塞を築き上げ、人里に降りてくることは極端に少なくなった。
エルフは眉目秀麗なものも多く、魔物に囚われ陵辱されることも少なくないことから他種族不信に陥り、交流を断絶している。そんなエルフが今、俺たちの目の前に立っている。
エルフの女は壇上に登ったあと、落ち着いた声色で口を開く。
「ようこそミストレア魔法学園へ、学園長のエリュアルシア・フェアロンドです。私の容姿や種族についての疑問は、各自担任の教師に聞いてください」
ザワつく新入生を他所に学園長を名乗るエリュアルシアは話を続ける。
「この学園の門を正式に潜れたこと、まずはおめでとうございます。ただ勘違いをして欲しくないのがここは皆様のゴールではなく、あくまで通過点に過ぎないという事です。皆様には無限にも並ぶ可能性と光り輝く未来があります、それをこの学園でぜひ見つけて選んで欲しい。私たちはその手助けをできる限りしましょう。ようこそミストレア魔法学園へ、存分に学び交流し、未来を掴み取ってください」
そう言ってエリュアルシアは頭を少しだけ下げて礼をしたのち、再び顔を上げた。壇上から降りるその少し前、俺と目が合った気がした。彼女の瞳は僅かに揺らいで、戸惑いにも似た動きを見せた。ただその真意を探る前に女の声に遮られ、学園長は奥に戻って行った。気のせいならそれでいいのだが、明らかにあの目は変だ。任務のことがバレているとは思えないが少しだけ勘繰ってしまう。
そしてエリュアルシアと入れ替わるように、金髪の女が壇上に上がる。
「学園長、ありがとうございました。さて新入生のみなさま、ご入学おめでとうございます。生徒会長のミレイユ・ヴァンダールと申します。学園長が仰ったように、ここは皆様の未来を作る場所です。この学園にはたくさんの人がいる、そこに多少の差もありましょう。けれど我々は同じ学び舎で学ぶ学徒であり、未来への挑戦者です。そこにはなんの差もない、手を取りあって学んでいきましょう」
そう言って生徒会長は頭を下げ、壇上を降りた。この学園にはいくつかの厳罰な校則があるがその中で唯一効力を持たないのが「差別をしてはいけない」というものだ。ルールではそうなっているが高い学費と要求されるレベルの高さが相まって平民が学園の門を潜るのは厳しく、入れたとしても貴族による差別が待っている。貴族間でも爵位によって差別があり、それは蔓延している価値観だ。
学園側としてはそれは学業の妨げになるだけでなく、同一化した思想と価値観による魔法の発展の遅延に繋がるとしてなんとか阻止したいわけだがそう簡単に消えてなくなるものでもなかった。そもそも魔法学園外では貴族と平民間では致命的な価値観の差異がある。それは収入であったり、食べるものであったり、生活を営む難易度からくるものだ。命の価値は決して平等ではない。あの日、全ての冒険者を治療していた教会を除いて。
その後もダラダラと続く興味のない人間の講釈と演説に辟易としながらも入学式は滞りなく進行していった。勇者の姿は見当たらなかった。そういえばメイの姿も見当たらない、特待というのはこういう面倒くさい式典も参加しなくていいのだろうかと少し羨ましくなる。
2時間近く続いた入学式はようやく終わり、俺たちはクラスに戻っていった。全員が席に着いたのを確認して教師は黒板にチョークで書き込みながら話をする。
「退屈な話が続くだろうが自己紹介の時間に移る。私の名前はセドリック、これから1年間お前たちの担任になる。担当科目は魔法科火属性だ」
黒板に名前を書き終えて振り返り、教卓の上に手を置いた。俺たちを見下ろしながらジッと見つめた。
「まぁ私のことよりも学園長のことがまず気になるだろう。端的に説明すると彼女はこの学園の創設者で、この国のほぼ全ての人間より強い」
セドリックはそこから端的に短くエリュアルシアのことを説明し始める。彼女ははるか昔にその身に秘める知恵と魔法技術を人間に伝えるためにこの国に訪れたそうだ。理由は未だ不明、そして自らの安全を保証するためのいくつかの契約をミストレアと交わした後、魔法学園を設立するに至ったそうだ。その際交わした契約のうち、公言されてるものはただひとつ。
「学園長の右手に触れないことだ」
右手、というのはそのままの意味でエルフの右手に触れるということは敵対の意志を表すそうだ。武器を持つ腕を封じるということはそれだけで警戒心を引きあげ一挙手一投足が敵対行為に繋がる為だ。
エルフの強さがどれほどのものかほぼ全ての人間は俺を含めて分かっていない。はるか昔に高い戦闘能力を買われ最前線で戦っていたことと、その強さが仇となり魔王に固執されたことくらいしか文献は残っておらず、ただその名前が独り歩きしているのだ。
エルフなら、遺物のことは詳しく知っているだろうか。
「学園長の話はここまでにして、これから君たちには自己紹介をしてもらおう。Aクラス首席のリオネル、君から始めてくれ」
セドリックがそう言うと俺のちょうど対角線上にいる男が立ち上がった。なるほど、席順は試験の時の成績か。となると俺は最下位になるな。
リオネルという男は振り返って俺たちの方を向き、自己紹介を始めた。
「初めまして、リオネル・ヴァンダールです。属性は風と土が使えます。一応二色使いですが、まなまだ未熟の身、良ければ仲良くしてください」
二色使い、というのは属性がふたつ使える稀有な才能を持ってる人のことだ。人間の身でふたつの属性を扱えるのは、天賦の才だ。
リオネルという人物は余程の魔法の才能に恵まれているようだった。それにヴァンダールという家名は生徒会長と同じだ。貴族の世界に詳しくはないが、きっと有名な名家なのだろう。
そこから滞りなくひとりずつ自己紹介をはじめて行ったが特に気になる人物も名前もなかった。最後に俺の番になり、ゆっくりと席を立ち上がる。
「バル、使える属性は火属性だ。よろしく頼む」
それだけ伝え、俺は座る。
全員の自己紹介が終わったのをセドリックが確認すると、ゆっくりと口を開いた。
「どうもありがとう、オリエンテーションはこれで終了だ。今日はもう帰っていい、帰りに教科書を買うのを忘れずに気をつけて帰りたまえ」
そう言うとセドリックは教室を後にし、教室内は動き始めた。リオネルの元に人集りができ、話しかける無数の人で扉の前は通りにくくなっていた。もうひとつある扉から俺は騒がしい教室をあとにして、校内の散策を始めた。
久しぶりの投稿になります。日が経って申し訳ないです。
仕事に忙殺されていました、これからもペースは落ちますが投稿していきますので気長にお待ちください。




