71作目 入学式
あれから数日が経った。黒い男はあれ以来、音沙汰がない。聖女とばったり出くわしてしまったがそっちの方も音沙汰はない。
"ファースト・オーダー"の店長がジャックということもあり、起きると家に制服が置かれていた。試しに袖を通してみるとサイズはピッタリで、襟元にはAクラスを示す星が3つ縫われていた。袖に着いているボタンは金のせいでずっしりと重たかった。アストラの分は作られず、数日前にカトレアが事情を説明しに学校に向かったことで事なきを得た。
ふと隣を見て、揺れる黄金がないことに寂しさを覚えることが増えた。春になったおかげで暖かくなった気温とは対称的に、俺の心は少しだけ冷たかった。未だに食事を終えた後や、風呂に入る前に隣を見てしまう。
そのせいか最近、感傷に耽ける度に刀を握るようになった。鈍い銀色の刀身に映る自分を見ると客観的に俯瞰できるような気がする。鞘に収めたときの音は波打つ心を鎮めさせた。アラクネから貰ったこの刀はよく切れるのもそうだが、それ以上に精神的な安定をもたらせた。
入学式はもう数時間後にまで迫っている。脳内で幾度もシュミレートした勇者との相対は問題ない。怒りは炎だ、勇者という薪は何度も何度も何度も俺の炎を大きくするがその度に仲間のことやアストラのことを思い浮かべて鎮火させた。
全て問題ない。任務は滞りなく進み、勇者は未来で確実に殺しているはずだ。大事なものは予測と反射、常に行動を予測し、反射をもってして行動を為す。最後に部屋の中でひとり刀を収めた。パチン、と鳴る小気味いい音が静かな部屋の中に反響し、心は鎮まる。
武器の携行は当然ながら如何なる理由があろうとも認められていない、カバンにノートとペンを詰めた。教科書は今日受け取るから、余裕を持たせた。
リビングではカトレアが朝食を作っており、背を向けたまま「おはよう」と呟いた。それとなく返事を返し、席に着いた。少しした後、割れた目玉焼きと焼いたパンを盛った皿を手に持って振り返った。
「今日が入学式だね、頑張ってきなよ」
「あぁ、ここまで長かったがようやくスタートラインに立った。精一杯頑張るさ」
朝食を受け取り、頬張る。僅かに残っていた眠気が吹き飛ぶ味の濃さに目を見張り、かつ味も美味しい。
「あ、そうだ」
カトレアは思い出したように白衣のポケットに手を突っ込み、そこから黒革の財布を取り出した。鈍い銀色のボタンが着いたシンプルな財布だった。それを机の上に置いて俺に差し出した。
「これ、入学祝い。一応人気のブランドものだよ」
「そんなに良い物…貰っていいのか?」
「そりゃあもちろん。男は財布で魅せなきゃ」
「ありがとう、大事にするよ」
受け取るとずっしりと重く、中を開くと小分けにされたポケットに金貨が数枚入っていた。返そうと思い取り出して渡そうとすると固く断られた。
「中にお金が入ってない財布なんて、なんの価値もないよ」
「ただでさえ財布を貰っているのにこんな大金…流石に貰えない」
「学園生活はなにかとお金がかかるものだよ、交流費さ。お小遣いともいうね、とにかくそれは自由に使っていいお金だ」
「だがしかし…」
「いいんだよ、渡したあたしがいいって言うんだ。断るのは美徳だけど、断り続けると失礼になるよ」
何度も断れ、渋々金貨を財布に戻す。ポケットに入れるとすっぽりと収まり、違和感はどこにもなかった。ただそこにあるという実感が自然に溶け込んだ。想定外のプレゼントに心底びっくりしながらも、頬が自然と緩んだ。
「それで準備は終わり?忘れ物はない?」
「ない、何度も確認した」
「そう、なら行っておいで」
「あぁ、財布ありがとう。本当に感謝している」
「気にしないで。楽しんできな」
朝食をあっという間に平らげて俺は家を出た。大通りに出ると俺と同じ新入生と思われる新品の制服を着込んだ人が何人も目に入った。友人同士なのか、笑顔で登校する一つ星、Cクラスの生徒がふと目につき、なんとなく自分の隣を見た。
「何見てんだよ、オレの顔になにか付いてる?」
なんて言って笑いかけてくれる訳もなく、ただ見知らぬ人と目が合って慌てて目線を逸らした。それほど長い間一緒にいたわけでもないのに、気付くと探してしまっている。
このままではダメだと思い、頬を両手で叩いた。俺の体温で温められた黒皮の手袋が少しだけぬるく、微かな衝撃が頬に走った。
ゆっくりと歩を進め、学園の門を潜った。確か入学式の前に教室に集合する手筈だ。玄関の前に張り出されている掲示板に書いてある1-Aに向かう。校内は単純な構造だがとにかく広い。覚えるまでは掲示板に張り出されているマップが頼りだ。
街の大通りほどではないが、校内も人が多かった。なんとか教室に辿り着き、扉を開けると既にほとんど揃っており、新しく教室に入ってきた俺を皆がじっと見つめた。黒板に書かれている自分の席に座り、背もたれに体重を預けて周りを見た。
感覚的に強いと思える人はいない、脅威になりえそうな人物もおらず支障はなさそうだった。しばらくして教室の席が埋まり、少し待っていると教師が入ってきた。スーツに肩掛けのマントを羽織り、短く整えられた赤茶色の髪の毛に眼鏡をかけた賢そうな男だ。靴底が床に当たる音を鳴らしながらゆっくりと教卓の前に立ち、静かに口を開いた。
「ようこそミストレア魔法学園へ、自己紹介をする前に早速だが入学式がある。全員直ちに廊下に整列したのち、着いてきてくれたまえ」
そう伝えたあと、彼はすぐに教室を出て廊下に立って待ち始める。俺たちもすぐに教室を出て並び始める。懐から取り出した懐中時計を見たあとゆっくりと歩き始めた。他のクラスも続々と出てきており、長い長い大きな列がひとつの生物のように歩き始める。
「これから向かう場所は第三実技室だ、そこで学園長や教師陣、生徒会長などが待っている。わかっていると思うが私語は慎んでもらう、Aクラスなりの礼儀作法を見せろ」
そう教師は俺たちに伝え、やがて目的地に辿り着いたのか大きな扉を開けて中に入る。そこには多くの人が座って待機しており、俺たちもそこに加わって座る。程なくして全員揃ったのか明かりが暗くなり、壇上のみが煌々と照らされた。やがて壇上に1人の白髪の女性が登ると少しだけ周囲がざわつき始めた。
その騒ぎには理由があった、女性の耳が尖って長く、御伽噺や各国の要人しか会えないとされる生きた歴史本。エルフだったからだった。




