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右手に強欲を、左手に憤怒を。-異世界で全てを奪われた俺が全てを奪い返すまで-  作者: イカネコ
魔法学園編

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70作目 因果

聖女の話をしたあと、長い長い沈黙が流れた。カトレアの言うことは俺の心を撃った。衝撃と恐怖を以てして心臓は激しく動いた。

聖女は世代を経て受け継がれる称号のようなもので、それになる為には苦痛と禁忌を犯すショックを乗り越えなければならない。そしてそれらを乗り越えたとして、必ずしも幸せになれるとは限らない。

聖女は勇者を好いているのだろうか、それとも神聖国が勇者に取り付けた監視役なのだろうか。それによって俺たちにできることがかなり変わる。無論そんなことエースが思いつかないはずがないだろうが、それでも未だ判明してないというならばカトレアが言っていたように触れないように、刺激しないように遠くから観測してるだけに留まっているのだろう。


「あそこで聖女に鉢合わせになるとは思わなかった、メイ…だったかな。あの子とは知り合い?」

「試験の時に話しかけれてな、顔見知り程度だ」

「聖女には従者が付けられる。暴走しないためのリミッターみたいなもので、情を持たせ暴れさせないようにする」

「それがメイだと?」

「恐らくね、あの子とも深く関わらない方がいい。聖女に、引いては勇者までバルの情報が共有される場合も考えられるからね」

「気をつけよう」


俺は情報共有を済ませ、なんとなく考えが纏まらないためひとりで考えたくなり部屋に戻った。ベッドに大の字で寝転がり、天井をぼーっと眺めていた。

聖女と従者の関係である以上、メイと関わらない方がいいだろう。まぁそもそもそれほど深い仲でもないしクラスが違う。向こうから話しかけてこなければ自然消滅する、その程度の仲だ。

制服の仕立てはすぐに終わる、1週間後には入学式だ。勇者の顔を見て俺は耐えられるだろうか。激情に身を任せていいことなどひとつもなかった、感情の制御すらできないのは駄目だ。長い目で見て、勇者を殺すために今はこの身に宿された怒りを飼い慣らさなければならない。

感情に身を任せて勇者を殺せなかったら俺は仲間を失うことになるかもしれない、それだけは駄目だ。これ以上失うことなどあってはならない。脳内で勇者と出会った時のシュミレートをする。顔を思い浮かべるだけで心底腹が立ち、煮え滾る怒りを感じる。

ただどれだけ攻撃を浴びせても、勇者に傷ひとつつかない。異能をどれほど使おうとも、バリアによって弾かれ、そして剣で切り伏せられる未来が見える。

入学するその日まで、俺は勇者と出会うシュミレートをし続けよう。この怒りを飼い慣らし、手綱を握るために。

いつの間にか疲れて俺は眠ってしまった、そうしていつぶりかの精神世界に気付けば飛ばされていた。目の前には枷や鎖をつけた男がひとり、こちらを向いていた。


「久しぶりだなぁ、アストラはどうした?」

「見てるんじゃないのか?どこかに行ってしまったよ」

「俺が見れるのはあくまで可能性という名の無数に枝分かれした未来の分岐だけだ」


男は空中を指でなぞりながらそう呟いた。鎖がカチャカチャと音を立て、白い空間に反響した。


「それで、俺を呼び出したのはなぜだ?」

「少し話をしたくなってな、たまにはそういう日があってもいいだろ?」


男はゆっくりとこちらに歩み寄ってきて、俺の前に座る。不思議と顔は穏やかだった。


「なんのつもりだ?」

「だからただ話したくなっただけだ、そう警戒するな。まぁそうだな…アドバイスをしてやるだけだ」

「アドバイス?」

「あぁそうだ。お前、勇者についてはどこまで知っている?」

「クソ野郎で、とにかく強いことしか知らない」

「まぁ今はまだそんなところだろうな」


男は真白い空間の上を見上げて「…勇者」と一言呟いた。


「そもそも勇者とはなんだと思う?」

「魔王を倒した英雄、とされている。そしてユウトはそれに近しい力があるからそう呼称されてるに過ぎないんじゃないか?」

「魔王がいるから勇者は生まれる、そしてその因果関係は複雑に絡み合っている。おかしいと思わないか?もう魔王は死んでいるというのに」


黒い男(バルバトス)が言っていることが本当だと仮定するならば、たしかに変な話だ。勇者という卵は、魔王という鶏がいて初めて生まれるものだとこの男は言いたいのだ。


「ならなぜ勇者が?」

「魔王が新しく生まれたということだ」

「いつ、どこで、どんなやつが魔王なんだ?」

「さあな、お前が魔王に会ったところで別に何かが起こるわけではないし気にする必要も無い」

「ならなんでそんな話をしたんだ」


男は少し考える素振りを見せたあと、目を細めて少しだけ笑った。いつものような刺々しい態度ではなく、柔らかな態度で言葉を紡いだ。


「役目だからだよ、この世界のありとあらゆる全ての人間には役目がある。魔王、勇者、聖女という因果の糸は誰にも断ち切れない。役目を全うするんだ、人として、"墓標"として」

「…お前、何者なんだ?」

「そんなこと言わなくても分かるだろ。俺は、バルバトスだ」

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