68作目 誘う
俺は両手を左右に広げ、それにジャックが紙のようなものを巻き付ける。腕や足の太さ、腰のサイズや肩幅など事細かに紙に記入していく。壁が防音なのか音の一切が反響せず、不思議な感覚だった。
「それにしてもバルくん、昨日はお疲れ様っス」
「特段これと言ったこともしていない、むしろ足を引っ張ってしまったと思っている」
「それは過小評価が過ぎるっスね、ワタシがいない間に色々と動いてくれてたじゃないんスか?」
「魔物を倒してただけだし、気にする事はない。それが仕事なだけだ」
「そうっスか…ちょっと後ろ失礼しまスね」
彼は俺の背後に周り、首筋に紙を巻き付ける。そういえば彼が昨日どこでなにをしていたのか、俺は知らなかった。
「昨日は色々ありまして…離れざるを得なくなったんスよ。ただワタシはアナタたちの敵じゃないってとこだけは信じて欲しいっスね」
俺が何かを問う前に彼はなにか察したのか先に話し始めた。俺は嘘か本当か分かるなんて異能は持ち合わせていないが、彼が嘘を言ってはないんじゃないかと思った。信用しているわけではないが、ある程度は信頼している。
「ところで、戦闘でワタシの異能は役に立ちました?」
「詳細が分からないからなんとも言えない」
「今日来たのはそれを伝えるためっていうのもあるんスよ」
彼は俺の背後で採寸しながら異能について粛々と語り始めた。
「ワタシの異能は"誘笛"、意識や視線、発言から行動に至るまでその全てを少しだけイジれまス」
「…強いな」
「そうでしょう?まぁ物体にしか付与できない上に、魔物には効果がないんスけどね…」
それでもその異能は破格だった、それひとつあれば勇者の暗殺だって出来るかもしれない。どの程度が底は知れないが一端は知っているつもりだ。
「ちなみに勇者にはあんまり効かないっスよ」
「そうか、残念だ」
「一瞬視線の誘導ができるくらいで、バレちゃうんスよね。なんででしょう」
「さあな、それほど規格外なのだろう」
「そうっスねぇ」
彼は紙に採寸の数値を書き終え、作業は終わったように見えた。
「Aランクの制服、入学式までに仕立てときまス。お得意様なのでちょこっとだけ特別製にしとくっス」
「そうか、助かる」
「いいんスよ。で、ここからが本題っス」
彼は机の上に座り、俺たちをじっと見つめた。
「レント北部都市で、暴動が起こったっス。民衆が武装蜂起して、貴族ではなく市民による自治権を主張し始めたっス」
「北部都市が?」
「でもあそこは国境防衛と貿易の要所だろう?そう簡単に行くかな」
「カトレアさんの言う通りなんスけど…神聖国がそれの後押ししてるんスよ、ブルムス・レント公爵はミストレア信徒としても有名だったんで」
彼が言うにはブルムス・レントがミストレア信徒なのを良いことに内政に入り込もうと神聖国が画策している様だった。最も大々的に支援しているわけではないが、それでも武器や情報の提供などで裏から手引きしているらしい。
王国最大の強みは武力にある、国土は広くないが周辺諸国に比べて何倍も強い騎士を多く持っている。それになにより勇者を抱えていることが大きい。そんな人外を飼っている王国に噛み付こうとするものは少ないが、それでもレント北部都市には危険を犯してでも手に入れる価値がある。
防衛と貿易の要、そこひとつ手に入るだけで王国に対し強気に出れる上に勇者と仲のいい聖女を牽制に使える。
「レント北部都市の現代表はユースラスという男っス。市民からの信頼も厚く、元A級冒険者というのも後押ししてるっスね」
「で、王国の対応は?」
「徹底抗戦の意思を出していまスが…今回は事が大きくなりすぎたので、代替貴族を配属して飼い慣らすって手を取ってくると思いまス」
「"円卓"はまだ出てないんだね?」
「今のところは。ただ"円卓"の連中は自由行動権を持っています、捜査や戦闘などその一切に許可が必要ないっス。なのでどうなるかは今後いくらでも変わるっス」
「分かった、話はこれでおしまい?」
「そうっスね、なにかあればまた出向きまス。気をつけてお帰りください」
エメラルドグリーンの採寸部屋を後にし、廊下を歩いてカウンターがあるところまで戻ってくる。するとそこには見覚えのある長い金髪の眼鏡をかけた少女と、銀髪の女が店員と話していた。
俺たちに気がついたのか、メイは隣の銀髪に少し話したあと俺の方に駆け寄ってくる。
「貴方は…399番、バルさんでしたよね?」
「メイか、久しぶりだな」
「お久しぶりです、ここへは制服を仕立てに?」
「あぁ、そうだ」
「ここ、いいお店ですよね」
「そうだな」
俺がメイと少し雑談をしていると銀髪の少女がゆっくりとこちらに近づくために一歩前に歩いた。
その瞬間、カトレアが俺の手を掴み店員に礼を言って即座に出口に向かい始めた。
「メイ…ちゃんだっけ。うちの子をよろしくね、今日は合格祝いでご飯に行かなくちゃならないからここで失礼するね」
「あ、そうですか…それはすいませんでした」
「気にしないで、また今度の機会があればゆっくりと話そう」
俺の右手をぐいっと引っ張りながら銀髪の少女の隣を通り過ぎた。俺たちを見るその少女の瞳はやけに濁っており、うなじの辺りがぞわぞわと毛羽立った。アレンと戦った時、いやそれ以上にも感じる圧を一瞬感じたあとその少女は俺たちに興味を失ったのかすぐに目線を逸らした。
店を後にしたあともカトレアは早足を緩めず、どんどんと距離を離していった。
「カトレア、なぁカトレア!どうしたんだ?」
「そう、バルは知らないよね。あそこにいた銀髪が、聖女だよ。ちょっと寄り道してから帰ろう、家がバレたら少しまずい」
そう言われると今更ながら気が引き締まった。あれが聖女…確かに圧は尋常ではなかったし、濁った瞳は勇者にも似てた。それに俺たちに向けた視線の中に、どこかヒトではないと感じてしまうようなそんな気配も混じっていた。
「武装はしてなかったみたいだから本当に運が良かった、身元は割れていないし、あたしたちはたまたま出会っただけだ。大丈夫だとは思うけど…」
カトレアは早口でぶつぶつと独り言のように呟き続け、足はどんどんと早くなっていった。明らかに焦りを前面に出しているカトレアは初めて見る。"ファースト・オーダー"からかなり離れたところまで歩いてきたところで適当な喫茶店に入った。
紅茶をふたつ注文し、隅の席に座った。店内は静かで落ち着いていて、それとは対照的にカトレアの視線は泳いでいた。




