64作目 アストラの矜恃
「オレ、決めたよ」
「? なにが?」
アストラはパスタに手をつけずに、俺たちの方を見る。その目には泣き腫らした痕が見て取れた。湯気の立ったパスタの奥で彼は覚悟を決めたように見据え、ゆっくりと口を開く。
「オレはしばらくみんなと離れてひとりで行動する」
「…は?」
あまりに身も蓋もない発言に俺は思わずフォークを食卓の上に落としてしまう。カトレアも動揺を隠せずにいた。深く息を吸い込んだあと、静かに語り始める。
「カトレアには話してなかったけど今回の惨状はオレが原因らしいんだ」
「けど、あれはお前ともうひとりがかち合って生まれたはずだろ?慌てる必要はない、焦る必要も無い」
「バル、少し静かにして。アストラ、その話本当?」
「うん、ドラゴンから聞いた話が本当ならね」
アストラは森での出来事をカトレアにつらつらと語り始める。語り終えたあとのカトレアの表情は怒ってるわけでも、悲しむわけでも、責めるわけでもなかった。ただ事実として受け止め、言葉を紡ぐ。
「仮に、仮にだ。その話が本当だったとしよう、けれどそのドラゴンが言うにはもうひとりと出会ったのが原因だろう?ならバルの言う通り焦らなくていいんじゃないの?」
珍しく早口で捲し立てアストラに詰め寄る。
アストラは動じず、そのまま座って落ち着いて話し続ける。
「ならオレに出来ることは、動き回ってその1人と鉢合わせないようにするしかないんだよ」
「…それは」
「だってそうでしょ?オレが原因で誰かの大切な人を奪ってしまった、それってさ」
「それ以上言うな」
俺は思わず机を強く叩いて体を前に押し出した。食器がカタカタと揺れ、アストラの胸ぐらを強く掴んだ。
長くなった金髪の隙間から見える金色の目の瞳孔がかすかに震えた。
「お前があの勇者と同じなわけない、あんなクズと一緒になるな」
「だってしょうがないだろ…事実そうなんだから…」
「任務を放棄するな、お前の目的は勇者を殺すことで、そのための準備段階で俺たちはここにいるはずだ」
「その勇者を恨んでる理由は、大切な人を殺されたからだよ。オレはもう、誰かにとっての勇者なんだよ」
「ふざけるな!!」
アストラが言っていることを無茶苦茶に否定したかった。彼の言う全てや、行動をどうしようもなく否定したい。けれど俺のこの熱い衝動の中にある少しの理性や冷静さが、彼の言うことは正しいと言って止まなかった。心の奥底に閉じ込めておいた無意識の選別が俺に牙を剥いた。
心臓が破裂しそうな程にうるさく、小さな針で刺されたような痛みがした。
怒号が部屋に響き、捲し立てる俺をカトレアが無理矢理引き剥がす。
「落ち着きなよ2人とも、冷静じゃないよ」
「オレは至って冷静だよ、だからこの決断を下したんだ」
「俺も冷静に決まってる。だからこそそれは認められない」
シワになった服を伸ばして整え、彼は泣きそうな声で静かに叫んだ。
「だから、しばらくさよならなんだよ。原因を突き止めて解決して、遺族に許されてオレは初めてみんなと同じ場所に立てる」
「ひとりじゃ無理だ、なら俺も」
「ダメに決まってるじゃん、何言ってんの?バルには任務があるし、オレならひとりで…ひとりで大丈夫だから」
堪えていたであろう涙が溢れ、頬を伝う。乱雑に裾で涙を拭ったあと、彼は振り返って扉を開けて一言「またね」と呟いた。追おうとするとカトレアに肩を掴まれ、止められる。
「追うな」
「離してくれ、頼む」
「駄目だ、駄目なんだよ。アストラの言っていることの全ては正論で、覆しようのない事実なんだ」
「そんなことはわかってる!!だが俺は!!俺にとってアストラは!!」
「あたしにとってもそうだ!!頼む…頼むからもうやめてくれよ…なぁバルバトス、アストラは今岐路に立ってるんだ。"墓標"の仲間か、勇者と同類かの。あいつをあたしたちの仲間でいさせてやってくれ…」
俺はカトレアの悲痛な叫びを聞いても尚、この衝動を抑えきれなかった。認めたくなかった、アストラやカトレアの言う全ての正論は尽く俺をイラつかせた。彼らの言う全ては正論で、否定できない事実で筋も通っている。頭では理解している、ただ胸の奥にあるどうしようもない"失いたくない"という感情が俺に燃え滾る炎を灯して止まなかった。
カトレアの静止を振り切り、外に飛び出る。そこには当然アストラの姿はなく、気配も上手く察知できずにいた。街の外を出るなら向かう先は一つだろう、門に向かって俺はとにかく走った。
周囲を見渡しても蒼白い閃光はどこにも見えず、揺れる黄金の髪も、いつも笑いかけてくる顔も見当たらなかった。
弾ける音も、透き通るような綺麗な声も、語りかける優しい声もどれだけ耳を澄ませても聞こえない。
ただ月夜に虚しく、俺の叫びが木霊した。
森の中を1人で走るアストラの耳元にバルの叫び声が僅かに届いた。くすりと少し笑ったあと、目尻に浮かぶ小粒の涙を人差し指で優しく拭いた。
ばかだなぁ…本気で走るオレに着いてこれるわけなんかないのに。
バル、カトレア、ごめんね。
でもこれはやらなくちゃいけないんだ、アストラがアストラであるために、必要なことなんだ。
闇夜の中を蒼白い閃光が走った。バチバチと弾ける音とともに腹の虫が鳴った。
「カトレアのパスタ、食べたかったなぁ」
けど駄目なんだ。もう仲間じゃないから。
スーツと一緒にこの気持ちは置いていこう。
仲間にまた戻れたらあのスーツを着てみんなに謝ろう。
だからいつか来るその日まで、さよならだね。
別れが来るならそれはきっと、早い方がいいから。




