61作目 竜との邂逅
「ちょ〜っとだけまずいかもしれないでスねぇ…」
「? どういうこと?」
バルを街に送り出したあと、オレとジャックは再び森で魔物を倒していた。オーガの死体の上に座り、明後日の方向を見ながらジャックは目を細めて呟いた。ジャックの見ている方向に耳を済ませてみるが何も聞こえないし、何も見えない。ジャックは立ち上がり、オレの方を一切見ずに冷や汗をかきながらこれからの予定を告げた。
「すいませんが少し急用ができたっス、ここからはひとりでも大丈夫でスか?」
「もちろん大丈夫だけど…なにかあったの?」
「なにも気にしなくていいっスよ、ただ何も考えずに魔物だけ倒しておいてほしいっス」
返事をするよりも先にジャックは音もなく目の前から消えた。まるで最初からそこにいなかったかのように、痕跡すらなく。
ジャックが消えたあとに残るのは微かな風の音と相変わらず鳴り響く絶叫と戦闘の音だけだ。ひたすらその音のする方に向かい、ただ魔物を倒す。誰よりも速いのがオレの取り柄だ、バレずに魔物を倒すことなどゴブリンを倒すより簡単だ。
返り血が青白い刀身に滴り、衣服にべっとりと張り付いて離れなくなるほど魔物を倒したころ見覚えのある顔がそこにはあった。どこかの街で絡んできた冒険者3人組だ、子分らしきふたりは腰をガクガクと震わせてその場に倒れ込み、唯一立って大剣を構えてるあの冒険者が見据える先には錆色の鱗を身に纏い、黒い斑点のある大きな二対の翼を持ち、大きな爪を携えた四足の魔物、ドラゴンが座って佇んでいた。
久々に見るドラゴンは相変わらず王者の貫禄に身を包んでおり、特に慌てた様子もなく落ち着いて口を開く。間から見える大きな牙が夕焼けに光っていた。
「おまえら木っ端に用などない、去れ」
「…喋る…のか?」
「おれくらいになれば喋れる、死にたくなければ疾く去ね」
「ふざけるな…俺はもう逃げねえ…!」
大きな傷跡の残る冒険者が大剣を構え、ドラゴンに向かって走った。退屈そうに目を細め、大きく息を吸った。
オレは知っている、というか誰でも知っているドラゴンの代名詞、最強の飛び道具にして最高温度の武器、ブレスがくる。ドラゴンの喉奥が微かに爆ぜ、そこから火炎の吐息が冒険者に向かって襲いかかる。
即座に"雷帝"を発動し、冒険者の真横まで走る。蒼白い閃光が弾け、全力で冒険者を蹴飛ばす。骨を砕く不快な感触が革靴を伝ってオレの足に伝わる。すぐさま床に情けなく座り込んでる2人の襟元を掴み、同じ方向に投げ飛ばす。
眼前まで迫った炎の吐息をすんでのところで地面に転がり込んで回避する。微かに服の先が焼け焦げ、焦げ臭い匂いが鼻を伝った。ドラゴンはオレを縦長の瞳孔で見据え、嬉しそうに喉を鳴らした。
「おれを呼んだのはお前か、懐かしい魔力だ」
「なんのこと…?オレは君のことなんか知らないよ」
「思い出すための話をしよう、過去を振り返る旅を」
詳しいことを聞き出そうと口を開いた瞬間、横から男が血を吐く音が聞こえた。
「場所を変えよう、ここだと邪魔が入る」
「わかった…ちょっと待ってて」
冒険者たちの元へ行くと子分2人が血反吐を吐く男を庇うように武器を構えた。無理もない、ドラゴンと会話してる仮面をつけた人物なんて怪しすぎる。
目の前で腰を下ろし、両手を上げて敵意がないことを示す。
「その人のことを街まで送ってあげて」
「あ、あんた何者なんだ…」
「ごめん、話せない。けど君たちに敵意はないから早く街に行って治療した方がいいよ」
2人は肩で男を抱えて、森の奥へと走っていった。助けてあげたのに敵意を向けられるのは少し心が痛むけど今はしょうがない。立ち上がって振り返るとドラゴンは奥へと歩いて行った。微かな地響きが体に伝い、雄大さを見せつけられる。
ドラゴンの後を着いて歩き、戦いの喧騒から少し離れた開けたところで立ち止まった。小さく身を包み、その場に座り込んだドラゴンは大きな瞳でオレを見た。
「まずは自己紹介だ、おれは火竜種の長ヴェルムートの息子にして末弟のヴェルドナ」
「オレの名前はアストラ、今はそう名乗っている」
「そうか、アストラ。早速本題に入るが、おまえがおれのことを呼んだんだ」
「呼んでなんかないよ、そりゃドラゴンに会えたらいいなとは毎日思ってるけど…」
「おまえと、もうひとりの大きな魔力によっておれたちはここに呼ばれたんだ。引き寄せられたと言ってもいい」
「どういうこと?」
言っている意味がひとつも理解できなかった。オレの魔力…?しかももうひとり…?
魔力型のことかなとも思ったけどそんな話はエースの授業やカトレアの話でも聞いたことがないし、ヴェルドナと名乗るそのドラゴンの言っている意味が本当に分からなかった。戸惑っていると喉を鳴らしながら話を続けた。
「つまりおまえにはぜ…」
それより先を言おうとした途端ドラゴンは別の方向を見始める。口元で火炎を爆ぜさせながら警戒心を格段に上げ、森林の闇の奥を睨んだ。その先には走ってきたのか大粒の汗を垂らしながら血塗れの剣を持ったレイズの姿があった。
オレたちの方をゆっくりと見据え、ボサボサの髪の隙間から暗い眼が光っていた。
「なぁ、おい。なんの話をしてるんだ?」
「去れ、人間。おまえになんの興味もない」
「釣れないこと言うなよ、俺今めっちゃ…」
それより先は後ろから聞こえた。目の前を一瞬で移動しオレたちの背後に回ってきたのだ、「キレてんだ」と言ったあと藍色の刀をヴェルドナめがけて振り下ろした。一瞬反応が遅れたのか翼を傷つけられ、そこから赤黒い血が吹き出した。
「あ?誰だお前」
「レイズ…」
「なんで俺の名前知ってんだよ、なぁおい」
俺の方に気がついたのか竜の血を浴びながらレイズはオレに刀を再び振り下ろそうとするがヴェルドナがブレスを放ち、オレたちはその隙に距離を取る。
「ヴェルドナ、大丈夫…?」
「問題ない、おまえに怪我がなくて良かった」
「なんだよお前ら、関係者か?ならそっちの仮面のお前は連行する」
オレのことを指さし、再びレイズは目の前から消えた。速すぎる、オレよりも何倍も速い。移動というより瞬間的にその場所に到着しているような感覚だ。さっきと同じなら後ろに来るはずだ、"轟雷帝"は使えない、剣を座標に移動するあの技はここでは適切ではない。
後ろで音がした途端、最高速度の"雷帝"で後ろに剣を振るう。しかしあえなく剣は空を切り、間抜けな風切り音だけが鳴った。
「裏の裏を読めよ」
レイズはオレの背後にいつの間にか立っており、オレの腹を渾身の力で殴りつける。なんとかヴェルドナが斬られた翼を前に出し、堅牢な骨と肉でクッションを挟んでくれる。オレは奥まで突き飛ばされ、木に頭を打ち付けた。
朦朧とする意識の中で、ヴェルドナが斬られる音と激しく激昂するレイズの声が静かに響いた。
「4年前、"深紅の双星"を落としたのはお前か?」
「知らん…おれがこの街に来たのは初めてだ…」
「そうか、なら死ね」
鱗を剥ぎ取り、肉を切断し骨を砕く音と燃え盛る獄炎の音が最後に聞いた音だった。
再びオレが意識を取り戻したときにはヴェルドナもレイズもそこにはいなく、バルがオレを抱き抱えて心配した顔で走っていた。




