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5作目 稽古開始

食事を終え、俺たち3人は館の前の庭に向かった。

開けた土地で軽く準備運動をしていると俺とアストラの前に2本のナイフが投げられた。ラーマに持つように言われ、拾うとずっしりと重く本物であることを確信させた。


「手加減はいらん、本気で殺しにこい。2対1じゃ、もし当てれたら…そうさな、ひとつ何でも言う事を聞いてやろう」

「そうか」

「いいの?ラーマ、死んじゃうよ?」

「ワシがそこまで耄碌してたら、どちみち役に立たんしのう」


そう言ってラーマは白髭を撫でて豪快に笑った。

合わせたわけではなかったが俺とアストラは奇しくも同じ瞬間に前に走り出した。

バチバチとなにかが弾けるような音が鳴り響き、バルバトスより何倍も早くアストラはラーマの元に辿り着く。右から左へ軽く横に振る、しかしラーマが上体を少し逸らし寸前で回避する。躱されたのを確認すると空中でナイフを手放し逆手持ちに切り替え、今度は突き刺す動きを見せる。しかしラーマはそれを片腕のみで防ぎ、その場で一回転してアストラの腹を蹴り飛ばした。バルバトスの隣を轟音と風圧とともに駆け抜けていった。

アストラがやられた、なにがなんだか分からなかったが砂埃で確認できないがあいつはおそらく気絶中だ。

俺はあの日回避する動作を見るよりも先に気絶させられた、それに今のを見たら火を見るより明らかだが俺より動きが桁違いで速い。全て避けられる前提で攻撃を組み立てるしかない。

バルバトスは重心を低めにし、低姿勢で走り始める。左手を前面に突き出しナイフに意識を向けさせた。余った右腕で地面の土を抉り、握りしめた。

左下段から右上段までの少し早い切り上げがラーマに通用するわけもなく、同じように横に動き切り上げを回避する。

バルバトスはそのまま勢いを殺さず回転を続け、右脚で蹴りを入れる動作に移行する。当然重心をおろしその上段の蹴りは回避されるがそこで右手を開き、砂をかけようとしたところで再び弾ける音が鳴り、砂がラーマにかかるよりも先に、アストラにかかってしまった。


「うわっ!!」

「…!!」


目に砂が入り、視界を奪われたアストラはその場に転がり回りそこに意識が向いたのをラーマは見逃さずに2人からナイフを奪った。


「数的優位を活かせず、速さも活かせず、注意は散漫。ま、そんなもんじゃな」

「…新入りィ、よくも砂をかけてくれたね」

「お前が自分からかかったんだろ」

「ほれほれ、そこまでじゃ。アストラは動きが直線的過ぎる、せっかくの速さもそれでは活かしきれん」

「…はーい」

「バルバトスは搦手を使うのはいい判断じゃが、仲間を早々に切り捨てるのはの良くない。お主があそこでアストラを切り捨てる判断をしなければまだチャンスはあった」

「…そうか」


邪魔が入らなければ、とは思わなかった。

全て正論だし、多分砂かけも対策されていた。だが思ったより自分が動けることに少し自信が湧いた。


「お主らアレじゃな、まず基礎が足りてない。アストラの方はともかく、バルバトスの方は時間が無い。文字通り地獄の稽古になるが、いいかの?」

「覚悟は出来ている」

「えぇ〜」

「もし稽古を最後までやったら、ワシに攻撃を当てることができるかもしれんぞ」

「じゃあやる!」


そこから任務の日まで、本当に地獄のような日が始まった。基礎的な肉体な訓練から始まったがこれがまずきつい。

少し離れた岩場まで案内され、そこにあるいちばん小さな平たい岩を渡された。ラーマが軽々しく渡してきたそれは予想より何倍も重たく、持つだけでも一苦労だった。


「それは特殊な岩での、滅茶苦茶に重たいじゃろ。それを四肢に括り付けてもらう」

「重いのやだ〜!」

「文句言わない、じゃあ今日から1週間それをつけて生活してもらう。1日目はひたすら森を走り回ってもらう。もし途中でサボったりズルしたら飯抜きじゃ。ほれ始め」


ラーマはそう言って手を叩いた。

言われたとおりに四肢に岩を紐で括り付け、1歩前に歩こうとするがかなり動きずらく、ようやく1歩進めたと思ったら既にアストラとの距離は開いていた。

これくらいの重さで、足踏みしている訳にはいかない。

必死の思いでなんとか2人に食らいつき、何度も倒れながらも俺は歩いた。特に倒木が1番きつく、この重りをつけた状態で登ったり降りたりするのは負荷がとてつもなく、激痛が走った。

その日は夕暮れまでグルグルと森を歩き回り、ラーマが口を開いた。


「なんじゃもうへばっておるのか」

「はぁ…はぁ…ジジイこの野郎…おえ…」

「…す…すまん…す…こし…吐く…」


心臓が生まれて初めて見るほどに悲鳴を上げ、まるで自分の体だけが小さくなったようなほどバクバクと音を立てた。頭はガンガンと痛み、上手く呼吸ができなかった。木の麓で吐き出したが何も出てこず、焼けるような痛みが喉に走った。

四肢はもげそうなほど痛く、今すぐ倒れ込みたかった。振り返るとあまり館から距離は離れてないみたいだった。


「じゃあワシは先に帰ってるから、頑張って戻ってくるんじゃぞ」


そう言ってラーマは俺たちの目の前から風の音だけを残して消えていった。


「あンのジジイ…絶対帰ったら殴る…」

「賛成だ」

「とにかく、どっちみち早く帰らないといけないね。そろそろ魔物が出始める」

「この状態で鉢合わせたら終わりだな、急ごう」


何時間も歩き、すっかり夜も更けたころ俺たちはようやく館に戻ってくることができた。

玄関ではラーマが座って待っており、俺たちを見ると一瞬で距離を詰めて目の前に現れた。


「お疲れのようじゃな、今日は飯食って早く寝ろ。明日はもっときついぞ」

「"妖精のいたずら"がくるからでしょ〜?もうやめてよ〜」

「妖精のいたずら?なんだそれは」

「「明日になれば分かる」」


そう言われたがなんの事だか分からなかった。

広間に行くとカクエンは俺たち用にパン粥を用意してくれていた。正直何も口にできる気がしなかったがかなり食べやすく美味しかった。飯を食べ終わったあと、俺とアストラは誰よりも早く階段を登って自室に戻った。

部屋に入る前にアストラが俺に話しかけてきた。


「昼間は悪かった…もう少しちゃんと見とけば良かった…」

「いや、俺の方こそすまなかった。見捨てずに数に入れておけばあんなことには」

「オレとバルでラーマぶっ飛ばそう」

「バル?」

「バルバトスじゃ長いだろ、だからほらあだ名だよ。じゃあまた明日な」

「あぁ、また明日」


肩まで伸びた金髪が靡いた。髪の隙間から見えた顔は疲労こそあれど満面の笑みだった。

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