57作目 騎士
「試験どうだった?」
「受かってるとは思う、そっちは?」
「余裕だったよ、筆記の方もなんとか解けたし」
そう言ってアストラはピースサインをしながら朗らかに笑った。夕焼けに染る街並みを二人で歩きながら試験のあれこれを話す。
平民で魔法を上手く扱える人は少なくそのせいでやたら目立ったこと、貴族に話しかけられたことや教師に目をつけられたことなどアストラの方は動きが多かったみたいだった。
「そのどっかの大貴族がさぁ、雇われないか?的なことを言ってきて断るの大変だったよ」
「ちゃんと敬語は使えたのか?」
「もちろんですぅ、バルに敬語のこと言われたくないね」
雑談をしながら歩いているといつの間にか家に辿り着いており、扉を開けると若干薄暗い部屋にオレンジ色の光が差し込んだ。ソファではカトレアが眠っており、机の上には大きな紙袋が置いてあった。
差し込んだ光が目蓋に当たったのかうめき声にも似た声を出しながらゆっくりと起き上がり大きな欠伸をした。
「ふわぁ〜、2人ともおかえり。試験はどうだった?」
「バッチリ問題ないよ」
「俺もだ」
「そう、今から晩御飯作るから少し待ってな」
「カトレアってご飯作れたんだ」
「なめるんじゃないよ、簡単なパスタくらいなら作れる」
カトレアがソファから立ち上がって白衣を椅子にかけた。紙袋の中からトマトや肉などを取りだしてキッチンに向かい、包丁がまな板に当たる音がリズム良く聞こえた。ソファに座り、クッションを抱き抱えながらアストラはなにか思い出したような口ぶりで話し始める。
「そういえばどっかの有名な貴族が行ってたんだけど、あの学園って今聖女様も通っているらしいよ」
「え?そうなのか?」
「うん、勇者と同じ学年の特待生だってさ。あとレント北部都市の情勢もまた変わったらしいし」
アストラが聞いた話によるとブルムス伯爵が行方不明になったらしい、噂によると騎士に殺されたかどこかに幽閉されたらしいが真偽は定かではないみたいだ。問題はブルムスが納めている土地をどうするかで、子供はまだ若くとても後継できるほどに達してない上に平民や貴族からの反感も凄まじく未だ決定できずにいるらしい。
あとは王国の騎士に新しいメンバーが加わることがまことしやかに囁かれているみたいだった。若い女性らしいが詳しいことは秘匿されていて誰にも分かっていないがかなり強いらしい。
「もしかしたら円卓入りするかもね」
「円卓?」
「この前アレンって騎士と戦っただろ?あいつがその円卓さ、王国最強の7人でずっと1人欠番だったんだってさ」
出来上がったパスタを食卓の上に並べたあと俺たちの間から顔を出す。
カトレアが言うには騎士の中にも序列があり、その内の上から7人までを国王陛下直属の騎士に任命し、税金免除や王国内での自由意志決定権を有するらしい。アレンもそのメンバーのひとりで序列位は不明、というより円卓の騎士はそのほとんどが極秘事項であり情報はあまり出ていないらしい。
「そもそも円卓の情報を知ってるのは平民ならあたしらくらいのものだよ」
「エースが教えてくれなければ分からなかったしねぇ、その前は円卓なんて知らなかったしね」
「エースやラーマはアレンのことを知っているようだったし、過去になにかあったのだろうな」
「詮索は厳禁」
「分かってる」
パスタをくるくるとフォークで巻きながら口に運ぶ。トマトの酸味やチーズのコクが合わさってとても美味い。それにしてもどうもエースは騎士について詳しく知りすぎな気もするがまぁ過去などどうでもいいだろう。
「円卓では遺物に触れてるやつもいるって言われてるし、触れない方がいいよ」
「それ聞いたことある、すごいよね」
「中にはふたつの遺物の力を手にしようとして身体が崩壊したっていう人もいるらしいしね」
「入れ物に二つのものは入らないんだろ?」
「そう、そもそも遺物についても分からないことが多いから下手にいじくると危険なんだよ」
遺物自体が強大な力の塊だ、人間が触れて入れ物になれるのは一度まででそれ以上は許容量を大幅に超えて死んでしまうらしい。
パスタを食べ終えて食器を下げて再びソファに腰かける、カトレアは食器を洗い始め俺たちはぼうっとしていた。すると扉が勢いよく開き、あの灰色の髪の男が現れた。
「どーもっス、ジャックでス」
「また急だね、どうしたの?」
「ちょっと面白い情報仕入れましてね、お届けに来た次第っス」
「いくら?」
「もうエースさんから頂いてるんで結構っス」
ジャックは行儀悪く食卓の上に座りながら話し始めた。その内容はこの近辺の魔物が唐突に進化し始めているという内容だった、本来であればもっと魔王の屍に近いところで生まれるような魔物が散見され、中にはドラゴンの影らしきものも見えてるのだとか。そのドラゴンは本当の魔物の方で勇者はまだ動いていないということも付け加えた。
その話を聞くと分かりやすくアストラがテンションを上げて嬉しそうに聞き直す。
「ドラゴン?本当に?この近辺に出てるの??種類は???」
「グイグイくるっスね、特別にワタシしか知らない情報を教えるっス」
ドラゴンは確かにいるが既に騎士が派遣されて討伐に向かっているとのことで、その中には円卓のメンバーもいるらしい。種類は最も有名な火竜種で、生態の雄らしい。
ドラゴンはあまり子供を作らず、闘争本能が他種族と比べて剥き出しな火竜種が最も繁栄しているらしい。その他にも水竜種、土竜種、風竜種がおりこれらの他にも特殊な環境で育ったドラゴンもいるらしい。
「まぁいくら火竜種とはいえ子供を殺したりしない限り街に下りてくるなんてことはないっスけどね」
「ドラゴンは賢いし優しいからね、殺されないといいけど」
「それは分からないっス…ドラゴンは天災に近い生物、騎士や最悪勇者も出張って大規模な戦闘になるかもしれないっス」
一瞬大規模な戦闘になれば勇者を殺せるのではないかと考えるがすぐにその考えを捨てる。確実に殺せる時に仕掛けるとエースは言っていた。なら従うまでだ。
「まぁそんなとこっス、もし受かったら制服はこの店に仕立てに来てください。それじゃ」
食卓の上に1枚の手書きの地図を置いてジャックは家から出ていった。カトレアは洗い物を終えて紙を一目見たあと俺たちの方に厳しい視線を向ける。
「気持ちはわかるけど間違っても戦いに行ったりしないでよ、2人とも」
「分かってるよ、ドラゴンよりもカトレアの方が大事だし」
「もう1人で突っ走ったりしないさ、静観するに留める」
「そう、ならいいんだ。2人とも疲れてるだろうし今日はもう風呂はいって休みな」
「はーい」
大通りにある、駐在所では大きな騒ぎが起こっていた。唐突に現れた強大な複数の魔物と、地面に映ったドラゴンの影がこの騒ぎの原因だった。神聖国にも騎士は複数いるがそれでもドラゴンの対処は厳しく、最も強力な個人である聖女は現在勇者とともに湯治に出かけている。
シェンズ・バリロントは強力な魔法が使えるがドラゴンの鱗には魔法をかき乱す特殊な魔力が纏われているため対ドラゴンでは厳しい戦いを強いられる。駐在所の最高責任者である1人の騎士は、唯一神聖国に手助けしてくれる円卓の騎士にコンタクトを取るべく早馬を走らせた。深く暗い闇の中を小さなランタンを頼りに駆け抜ける。馬に括り付けたカバンには大量の安酒が入っていた。
「まただ、またドラゴンがあの街に出た…頼む、まだ墓参りの途中であってくれ…」
願うように、縋るように一直線で馬を走らせる騎士の顔は苦悶と焦燥の顔が浮かんでいた。




