56作目 試験終了
実技試験が始まり、1番から順に魔法をマトに向かって放っていく。ほぼ全ての受験生が的確に命中させ、教師は威力や距離減衰などを見て実力を図る。時折八行目まで行使する貴族がいたり、始めて見る魔法を威力を持って知れるのは学びが多くてとても楽しかった。
試験も中腹に差し掛かってきたところで俺はふと気になったことを398番に聞いた。
「なぁ398番、あの老婆は有名なのか?」
「有名も有名、超有名ですよ。この国で唯一三属性使える"三色使い"なんですから。シェンズ・バリロントって名前聞いたことないですか?」
「あぁ、あれが例の大魔法使いか」
シェンズ・バリロントという名前は広く知れ渡っている。神聖国の矛にして盾、使える魔法の数も膨大で練度も高い。しかし彼女の偉業はそんなものではなく、魔法学において稀代の大発明である魔法陣というものを作ったからに他ならない。
魔法の行使に必要なのは詠唱と魔力、そして緻密な操作だ。しかし彼女は紙と陣に魔法に必要な操作を書き込み、魔力と詠唱のみで発動させることができるようにした。まだ発展途上の分野ではあるがそれでも魔法の普及化という点に置いて彼女の右に出るものはいない。
今俺たちの近くで座っている色褪せた赤い髪の老婆はそのレベルの偉人なのだ。任務のためとは言えこの学園の教育レベルには驚かされる。学校に行ったことがないから平均なんて知らないが教科書に載るような偉人が学校にいるなんて考えられないだろう。
「そうですよ、我が国の誇りなんですから」
「398番はミストレア出身なんだな」
「はい、もちろんそうですよ」
いくら愛国心があるとは言えただの平民である398番が我が国などと仰々しい話し方をするのは些か不自然ではあるが、まぁどうでもいいことだろう。
そんなことを話していると398番まで順番が回ってきた。試験前なのに雑談で気を逸らしてしまったのは申し訳ないな。
「398番、メイです。属性は水、行数は七行目まで可能です。また回復魔法に多少の心得があります」
「ほう、その歳で七行目と回復魔法の行使か。流石"お墨付き"だ、では魔法を放ってもらおう」
回復魔法は女性限定で、かつ厳しい修練の末に会得できる奇跡の再現だ。対象の傷を癒し、毒を消滅させて病気を取り除く。
周囲が騒々しくなり、教師も興味を示した。十行目を使えるのであれば村の専属になり、九行目まで使えるのであれば冒険者として破格の待遇、八や七まで行けば街、運が良ければ王宮専属の回復魔法使いとして死ぬまで高賃金で働ける。
俺の村にも時折別の村から回復魔法使いが派遣され、傷や病気を癒してくれていた。温かな光に包まれて傷がみるみるうちに修復されていく様は神々しいと言うより不気味な感覚がしたのをよく覚えている。
「水ノ段 七行目 三又の槍」
398番、ではなくメイがそう唱えて手のひらを正面に向ける。魔力の奔流と共に水が周囲に作成され、やがてそれは形を成して3つに先が枝分かれした大きな槍へと変貌する。それをマトに向かって放つと風を切る音と共に大きな爆風がグラウンドに巻き起こった。
土煙が晴れたあとにマトを見ると僅かに欠けていた、他の受験生でマトに欠損ができるなどのことはなく改めてメイの凄さが分かる。教師はいいものを見たような笑みを浮かべながら手に持っている紙に記入する。
「流石だな、次に回復魔法だがこれを治してくれ」
そう言って教師はどこからか取りだしたナイフを使って指の先を切り、ダラダラと血が流れる指をメイに差し出した。メイは動揺せず落ち着いて魔法の行使を開始する。
「天ノ段 十行目 微癒」
祈るように手を握って詠唱を唱えると教師の指先に小さな光が点り切り傷が徐々に修復されていく。そしてあっという間に血は止まり、傷跡すら見えなくなる。
「ふむ、どこまで使える?」
「修行の身でして、未だ九行目までです」
「凄まじいな、行き過ぎた謙遜は反感を買うから気をつけろ。下がっていいぞ」
「ご教授感謝します、では私はこれで失礼致します」
メイがやけに綺麗な所作で礼をしたあと後ろに下がる。受験生の視線は全てメイに注がれる。その目は好奇心ではなく、単純に手元に置いておきたい欲からだろう。回復魔法の使い手を手元に置いておけるのは凄まじい力になる。
さて、最後は俺の番だ、メイに代わって俺が前に出る。彼女の後だということもあり周囲の視線が少しだけ気になる。
「399番、バル。属性は火で八行目まで使える」
「なら八行目を使用した後、九行目を使ってくれ」
「分かった」
八行目は防御に使える魔法だ。落ち着いて深呼吸をして詠唱を始める。何度も訓練し、詠唱を唱えてきた甲斐がありスムーズに魔法の発動に成功する。
「火ノ段 八行目 火壁」
俺の前に身長よりやや高い炎の壁が出てくる。熱気を微かに感じ、揺らめく炎で視界が遮られる。魔法の発動に問題はないし、魔力はまだ余裕がある。
続いて九行目を行使する。
「火ノ段 九行目 火球」
俺の周囲に三つ、人間の頭くらいの火球が出てくる。感覚は"沈黙"に近いから出来るようになった同時使用だ。それをマトに向かって放ち、ぼすんと間抜けな音が鳴った。威力は低く、目眩しにもならない魔法だ。
「威力は低いが同時使用は可能、と。今年も豊作だな、下がっていいぞ」
「失礼する」
軽く頭を下げて列に戻る。周囲の視線は相変わらず痛いがどちらかというと好奇の目が多いように感じた。
「同時使用って凄いですね、しかも結構手馴れてませんでしたか?」
「七行に加えて回復魔法を使えるメイにそれを言われると少し照れるな。ただ先生が教えるの上手かっただけだ」
「誰かお聞きしても?」
「義母だ、名前まで言う必要はないだろ?」
「そうですね、失礼しました」
やがてシェンズが席を立ち上がり、再び俺たちの前に現れて次の試験の話をし始める。
「次はあのマトに向かって剣術の型を三つ放ってもらいます。試験用に刃を鈍らせてある剣を支給しますのでそれを使ってください」
試験も終盤に差し掛かり、俺が型を放つ頃には夕日が落ちていた。剣術御三家と言ってもほぼ全て貴族流で、時折騎士流が見えるだけで東風流は見られなかった。メイは騎士流で、上段からの袈裟斬りである"鷹落"、中断の横薙ぎの"泣雀"、下段からの切り上げである"鳶羽"の単発型三つを披露した。
アストラは手合わせで連続技である"飛燕"を放ってきたがやはりあいつは天才なのだと改めて理解する。ここにいる受験生全てが単発基本型三つを使い、メイ以外はあまり慣れていない様子だった。
とはいえ俺もその程度だ、ラーマほどの師範をもってしても俺は単発型を使うことしか出来なかった。貴族流の上・中・下段の突き技である"風穿"、"腹崩"、"足波"を放って終わる。
多少教師の目を引いたが、他の受験生に比べて剣術にも時間を費やしたからに他ならない。逆に言えばそこまで時間を使ってようやく多少教師の目を引く程度なのだ。ふと温泉で出会ったレイズという男の話が脳裏に過った。俺の体にこの流派は合っていないのだろうか。
「これにて試験は終了です、プレートを受付に返してお気をつけてお帰りください」
その声を聞いてハッとする、どうやら試験は終わったようだった。受験生はみな一様に帰りだし、メイも一言俺に別れを告げて早急にどこかに行った。
「じゃあまた、Aクラス入れるといいですね」
「お前もな」
少しだけグラウンドで待っていると教師が話しかけてきた。
「399番だったな。いい太刀筋だった、努力が伺える」
「そうか、いい師匠がいただけに過ぎない」
「だから疑問だ、なぜ剣術を極めなかった?魔法は光るものがあるとはいえ平凡だ」
「魔法学園を卒業したら箔が付くからな、義母に贅沢させたい」
「親孝行もんだな」
「ところで魔力検査はしなくていいのか?」
「それならもう済んでるから気にするな」
「…そうか」
教師とつまらない話していると校舎から大きな人混みを抜けてアストラがこちらに向かって走ってくる。大きく手を振って俺の元に辿り着いたあと大袈裟に膝に手を着いていた。教師はアストラの受験番号を見ると一瞬驚いた顔をしていたがすぐに仏頂面に戻った。
気をつけて帰るよう言われたあと俺たちはプレートを戻して帰路に着いた。




