54作目 試験開始
あれから特に音沙汰もなく、街の中なので手合わせすることも出来ず復習を何日かして過ごした。ジャックとやらはどこかに定住する訳でもなく、様々な街を転々としているらしい。
そして今日は魔法学園の試験日だ、そのせいか街はいつもより賑わい朝から騒がしかった。貴族が乗っているであろう高そうな馬車が道を走り回り、また貴族に商品を売りつけるために商人が躍起になり、冒険者は特定の貴族や商人とのコネクションを作るべく奔放している。俺とアストラは朝早くに起き、昨日買ったスープを温めて全員で朝食をとった。
「今日は試験日だ、8時には会場入りしときなよ」
「わーかってるって、オレたちは受かるからドーンと構えときなよ」
「確実ではないが受かるだけの訓練はしてきた、あとはやるだけだ」
「あなたたちねぇ…試験は問題もだけど貴族が多くいるのも難しいところなんだよ」
試験でいかに高得点を取るかが貴族の新入生にとっては他の受験生に比べて大事だ。小さい頃からいい環境で英才教育を施されているのが貴族なのだ、その得点や順位は後の学園生活で大きく響く。受かることがほぼ当然の貴族たちに取って、いかに優位性を保ちながら貴族として横のパイプを作れるかが何より大事らしい。
当然それは試験の段階で始まっている、大きく力を見せて家名を広げ、可能ならば手下や上司を作る。そしてそれらのグループの合併を繰り返し卒業したあとの武器になる。まぁ俺たちの世代は勇者がいるから少し特殊らしいが。
「ところで、そろそろ行かなくていいの?」
時計を見ると時刻は7時半を超えており、大急ぎで朝食を食べ終えてスーツではない服に着替え、家を後にしようとするとカトレアに呼び止められて魔力を渡される。額に指を当て、温かいものが身体の内側に流れて入ってくる。
「じゃあ頑張りな、あなたたちなら大丈夫だから」
「あぁ、行ってくる」
「あ、ずるい!オレにもそれやってよ〜!」
「アストラは魔力あるでしょ」
「でもオレだって励まして欲しいんだよ〜」
「分かった分かった」
アストラの額にも指を当てて小さく「頑張れ」と言った。気の抜けた表情になるアストラと一緒に家を後にした。
大通りから外れた俺たちの家ですらその喧騒は届いていたから当然だが、案の定いつもより人の群れは密度を増していた。隙間があれば俺とアストラであれば通り抜けられるが、高密度の人混みはもはや壁と言っても過言ではない。
悪戦苦闘していると横からアストラに脇腹を刺される。
「? どうした?」
「ここで問題です、押してダメなら引いてみろと言いますが引くのもダメならどうすればいいでしょう」
「問題として破綻してないか?俺なら扉を破壊する」
「かぁ〜脳筋だねぇ、正解は飛び越えろでした」
そう言って彼はニヤリと笑って屋根を指差した。
なんとか路地裏に入り、壁を蹴って屋根に上がる。当然と言えば当然だが屋根から上は誰もいなく、だだっ広い空間が広がっていた。屋根を飛び越え、走ってなんとか8時前に学園前の門に到着する。
大きな壁が学園の周りをぐるりと取り囲み、正門の前には馬車がいくつも止めており多くの貴族が見られた。執事やメイドに見送られていく貴族や、一念発起しようと意気込んでいる僅かばかりの平民がどんどん学園に吸い込まれていく。
「じゃあ行こうぜ」
「あぁ、行こう」
大きく聳え立つ壁を前に俺とアストラは拳を合わせて受付に向かい、身分証を提示して受験番号の丸いプレートを貰う。
「399番のバルくんと、400番のアストラくんですね。確認しました、頑張ってきてください」
胸元にプレートを取り付けて門を潜る。大きな城のような形をした校舎の入口に掲示されてる立て看板を見て教室へと向かう。
「うわぁ…400より上は先に実技なんだ」
「いいんじゃないか?身体を動かすのは好きだろう」
「そうだけど一緒に受けたかったなぁ…まぁいいや、お互い頑張ろうな」
手を振るアストラとそこで別れ、彼は実技試験の会場であるグラウンドに向かい、俺は後者の中に入った。白く清らかな校舎の中を歩き、何段か飛ばしながら教室へと向かう。途中ですれ違う人達はみな一様に正装のような服を着て、周りの様子を伺いながら歩いていた。
3-Aと彫られているプレートの上には378〜399と書かれた紙が上から貼り付けられており、話し声が聞こえる扉を開くと教室の中にはたくさんの机と椅子が並べられており、そこに座る人達一瞬雑談をやめていっせいに俺の事を凝視する。俺の格好を見るやいなや興味を失ったのか、再び口を開き始め、少しだけ教室が喧騒を取り戻す。
399番と書かれた教室の隅の席に座り、窓から景色を眺めて時間を過ごしていた。外では多くの人がグラウンドに集まっており、教師と思われる人達が生徒を監視していた。アストラらしい人物が見え、ただ無心で集中するように目蓋を閉じて時間が来るのを待っているようだった。
俺の視線に気がついたのかピンポイントでこちらに振り返り、目蓋の上に手を平にして当ててじっと見たあと「こっち見んな」と口の形をパクパクと変えてやや照れくさそうにそっぽを向いた。
俺も集中しようと思い、正面に向き直すとひとりの女性がじっと見つめていた。カトレアと同じくらいの長い金髪を靡かせて薄い銀色のフレームの眼鏡を付けていた。
「窓の外に面白いものでもありましたか?」
「…特に何もないが」
「そうですか、ところで貴方も平民出身のようですが当たっていますか?」
「そうだが、貴方もってことはお前もか?」
「えぇ、そうです。平民はここでは肩身が狭いですし、お互い頑張りましょう」
と言って手を差し伸べ、握手を求めてくる。その柔らかな印象とは掌は固く、タコのようなものがいくつもあった。向こうも俺の手を握って大方察しが着いたような顔をした。
「農作業、大変ですよね」
「…あぁ、大変だ」
金髪の女性が正面に向き直したあとはしばらく時計の針を眺めて待っていた。雑談の喧騒の中に紛れ込む秒針を刻む音が妙に心をざわつかせた。理由不明の嫌悪感が少しだけ胸に痛みを与えた。
その疑問に答えを出す前に試験官らしき教師が紙の束を抱えて教室に入ってくる。喧騒は鳴りを潜め、静かな教室に教師の声がよく通った。
「これから問題用紙と解答用紙を配る。筆記用具も渡すからそれを使って解いてくれ。当然だが不正行為を見つけた場合即座に違反者を退出させ、永久的に本校の試験は受けられなくなるからくれぐれもしないように。それと如何なる理由があろうと退出は許されない、これについての文句は神聖国に直接言ってくれ」
そう言いながら2枚の紙を配りながら黒板の前を歩き始める。最後の列まで配り終わったあと再び黒板の前に立ってチョークで書き始めた。
「まず基礎学問である歴史、算術、文学を合計2時間で解いてもらう。チャイムがなったら試験開始だ、健闘を祈る」
チョークのぶつかる音が鳴り止み、ほどなくして鐘の音が廊下から聞こえて一斉に紙をひっくり返す音とペンを走らせる音が響いた。




