53作目 揺籃から墓場まで
近場にある適当な町酒場を見つけ、店内に入る。時刻が夕方ということもあり店は非常に賑わっていた。あちこちで杯をぶつける音や食器を重ねる音、笑い声や怒号が絶えず聞こえ、喧騒さは増すばかりだった。給仕の人に案内してもらい、空いてる外の席に座った。肌寒さが残る外の空気は冷たく肺に残り、指先は微かにかじかんだ。適当にスープや肉料理などを頼み、適当に雑談しながら料理を待った。
「あの制服って魔法学園のかな?」
「そうだね、中々かっこいいじゃないか」
「そうか?俺はこっちの方が気に入ってるんだが」
「そりゃオレだってそうだよ」
「あたしだってそうさ」
道をゆく人々の中には暗い紺色のジャケットを着たスーツ姿の人が何人も見えた。袖には金色のボタンを付けて、襟には所属クラスを示す刺繍が縫われてあった。ものの善し悪しがあまり分からない俺から見てもその制服はよく出来ていて、着ている人の顔には充足感や自身、誇りにも似た表情が浮かんでいる。
「あの人たちはBクラスだね、下から二番目だ」
「下から二番目なのに随分自信満々だね」
「魔法学園に入れるのは一部のエリートだけなんだろ?ならBクラスでも相当凄いだろ、魔法も使えるだろうし」
「使えるって言ってもオレと同じくらいでしょ?なら大したことないじゃん」
届いたスープを啜りながら目の前を通っていく学園生徒を眺める。強者特有のプレッシャーや空気感みたいなものは纏っていないが、それでも俺より確実に魔法を学び、研鑽しているはずだ。それに俺達もいずれ入る学園の先輩なのだ、なら下手に事を構えない方がいい。給仕が提供してくる料理がテーブルを埋めつくし、夕焼けを眺めながら食べた。学生が多いからなのか濃いめの味付けが多く、量も多かったが旅を終えた俺たちにはそれがとても美味しかった。
「学園都市っていうだけあって栄えてるよね」
「まぁね、魔法学園の卒業生はどこからも引く手数多だと言うし、そんなエリートと関係を持てるなら商人とかは集まるだろうね」
「学園というのはやはり高尚なものなのだな、少し楽しみになってきた」
料理を粗方食べ終え、少し休憩していると俺たちのテーブルに近づいてくる足音が聞こえた。刀に手をかけ、いつでも抜刀できるように備える。アストラも気がついているようで机の下で剣に手をかけていた。徐々に近づいてきた足音の主は俺たちの席付近で止まり、やがて朗らかに声をかけてくる。
「どーもどーも、ご無沙汰っス。カトレアさん」
「ジャック、やっぱりあなたも一枚噛んでたのね」
煙草を吸いながらゆっくりと声の主に答える。その方へ見やると灰色の髪の男が椅子に座っていた。俺とアストラが警戒心を解かないままでいると脳の奥まで響く声色でジャックと呼ばれた男は話し始める。
「あれ?カトレアさん話してないんスか?」
「確証がなかったしエースから何も伝えられてなかったからね、自己紹介しな。あたしの護衛は厳しいよ」
「了解っス。どーもどーもお二人さん、揺籃から墓場までなんでもサポートがモットーのジャックっス。エースさんには毎度ご贔屓になってまスよ」
「…バルだ」
「…アストラ」
「もちろん知ってるっスよ、身分証と武器は満足いただけました?」
ジャックと呼ばれた男が俺たちの武器を指差してニヤニヤと笑う。その時俺は思い出した、遺物に触れた日エースは「商人に伝手がある」と言っていた。偽装身分のときは時間がかかるとだけ言っていたから個人的になにか根を回したのかと思っていたがこの男のことだったのか。
「この刀は師匠からもらったものだ」
「オレもおっさんから貰った覚えは無いよ」
「おっさんじゃないんスけど…まぁとにかくワタシのところからラーマさんとアラクネさんが買っていったんスよ」
「そうか、いいものだがお前に感謝はしない、信用してないからな。それに選んでくれたのはアラクネだ」
「つまりそういうこと、エースの知り合いらしいし協力してくれてるらしいけど堂々と顔を出してくるやつは信用できないよ」
「あいたたた、これは手厳しい」
過剰なジェスチャーをしながらジャックは大袈裟に悲しむ様子を見せた。ポケットからゆっくりと煙草を取り出して机の上に置く。
「今日来たのは顔合わせと情報を渡しに来ただけなんスよ、必要なモンは渡せたんで邪魔者のワタシは失礼しまスよ」
そう言ってジャックはこの場を去っていった。あいつのことはカトレアが知っているだろうしわざわざ居なくなってくれるならそれに越したことはない。ジャックはその後店の中に消えていき、やがて最初からいなかったかのように気配が霧散して消えていった。
カトレアが渡された新品の煙草を開け、中から筒状になった1枚の紙が出てくる。一瞬中を見たあと、俺たちに見せるよりも先に丸めて火をつけて煙草のように吸って消した。大きく蒸せたあと「不味い」とだけ言った。
「詳しくは家に帰ったら話す、今はゆっくり食べよう」
「あいつ何者?ただの商人には見えないけど」
「信用はしなくていいよ、けどあたしも"墓標"も少なからずあいつを信頼はしてる」
「ならオレも信頼だけはしとこーっと」
残っている料理を平らげ、家に帰った。あたりはすっかり暗くなり扉を開けると真っ暗で静かな空間が広がっていた。鍵を壁にかけて明かりをつけてソファに座り込んだ。
「…入国審査のときにいた騎士と女、覚えてる?」
「覚えてるよ、どっちも嫌い」
「俺も覚えている、それがどうかしたのか?」
「あたしらに目をつけてるね、何となくそうだろうと思ったけど国に報告しようとしてたらしい」
「え?なんで?なんで?」
「偽装身分も身体検査も全て問題なかったはずだ。いや…俺の腕が原因か?」
両腕の袖を捲り、黒い腕を見せる。あのときは刺青と言って誤魔化したがあの女は納得のいかない表情をしていた。検査に問題は無いと言っていたし特に詮索もしてこなかったが…警戒心を表に出しすぎたか?
「どれも違う、単純にあたしらが強く見られすぎてる。戦うのが得意なあなたたちなら察しがつくでしょ」
「強いやつが纏ってる気配とかのことかな?どうする?」
「どうもこうも任務は失敗じゃないか?」
「いや、ジャックが上手いこと報告書を弄ってくれた。そこについては問題ないけど借りを作っちゃったな…」
天井をぼーっと仰ぎ見て、手に持った煙草を口元に当てて吸い込んだ。煙を吐き出し、心底面倒くさそうに額を手で覆った。
「そうか、俺たちはこのまま任務を継続しても大丈夫なのか?」
「全部問題ない、紙には『報告書いじっといたっス』とだけ書いてあった。ご丁寧にピースサインまで描いてあってね」
「そっか、じゃあ本当に信頼はできるんだね」
「そうだね、今度あった時に適当にお礼しないとな。2人とももう風呂入って寝な、もうそろ試験だろう」
「お風呂あんの!?やったやった!一番乗り〜!」
テンションが爆発してアストラは部屋を後にした。上から大きな足音が聞こえ、ハイテンションなアストラとは対照的にカトレアは本当に面倒くさそうな顔をしていた。




