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右手に強欲を、左手に憤怒を。-異世界で全てを奪われた俺が全てを奪い返すまで-  作者: イカネコ
魔法学園編

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51作目 入国審査

俺たちは温泉での一件以降、ぴったりと離れず周囲への警戒を強めた。物音がすればアストラが確認し、俺がバックアップを担当する。何人たりともカトレアに近づけまいと尽力した。カトレアは「そこまでしなくていい」と言っていたがその発言に甘え、結果不覚の事態に陥った。命は有限であり、消える時は一瞬でもその天秤は強者のさじ加減で決まるということを再確認された。

街でのチンピラとの一件や、修行を乗りきって自分に対する評価点を高く見積もりすぎていた。師匠(アラクネ)がこの場にいたらボコボコにされるでは済まされない。いや、アラクネ以外の誰がいたってそうだ。俺が甘かった、"次"が奇跡的にあるだけに過ぎない。カトレアの交渉によって俺たちは旅を続けられただけに過ぎない、そのことを肝に銘じ張り詰めた警戒心を緩めずにミストレアの入国審査まで漕ぎ着けた。

国境付近は大きな砦と壁が山の間にあり、その先に入るためには街に入るのとは比較にならない審査が必要になる。長蛇の列を野宿しながら待ち、俺たちの前の商人が入国審査を済ませて順番が回る。

国境付近なだけあり、周囲の衛兵の数は街のそれとは比較にならなく、砦の中から強者の気配が漂っていた。レイズに気づけなかった惰弱な勘ではあるが、その勘は今働いている。衛兵の号令が飛ばされ、俺たちは砦の中に案内される。重く硬い金属製の扉を開け、中に入ると騎士らしき人物が舐め回すような視線で俺たちのことを見る。強者の気配はこの男からだ、おそらくここの防衛においての要がこの人物なのだろう。

その他にも警戒心や責任感が高まっている衛兵が武器を構え、緊張感が部屋の中に走った。

石材で出来た机の上に荷物を置き、指示されたカトレアのみが椅子に座る。俺とアストラはその後ろに立ち、手を後ろにして周囲を警戒する。重厚な鎧を身にまとった騎士が、鈍く光る剣を抜きながら発言し始める。


「ここから先に入るためには諸君らの審査を終える必要がある、諸君らに発言が許されるのはミストレア神聖国近衛騎士である俺の質問に対して答えるときのみだ、いいな?」

「分かりました」

「よろしい、身分証の提示を」


俺たちが事前に預けた身分証を机の上に置き、それを騎士が確認する。ランタンを後ろからかざし、浮かび上がる紋様を確認して本物であることを確認する。カトレアに身分証を返し、再び質問を続ける。


「入国の目的と諸君らの関係性を簡潔に教えてくれ」

「ミストレア魔法学園の受験のためです、あたしたちは義理の家族です。孤児院から引き取りました」

「ふむ、家族であることを証明する書類は?」

「こちらです」


カトレアがカバンから取り出した書類はエースが渡してきた孤児院から引き取った旨を記された書類で、国から認可されている判子を押された偽装書類だ。そこに書いてある責任者の名前や、判子を確認すると少し警戒心が緩んだ感覚がした。


「麻薬を所持していないかの確認をさせてもらいたいが、服を脱いでもらうことは可能か?」

「えぇ、もちろんです」


一瞬アストラが敵意を剥き出しに仕掛けたが、すぐにそれを引っ込める。衛兵はアストラの一瞬ではあるが強大な敵意を前にして武器を前に構えるが騎士が困ったように笑ったあと部下に武器を下ろさせる。


「わりぃな坊主、こっちも仕事なんだ。そう警戒すんな、悪いようにはしないし不正も違法行為もしない」

「そうですか、すいません。そういうのに慣れていなくて」

「気にするな、ただその敵意を国民に向けてみろ。俺が相手になるからな」


アストラの方を睨みつけ、圧が増した。俺が今まで出会ってきた強者ほどでは無いにしろ、仕事や責務に対する矜恃を持った重たく淀んだ圧だった。カトレアはアストラを軽く肘打ちしたあと、至って冷静に会話を続ける。


「衣類の着脱はこの場ですか?流石にそれはちょっと恥ずかしいんですが…」

「無論別室だ、女性の衛兵が対応する。違法行為などがあれば即座に俺に報告してくれ、国に誓って然るべき対応を取る」

「それは安心ですね、では親である私から検査してもらいましょうか」

「案内しますよ」


カトレアは騎士に指示された衛兵に案内され、部屋の奥にある階段を上っていった。上から扉の閉まる音がし、騎士が俺たちに話しかける。


「いい母さんを持ったな」

「どうも」

「…」

「黒髪の坊主は無口なんだな、どっちがアストラでどっちがバルだ?」

「オレがアストラです」

「黒髪の坊主がバルだ」

「そうか、お前ら2人はそこそこ強いな。きっと試験は受かるだろうよ」


騎士はそう言って身を乗り出し、俺たちに話しかける。程なくしてアストラが白衣の襟を整えながら衛兵と共に上から降りてくる。


「大丈夫だっただろ?」

「丁寧な対応でした、いい部下をお持ちですね」

「そりゃどうも、次はアストラが行け」

「…はーい」


アストラが次に階段を登り、検査をしている間に騎士とカトレアが軽く雑談をしているのを聞いて待っていた。


「随分お強いお子さんのようで」

「あたしが魔法を多少使えますから鍛えたんですよ」

「ほう?失礼ですが何行目までお使いに?」

「六行目までは使えます」

「ほう、お若いのにそこまで…貴女のほどの才覚をお持ちになるならさぞ名を馳せているでしょう?」

「名声や富に執着がない性分でして、生憎そういうわけでは」

「それは勿体ない、貴女ならば我が神聖国にかつていた"深紅の双星"にも届きうるかもしれないのに」

「買い被りすぎですよ」

「いやしかし見れば見るほど似ているようにも感じる、本当に瓜二つだ」

「他人の空似ですよ、それに"双星"はお亡くなりになられたのでしょう?」


知らない単語が行き交う会話というのはやや退屈だが、"深紅の双星"という単語は少し気になった、カトレアに後で聞いてよう。カトレアの質問に答えるタイミングでアストラが戻ってくる。大きなため息をつきながら俺の隣に戻ってきて定位置に戻る。なんだか疲れているような顔をしている、そんなに心労がかかる検査とは一体なんなのだろうか。

衛兵に連れられ、階段を上ると木製の小窓が着いた扉の前に辿り着く。衛兵はここまでのようで、扉の前で待機し始めた。中に入ると簡素な机やテーブルが並び、一人の若い女性が立っていた。


「貴方がバルくんですね。話は聞いてると思うので、脱いでもらっても大丈夫でしょうか?」

「分かった」


上から1枚ずつ服を脱ぎ、机の上に置く。勇者によって付けられた俺の身体に残る火傷の痕を見て女性は少し驚いていた。それに真っ黒な左腕や、右の手首についてる手枷のような紋様にも戸惑い、ゆっくりと近づいて触れる。


「貴方も酷い傷…それにこの黒い腕はなんですか?」

「趣味の刺青だ、気にする事はない」

「犯罪者に付けられる刺青というわけでもなさそうですし…大丈夫だとは思いますがこの傷はカトレアさんにつけられたものですか?」

「違う、孤児院に入る前に少しな。そこまで詮索するのか?」

「いえ、そういうわけでは…」


俺の左腕や右手に触れたあと、特に問題ないのか振り返って紙に記入し始める。服を隅々までチェックし、麻薬とやらが入っていないかを逐一確認し、再び記入を終えると「服を着ていただいて大丈夫です」と話した。


「ジャケットに記入されたバルバトスの文字はなんですか?」

「知らん、仕立て屋に聞け。俺は知らん」

「一部の仕立て屋が付ける拘りみたいなものなんですかね…とりあえず分からないなら大丈夫です。これで検査は終了です、お疲れ様でした」

「そちらこそご苦労だったか、部屋を出てもいいんだな?」

「はい、大丈夫ですよ」


部屋を後にすると外で待っていた衛兵が動き出し、俺の後ろをピッタリと離れず着いていた。階段を下りると既に退出の準備を済ませた2人が待っていた。騎士が俺の方を見て笑った。


「なにもされなかっただろ?」

「あぁ」

「ならこれにて入国審査は全て終了だ、もし落ちたら衛兵に応募してこい。お前らなら大歓迎だ」

「遠慮しておこう」

「衛兵なんか興味ないでーす」


冷たくあしらわれてもなお騎士は笑い、俺たちは案内されて砦を後にした。3人で大きなため息をついて無事入国できたことに安堵する。ただ砦ひとつ、壁一枚を超えただけなのに精神的な疲労が一気に押し寄せた。なにはともあれ入国は済ませた、あとは学園都市とやらに行けばひとまずは大丈夫だ。


バルバトスたちが砦を終えたすぐあとの審査部屋では騎士と女性が次にくる人を待っている束の間の雑談を楽しんでいた。


「ジュラさん、今来た3人全員酷い傷でしたよ。1人に関しては性別違いましたし」

「女だと思われたくないんだろ、そういうやつは一定いるもんだ」

「普通の人には見えませんでしたね」

「勇者もバケモンだったがあいつらもバケモンだな、上に報告忘れんなよ」

「勿論ですよ」

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