50作目 嵐の後で
あまりの出来事にほんの刹那の間呆けてしまった。カトレアに信用出来ない男を近づけさせてしまった、異能を使うよりも先に左手で刀を抜き、一瞬で距離を詰める。アストラも剣を抜き切り、弾ける音と共に空間を圧縮したように駆けた。
「カトレアに」
「手ェ出すな!!」
俺が何度も練習した突き技をレイズに向かって放ち、アストラは俺よりも早く上段から切り裂こうとする。だが先程まで跪いていたレイズは音もなく立ち上がり、俺の左腕とアストラの右腕を掴んで動きを殺した。
「悪かった、あまりに綺麗だったんでな」
「この野郎…!!」
アストラは右腕を掴まれたままその場を飛び跳ね、身体を回転させてレイズの頭部に蹴りを食らわせる。見事にクリーンヒットし、男の口端から血が漏れた。
「本当にすまなかった、別に取って食おうってわけじゃない」
「信用できるか!!バル!合わせて」
「あぁ」
「そこまでにしな」
アストラが"雷帝"を発動させかけ、俺もそれに合わせて攻撃を仕掛けようとした瞬間カトレアから制止の声がかかった。ポケットから煙草を取り出してマッチで火をつけ、大きく吸って煙を吐いた。
「あたしをどうこうしようってんなら最初にやられてる。レイズ…だったかな?離してもらえる?」
「勿論だ、すまなかったな」
「カトレア!!」
「あたしは大丈夫だから、とりあえず落ち着いて。湯冷めしちゃうよ」
レイズは俺たちの手を離し、その場から動こうとしなかった。俺とアストラはカトレアの元まで戻り、武器を正面に構えた。
レイズは困ったように頭を掻いたあと、素直に頭を下げた。
「本当に悪かった、敵意はないんだ」
「ふざけるな、いい加減にしろ」
「カトレア、ごめんね。大丈夫?」
「大丈夫だよ。なぁレイズ、話はできる?」
「もちろんだ」
手を後ろに当て、その場に座り込んで降伏の意を示す。しかし俺とアストラの警戒は依然として解ける訳もなく、敵意を剥き出しにして武器を構えた。
カトレアは俺達の制止を振り切りゆっくりとレイズに近づいた。
「武器を手放してもらえるかな、ちょっと信用出来ないんだ」
「我儘を言って申し訳ないがそれはできない、命も同然なんだ」
「そう、ならどうする?」
「命の次に大切な酒を預ける、温泉に入りに来ただけなんだ。あんたらもその口だろ?」
「ふむ、安酒のようだが?」
「酔えりゃなんでもいいんでな、駄目か?」
「いや、いいよ」
「先程は本当にすまなかった、知り合いに似ててな」
「他人の空似だろう、気にする事はないよ」
カトレアは交渉を済ませたあと俺たちの方へ戻ってきて武器を収めさせる。
「悪いけど納得してくれ、あたしはなにもされてないしさ」
「けど!」
「あいつが本気で殺す気なら最初から殺してるよ、そうでしょ?」
「すまないカトレア、俺が不覚をとった」
「気にしないでいいよ、温泉入っといで」
「だが…」
「大丈夫だから、ほら行ってきな」
諭されるままに温泉の方まで押されて行き、カトレアに耳打ちされてレイズと二人きりになった。
「敵意はないようだしそのまま監視を続けてくれ」と言われたがこの男は底が見えない。先程も明らかに手を抜いていた、武器を手放すわけにはいかない。
それに完璧にしくじった、カトレアを守れという任務を遂行しきれなかった。もしこの先こういう事があったらと考えるとぞっとする、楽しい旅で気が緩んでいた。これから勇者のいるミストレアにいくんだ、もっと気を引き締めなければならない。
武器を手に持ちながらレイズを注視していると申し訳なさそうに笑いながら男は口を開く。
「さっきは悪かったよ、軽率だった」
「よく分かってるな、俺が信用出来ない理由の方は理解できるか?」
「弁の立つ子供だな」
困ったように笑いながらレイズは服を脱ぎ始める。身体には無数の古傷が残っており、鍛え抜かれた肉体とともに先程見せた強さに説得力を持たせていた。
「そんなジロジロ見んな、楽しいもんでもないだろ。先に入るぞ」
「あぁ、先にいけ」
刀を手に持ちながらゆっくりと温泉に浸かり、感嘆のため息を零す。俺も服を脱いで男の対角線上に座った。館の風呂と比べてかなり熱いが、この寒さも相まって程よく気持ちよかったが手放しで心地良さを享受できるほど状況は良くなかった。俺の左腕を見ると男は驚いたように声を上げた。
「その左腕はなんだ?刺青か?」
「…」
「そうかい、まぁ誰にでも語れぬ事情はあるわな」
男は腕から上を岩場にあげながら一切動かず空を見上げた、沈黙が俺たちの中で流れた。しばらくしたあと、沈黙を破ったのはレイズの方だった。
「いい太刀筋だった、強いなお前」
「…いい師匠がいたんでな」
「そうかい、ただ貴族流はお前の体に合ってない。今からでも遅くはないから早めに流派を変えることをおすすめするぜ?」
「余計なお世話だ」
「あの周りに浮いてた魔法みてぇな力もそうだがただのチビ助じゃねぇな、いいスーツを着てるみたいだしどっかの貴族のお抱えか?」
「俺がお前に答えることは何もない」
「…そうか、まぁ次会った時敵じゃないことを祈るぜ」
レイズはそういいながら温泉をあがり、手早く服を着た。俺も上がり、後ろを着いていく。俺に背を向けてるはずなのに相変わらず隙は一切なく、脳内でどこから攻撃を仕掛けても反撃される未来が容易に想像できた。カトレアたちの元まで辿り着き、男は酒を受け取った。
「じゃあ俺はここらでお暇するぜ、色々とすまなかったな」
「もう会わない事を祈っているよ」
「早くどっか行け」
「そりゃ困るぜ、まだ返事を聞いちゃいねぇからな。とはいえ、どこかで詫びさせてくれ。何か困ったことがあれば衛兵か騎士に"レイズの知り合いだ"って言えば融通は効く。それじゃあな」
そう言ってレイズは手を振り、あっという間に姿を消した。気配は再び完全に消え、後に残るのは静寂のみだった。
「バル、作戦会議」
「そうだな、2人ともさっきはすまなかった」
「あたしは大丈夫だから」
「オレもだけど気が緩んでたね、まだカトレアに言い訳を聞いてもらえる状況で良かった。引き締めていくよ」
「あぁ」




