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右手に強欲を、左手に憤怒を。-異世界で全てを奪われた俺が全てを奪い返すまで-  作者: イカネコ
魔法学園編

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49作目 温泉と怪しい男

「ここら辺ってまだ雪残ってるんだなぁ」

「もう少しでミストレアだからね、ほんと嫌になるよ」

「寒いのは嫌だな、動きが鈍る」


コートの襟を口元まで挙げて頬を温める。ミストレアまでは目前だが、未だ溶けきっていない雪が手足を冷たく侵食していく。それに先程から腐った卵のような嫌な匂いが鼻を突いた、それは歩みを進めるほどに強くなっていき、警戒心を高めさせられる。


「この嫌な匂い、どんどん強くなってないか?」

「だね、毒かも。引き返す?」

「そうだな、ここまで来たが引き返すしかない」


俺とアストラの警戒心がほぼ上限に達し、引き返そうとしたときカトレアが襟を掴む。唐突に動きにストップがかかり、足を滑らせかける。


「おっ…!なにすんだよカトレア」

「ごめんごめん、引き返さなくていいって言おうと思ってね」

「この匂いは不自然すぎる、毒だったらどうするんだ」

「そう思うのもしょうがないけど大丈夫だ、あたしを信じてよ」


煙草を足で踏みながら笑顔でそう言った。この先にあるなにかに思いを馳せ、高揚感を隠しきれない声色で続ける。


「あたしの予感が当たれば…というか十中八九そうなんなけど、この先に温泉がある」

「「オンセン?」」


初めて聞く単語に俺とアストラは目を点にする。カトレアの声色から恐らくいいものなのだろうが、この鼻につく匂いがどうも温泉とやらと結びつかないし説明が足りないように感じた。


「この匂いは毒でもなんでもない…って言ったら嘘になるんだけど、ともかく温泉自体は無害に近いはずだよ」

「そもそも温泉とやらはなんなんだ?」

「天然のお風呂かな、入りたくない?」

「入りたい!入りたい!」


にやりと笑い、アストラもその場に飛び跳ねて賛同する。もちろん俺も入りたいがなんとなく不安が拭えなかった。


「大丈夫だよ、温泉自体は無害さ。早く行こう」

「いぇーい!おふろ!おふろ!」

「あ、おい!」


その場に立ち往生していると二人は先行して奥へと進んで言った。ついていき、しばらく歩いていると湯気が見えてきた。湯気の元まで行くと山の岩肌の中に水が溜まっていた。匂いの元はおそらくここら辺なのだと想像が着いた。

カトレアが水に指をつけ、舌で舐めて口に含んだ。何度かの咀嚼をしたあと、笑顔で振り返る。


「うん、問題ないね。あたしとアストラで先に入るからバルは外の警戒お願い出来る?」

「それはいいがなぜアストラも一緒に入るんだ?」

「中で何かあったときのためだよ、覗くなよ?」

「当たり前だ」

「じゃあバル、お願いね」


カバンの中から寝る時に使っていた大きな布を取りだし、木にかけて二人は仕切りを作り始める。

慌てて反対方向を向いて近場にあった大きな岩に座る、なんというか微妙な疎外感を感じた。まぁ誰にだって隠し事のひとつやふたつくらいあるだろう、"見えざる番犬(シェルドッグ)"を周囲に展開して刀を肩に立てかけた。周囲に魔物の気配はないが万全の警戒をするべきだろう、木の葉の揺れる音や風の音を聞きながら正面を向いた。

後ろから2人の大きな感嘆のため息が聞こえた、ほどなくして水の跳ねる音がしてはしゃぐ声が聞こえる。


「きっもちいい〜」

「だね、極楽だ」


俺も早く温泉とやらに入りたくなった、この寒さだ。きっと心底気持ちいいのだろう、暖かいお湯に肩まで浸かって頭を洗って汚れをこそぎ落とす。想像するだけでワクワクした、旅の疲れや汚れは温泉に熔けて消えるのだろうな。

これから自分が入る温泉とやらに思いを馳せていると近くで声がした。なんの気配も音もなく、一人の男が驚いたような間抜けな顔で木々の間から現れた。


「おっ?」

「!?」


周囲に展開していた"見えざる番犬"の警戒網を潜り抜けた正面にいる黒髪の男は相当強いと確信する。慌てて刀を抜こうとするといつの間にか隣にいた男が俺の左腕に手を添えて静かに呟いた。


「抜くな、敵じゃねぇよ」

「信用できるか」

「俺は温泉入りに来ただけだ、もしお前さんがそれを抜くなら俺も抜かなきゃならん。あと周りに浮いてるの仕舞え、気が散ってしょうがねぇ」


そう言って指を指した先には刀が差してあった。この男には今この瞬間ですら殺意や威圧感といったものを感じず、"見えざる番犬"にも気づいているようだった。


「ほら仕舞えよ、なんもしねぇよ」

「…なら剣を寄越せ、信頼できん」

「そいつは無理な相談だ、(こいつ)は俺の命も同然でな」


そう言うと男はいつの間にか俺の隣で胡座になり、遠くの空を見始める。ボサボサの黒髪に無精髭を蓄えている男には全く隙がなく、いつか対峙したアレンにも似た高い壁のようなものを感じさせられた。


「男なんかジロジロ見て楽しいか?」

「お前を警戒している、少しでも妙な真似をしたら殺す」

「そりゃ怖いね、それと俺はお前じゃねぇ。レイズって言うんだ、お前さんの名前は?」

「…バル」

「そうか、バル。そう警戒すんじゃねぇよ、温泉にいる2人のお仲間にも手は出さねぇよ」


レイズと名乗るその男はポケットから酒を取りだして飲み始める。俺は人数までは言ってないのに当てたこの男はやはり警戒するべきだ。

沈黙がしばらく流れたあとカトレアとアストラが湯気を纏いながら戻ってくる。パリッと弾ける音がしたあとアストラがレイズに襲いかかろうと手に持っていた剣を抜こうとした瞬間、レイズが隣から消えた。


「…随分手荒だねぇ」

「お前は誰だ、バルに何をした」

「俺はレイズっていうんだ。そこのチビ助とは少し世間話してただけさ」

「…バル、本当?」

「あぁ、レイズは温泉に入りに来ただけらしい」

「ほら手を離してくれよ、せっかく別嬪なのに敵意剥き出しじゃ勿体ねぇ」


アストラが剣から手を離すと、レイズは服を叩いて埃を払った。やがて正面にいるカトレアに気がつくと一瞬で距離を詰めて手を取り、跪き始める。


「初めましてお姉さん、結婚してくれ」

「…はぁ?」

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