48作目 ミストレアまでの旅路④
ベッドから俺以外の重みが消えた途端俺は目が覚める、目の前には既に準備を終わらせているカトレアとアストラが寝起きの頭に染み込んで入る穏やかな声で雑談をしていた。
「お風呂入りたいなぁ」
「ね、水浴びだけじゃ汚れが落ちた気がしないよ」
「冷たいしね」
俺もゆっくりと起き上がり、軽く欠伸をして会話に参加する。
「貴族の家でも借りるか?」
「あ、おはよう。いやそこまでじゃないけどさぁ」
「第一見ず知らずのあたしらに大切なお風呂を貸すお人好しなんかいないよ」
ゆっくり煙草を吸い込み、「そろそろ出ようか」と紫煙を吐き出しながらカトレアは言った。確かに身体の汚れは気になるし、川で水浴びしようにも冷たいから軽く浴びるくらいしか出来ていない。
どこかでお風呂に入れたらいいんだが、そんなに贅沢も言ってられない。準備を手早く終わらせ、宿を後にした。朝方のうっすら霧がかった街並みはどことなく不気味だがやや水っぽい白い空気が冷たく心地よかった。早朝からやっている屋台でパンとスープを買い、ベンチで朝食を取った。やや歯ごたえのあるパンを齧っていると、遠くから聞き覚えのある声がした。
「兄貴、こんな早くから魔物狩り行くなんてどうしたんすか」
「昨日のガキに会ったあたりから記憶が無いんすけど、なにかされたんです?」
「うるせぇ、いいからついてこい。さっさと行くぞ」
その方をアストラと見ると装備を着込み、大剣を持った男が街の外へ向かっていくのが目に入った。
「昨日のやつらだ、急に改心でもしたのか?」
「さぁ?改心したなら余計に意味わかんないけどね」
「まぁな」
「…あたしが寝てる間になんかあったの?」
「絡まれたから対応しただけだよ、問題もないし騒ぎも起こしてない」
パンを食べ終え、スープを飲みながらアストラは言った。カトレアは心配したような顔をしたが、俺たちに怪我がないことを察したようで軽く小言を言うだけに留まった。食器を屋台に返し、門から街へ出ると昨日の若い衛兵がぐったりとした様子で立っていた。昨日からずっと仕事なのだろう、大変な職業だ。
特に止められるわけもなく街を出た、しばらく歩くとあっという間に街は小さくなり、霧は濃くなった。
「地面も湿っぽいし昨日小雨でも降ったかなぁ?」
「かもね、遭難しないように慎重に行こう。こういう時にエースがいたら良かったのだけれど」
ぬかるんだ地面に足を取られながらも霧の中を進み、山の中腹まで歩き進める。ちょうど水場に着いたのもあり、少し休憩をとった。点火しにくいマッチに少しイラつきながら、不味そうに煙草を吸い始め倒木に腰を下ろしながらカトレアは会話を始める。
「雨とか湿気とかあたしは本当に嫌いなんだけど、2人とも雨は好き?」
「俺は好きだった」
「好きだった?今は嫌い?」
「あえて言うならどちらでもない、だな。雨の日に作る姉さんのシチューが絶品でな、大好物だったんだ」
「それはまた、悪いことを聞いたね」
「いいんだ、話したいから話しただけだしな」
湿っぽい空気や濡れた服、それに伴って生まれるなんともいえない人肌の恋しさは無性に俺を寂しくさせる。隣に誰かいたとしても、空気感によって生まれる世界からの疎外感に近いそれは、抗うことすら出来ず心に小さな穴を開ける。ただそれ以外にも楽しい思い出を想起させるから、好きでもあった。
「オレは好きかなぁ、雨の日って出かけないじゃん」
「意外だね、動き回るの好きなタイプじゃなかった?」
「もちろん好きだよ。けどお父さんが雨の日は家にいてくれてさ、よく武勇伝を聞いてたんだ」
「そっか」
「そんな申し訳なさそうにしないでよ!バルと同じで話したいから話しただけだしさ!」
遠くを見つめてアストラは目を細めた。悲しさや寂しさといった感情は微塵も感じず、彼にとってはただ無邪気に楽しかった頃の話を誇らしげに語っただけに過ぎないのだろう。
「そういうカトレアはなんで嫌いなんだ?」
「煙草が不味くなる上に火はつかないし、喫煙者にとってはいい事ないよ」
空を見上げながら、不味そうに大きく空中に煙を吐き出す。うっすらと赤く光る煙草を地面に投げ捨てて「そろそろ行こうか」と言って踏み潰した。
俺たちは湖を後にして、再び山を登り始めた。先頭に立つアストラがぐんぐんと歩き進め、不思議なことにあっという間に霧の中から抜けることが出来た。
「迷わないコツでもあるのか?」
「自信を持って進めば目的地に着くよ」
「答えになってないね、それ」
「あはは、けど本当にそうとしか言えないかな。迷いは剣筋を鈍らせるし、疑心は鬼を生む。なにごとも即断即決だよ」
人差し指をピンと立てて自慢げにアストラは言った。ラーマか誰かからの格言だろうな、尊敬する人の言葉を誰かに伝えれる嬉しさが声色から漏れていた。
露に濡れた草木を暖かい日差しが反射していた、ミストレアはまだ先だがこの旅がもうしばらく続けばいいと思うほど楽しかった。




