4作目 六つの掟
「起きな、飯の時間だ」
そう言われ、俺は目を覚ました。
今日は夢を見なかった、久々に気絶以外で眠った気がする。俺を起こしてくれたのは白衣の女性だった。たしか俺を治療してくれた人だ。
「あ、あぁ。ありがとう、え〜と…」
「あたしはカトレア、体の調子はどうだい」
「そうか、カトレア。お陰で痛みは無い、腕も生えたことだし万全だ」
「なるほど腕が生えたか…腕が生えた?」
口にくわえていた煙草を地面に落とし、俺の左腕を触って確認し始めた。
「感覚は?自由に動ける?気持ち悪くない?」
「問題ない」
「ちょっとよく見せて、包帯解くよ」
カトレアは俺に体を寄せ、巻かれていた包帯を手際よく解いていった。左腕は二の腕から下が無くなっていたはずだがよく見るとちょうどなくなった部分を埋め合わせるように黒い腕が生えていた。
結合部はまるで茨が巻きついているかのようなヒビが入っていた。
カトレアが白衣の胸ポケットからメガネと袋から取り出した薄い手袋をはめて結合部を詳しく凝視し、ぺたぺたと体を触ったあと不思議そうに首を傾げる。
「なんで結合されているんだ…?他の人の移植?いやでももしそうなら禁忌に触れるからこの子は死ぬはず…バルバトス、この腕に心当たりはない?」
「昨日エースから渡された金属の棒みたいなのに触ったらその中に人がいて…その人と契約したらこうなってた…って変な話だよな」
「いや、信じるよ。とにかくこの腕に今のところ異常はないんだね?」
「あ、あぁ」
「ならいい、異常をきたしたり怪我したらすぐにあたしのところに」
きなよ、とでも言ったのだろう。だがそれを言う前に勢いよく扉が開き、一人の男が入ってくる。
昨日ドラゴンがどうとか言ってたスキンヘッドの男だ。頭にバンダナを巻いていて、似合わないボロボロのエプロンをつけたその男が欠伸をしながら入ってきた。
「姐さん、料理冷めちまいます…よ…」
「カクエン、落ち着け。誤解だ」
カクエンと呼ばれたその男が大きな足音を立てながら俺の元に向かってくるが慌ててカトレアが中間に割って入る。
こちらに向かってくるだけで風が吹いた、その風に乗って花の香りがした。
「言わなくていいですよ姐さん、俺らの掟知ってるでしょ」
「だから、掟に誓って言うが嘘じゃない。本当に誤解だ、全く…」
そう言いながらカトレアはポケットから煙草を取り出し、火を点けようとしたところでカクエンがマッチを取りだして代わりに火をつけた。
あまりの光景に唖然としていると2人が口を開いた。
「ありがとうカクエン。ほらバルバトス、下でみんな待ってるから早く来な」
「いいですよ姐さん。おいガキ、折角作ってやったのに冷めたらもったいねぇだろ。早く来い」
「あ、あぁ。すまん」
廊下を渡り、階段を降りてる最中もずっとカクエンはカトレアを心配するような声をかけていた。
恩人になにかあったらとか、姐さんには感謝しているだとかそんな内容だ。まぁここにいるひとたちの過去は大体似たり寄ったりだろう。
広間の扉の前に着く頃には美味しそうな匂いがした、思えば昨日は飯を食べていなかったからか腹の虫が大きく鳴いた。その音を聞いた前の2人が少し笑った。
ふと姉さんの作るシチューが無性に食べたくなった。2人で苦労して狩った小さなうさぎで煮込んだ甘いシチュー、もう思い出の中でしか味わえない。間違いなく最高のご馳走だった。
「あ、きたきた。昨日も紹介したけど新入りのバルバトスくんです〜、コードネームを自分で決めた偉い子だよ〜。みんな拍手〜」
サングラスをかけたエースが俺の前に音のない滑らかな動きで現れた。
エースの拍手に釣られ、全員が大なり小なり拍手を返した。
「そんなことよりリーダー、こいつに掟教えてなかったでしょ」
「あ、いや違うよカクエン。昨日は少しバタバタしてね、まぁそこら辺は全部食べながら話すよ、ほら冷めちゃうよ」
「いや俺が作ったのになんだよそれ…」
賑やかなムードに囲まれて俺は席に着いた。食卓の上にはパンやスープ、サラダが全員分綺麗に置かれていた。フォークとスプーンも全員分きちんとある。
食欲を刺激するいい匂いが強まった。全員揃ったのを確認してエースが食べようと一言声をかけてみんな一斉に食事を始めた。
俺もそれに合わせてスープを一口飲むとこれが堪らなく優しくて温かい味がして少し目頭が熱くなった。サラダも新鮮でパンは村で食べていたものより幾分か柔らかい。久しぶりの温かい食事を堪能していると俺の正面にいるエースが口を開いた。
「食べながらでいいから聞いてね、"英雄の墓標"には絶対に守らなくちゃいけない掟があるんだ」
「さっきカクエンとカトレアが言っていたやつか」
「そう、さっきは大変だったね。で、掟は全部で六つ」
エースが言った掟はこうだ。
一項 墓標に誓って約束は必ず守らなければならない。
二項 墓標に誓って裏切ってはならない。
三項 墓標に誓って嘘をついてはならない。
四項 墓標に誓って善良な市民を傷つけてはならない。
五項 墓標に誓って過去を尋ねてはならない。
六項 墓標に誓って死者を冒涜してはならない。
「墓標に入る以上、これを絶対に守って欲しい」
「分かった、必ず守る」
「なら良かった、おかわりもあるからいっぱい食べなよ」
さっきは大変だったというのが少し引っかかるが掟は把握した。エースの話を聞いているとその隣にいるカクエンが割って入ってきた。
「だから俺が作ったんだろうが。それになリーダー、こいつの左腕どうしちまったんだ?」
「それ、オレも気になってたよ。随分かっこよくなったじゃん」
左腕の話になると、俺の隣にいた金髪の少年も会話に参加した。俺と同じくらいの年だろうか。
「ラーマには昨日話したんだけど、その子に例の遺物を渡してみたんだ」
「リーダーが昔めっちゃ雰囲気ある祠で拾ったってやつか?」
「そう、そしたら腕生えちゃった」
「生えちゃったじゃないよ、あたしに一言もないのは変だろ」
そう言ってエースの頭にチョップするカトレア。
いてっ、とチョップされた頭を大袈裟に撫でてエースは続けて喋った。
「もしバルバトスになにかあったら、僕が責任をもって守るよ。約束だ」
「なにかあったら、じゃなくてなにかある前にあたしを頼りなよ」
「肝に銘じておくよ。あぁそうそう、アストラとバルバトスはこの後ラーマと外で特訓ね」
「まじ!ラーマとやれんの!超嬉しい〜」
「わかった、すぐに準備する」
と言って立ち上がろうとすると隣にいるラーマが俺の肩を掴んで止めた。
「まぁそう慌てなさんな、特訓は逃げん。今はゆっくり飯を食え」
「…わかった。すまんカクエン、おかわりはあるか」
「あ、オレもオレも!」
「はいよ、そういえばバルバトスって年いくつだ?」
「14歳だ」
「お、じゃあアストラと同じか。それにしては大人びてやがるな、アストラも少しは見習わないとな?」
「どーでもいいよ、だってどうせバルバトス弱いじゃん」
「あぁ、俺は弱い」
そう、俺は弱いんだ。だからなにも守れなかった。
だから今度こそ、早く勇者を殺せるくらいは強くならないと。
決意を再び固め、真っ黒い左手を握りしめた。




