43作目 悪魔の犬と竜の御手
先に庭に出て軽く準備運動をする。二日酔いはある程度覚めてきたがなんとなく身体が強ばっているような感覚が残っていた。これがお酒から来るものか、あるいは緊張からか理由は定かではない、ベストコンディションではないがそんな些細な問題が勝敗を決するわけではない。いついかなる状況に耐えうる予測とありとあらゆる行動に対する反射を俺はアラクネに叩き込まれていた。程よく光沢が光る黒い革靴は固く地面を踏み締めた、腕を伸ばしたりその場で軽く飛び跳ねたりしていると玄関から全員外に出てくる。
ボロボロの白衣の下にベストとワイシャツを着込み、細いパンツを履いたカトレアはいつもと違った雰囲気がありながらも、特徴的な白衣のおかげでどこか安心感があった。アストラは灰色のローブの下に俺と同じスーツを着ていて、左の腰には長剣と短剣が2本差し用の黒革のベルトに差してあった。手に持っていたスーツケースを俺と同じ場所に置き、軽くストレッチしながら俺の元に向かってくる。
「二日酔いは覚めた?」
「当然だ。例えあったとしても些末なもので影響は無い」
「平衡感覚って大事だよ?まあ大丈夫だと思うけどさ」
腕を伸ばしたあと屈伸をして、手を閉じたり開いたりする。一定の距離離れたあと、ちょうど中間地点である玄関扉の前でエースが宣言する。
「実剣、異能、なんでもありの手合わせだ。死に直結する相当の攻撃をするか、降参の意思表明をしたときのみで勝敗を決する。開始の合図はコインが地面に落ちたらだ。それじゃあ2人とも、存分にやっていいよ」
そう言って彼はコインを空中に放り投げた。目を閉じて深く深呼吸をし、コインが落ちる音に耳を澄ませる。やがてコインが落ちる音がして目蓋を開いた刹那、上からかき消すように弾ける音が迸る。
馬鹿正直に真っ直ぐ蒼白い雷光が俺に向かってきて流れるように長剣を抜いて上段からの袈裟斬りをしようとするが刀身を半分だけ出して防御する。
「相変わらず速いな」
「流石に止めれるよね」
アストラは超近接特化型だ、異能もそうだし本人の得意な距離が自身の周囲半径5mほどだからだ。距離を離せなければジリ貧だ、左腕を振るって弾丸を12発精製させたところで横腹に蹴りを入れてくる。能力の発動条件は左腕を振るうこと、当然その隙を見逃さないほどアストラは甘くなかった。腹部に若干の痛みが入りつつなんとか弾丸を6発発射するとアストラはいつの間にか地面に突き刺した剣の柄を踏み台に、そのまま高く飛び上がって回避する。
上段からの袈裟斬りか…と察しが着いて奥歯を噛み締める。向こうのパターンに引きずり込まれたら少し骨が折れる。しかしわざわざ逃げ場のない空中に行ってくれたんだ、この好機を見逃してしまうほど馬鹿ではない。アストラを標的に定め、3発の弾丸を発射する。
「"霧紡の群狼"」
発射された3発の弾丸はただ小さく素早い、そして視界に捉え続ければほぼ無意識に追い続けることが出来る。並列思考ができるようになったおかげで習得できた、超必そのイチだ。残った3発の弾丸で同時に"見えざる番犬"を使い、周囲に浮遊させる。
バルバトスが回避行動を予測し、空中に浮遊するアストラに3発の凶弾が襲いかかるがその場で彼はただ一言呟いた。
「"轟雷帝"」
鳴り響く轟音が、蒼白い閃光が再び迸る。
地面に突き刺さった長剣に落雷が落ち、ただ刹那の間にアストラは地面に立っていた。未だ空中を見ているバルバトスにとってそれは消えたようにも錯覚される。流れるように剣を引き抜き、振るうは騎士の型。
「"飛燕"」
切り上げから始まり流れるような連続三段の攻撃は今しがたようやく視界に捉えたバルバトスに無慈悲に襲いかかるも金属音と共に全て弾かれる。周囲を浮遊し、不可視でなければほぼ確実に攻撃を弾く番犬がバルバトスにはいたからだ。金属が激しくぶつかり、視線が交錯する。
どちらもただ笑みを浮かべていた、やはりお互いにとって目の前にいる人物は好敵手であり相棒に足ると確信し、だからこそ明確に勝ちたいという意志を持った顔をしていた。
「楽しいね、バル」
「最高だ、アストラ」
無邪気に笑うアストラが短剣を引き抜いて攻撃を加速させる、それは練習した型ではなくただ自身の戦闘本能が赴くままに剣閃を光らせた。
バルバトスはそれをただ冷静にひとつずつ弾丸と刀を持って対処する、自身の能力を試すように丁寧に弾き、攻撃に何度も転じた。
無限に続くかのように思えた剣戟は突然終わりを告げる、きっかけはアストラの爆発的な成長によるものだった。あとなにかきっかけがあれば勝利をもぎ取れるという現実が小さき雷帝に閃きを与える。
アストラはただ高く飛んだ、落ちることしか知らぬ雷に指向性を持たせる。それはバルバトスにとって予測を立てるには十分すぎる時間だった。すぐさま弾丸を放ち、執拗に追いかける凶弾を以てして対応をする。ゆるやかに感じる時間の中でアストラは大きな回避行動を取るわけでもなくただ呟いた。
「死に向かう我らは勇敢な戦士」
「死に向かえど魂は不滅」
「故に我らは安寧を託し地獄へ一歩さらに一歩」
肩や足に弾丸を食らうも致命傷は決して受けぬ最低限の動作で眼下に標的を据える。
その詩をバルバトスは知らない、戦士の意地をバルバトスは知らない。ただ一小節口遊むたびにボルテージが上がり、周囲に電撃が走った。
口にするは最後の一小節、心に抱くは剣士の心得。
「我らは人に非ず竜に成りて妻子を守り死に給う」
長剣を地面に突き落としながらバルバトスに向かって急降下する。大きく息を吸い、友人に向けるには冷たすぎる殺意を持ってして技の名前を口にする。
「"轟雷帝"」
落雷と化したアストラが長剣を座標に再びバルバトスの前に現れる、流れる電気の奔流がほんの一瞬の痺れを周囲にもたらした。突き刺した長剣を再び構え、前方に一気に駆け抜け、続く最後の名前を口にした。
「"竜獄"」
蒼白い閃光が僅かに歪んだ、その突き抜けた速さにバルバトスは回避行動を取ることすら許されず、ただ反射的に左腕で致命傷となる攻撃のみ防御した。しかしその黒い左腕を持ってしても威力は殺しきれず、その身に稲妻を浴びる。
落ちかける意識の中で倒れまいとするバルバトスの意地だけが身体に反映された、なんとか刀を突き刺してその場に膝立ちになって気絶した。
そしてそのすぐあとにアストラもその場に倒れた、アストラの周囲の草木は焼け焦げ、通った跡は黒く歪な道ができていた。




