42作目 出立の直前
朝ご飯を食べ終え、ソファで少しゆっくりとしながら雑談をしていると眼鏡をかけたエースが黒板にチョークで書き出していった。その音を聞くと俺とアストラは自然と本棚からノートとペンを取り出して机に向かった。
「試験の傾向と対策の話はもうしたよね?アストラ覚えてる?」
「当たり前でしょ、筆記試験は歴史と数学あとは魔法学の基礎が出題される。年代によって応用が出たりする年もあるから一応対策はしてるよ」
「いいね、実技の方は?バルバトス答えて」
「剣術御三家の流派の基本型三つ、魔法学園だから基礎だけ見せればいいし点数の割合も低い。魔法の実技は出来る行数の全てを実践して発動までの流れや精度で点数を取る、あとは潜在的な魔力量の検査だな」
そう答えると彼は振り向かずさらに黒板に書き始める。
「正解、魔法の実技と設問は点数割合が高いから確実に取っていこう。前も話したけど筆記三つ実技二つの計500点満点で、試験の結果に応じてクラスが割り当てられる。目標クラスはどこだっけ?アストラ」
「勇者が所属してる特待クラスの1個下、Aクラスだよ。理由は同じクラスほど近づきすぎず、かつ最低クラスのCクラスほど遠くない距離だから」
「そう、つまり監視の任務に最も適任なのがAクラスだからだね。時折見かけたり噂を耳にしたり、実力を目の当たりに出来れば上々。決して接点を持たないようにね」
「分かっている」
長い座学で俺たちの使っているノートは4冊目まで増え、びっしりと書き連なれたページは筆圧でシワになっていた。そしてその書き込んだ全ての文字が頭に入っている。大抵の歴史や偉人は年数と月日や偉業が分かればなにがあったか簡潔な説明と共に答えることが出来た。
「さて、これからの話をしよう。魔法学園は全寮制ではないからミストレア魔法学園都市にアジトを構えてもらう。既に家は押えているし、生活も当分は問題ないはずだ」
「それはいいんだが俺達には身分証明の類はないぞ、どうするんだ?」
「そこで3人用の偽装身分を用意した、随分時間がかかったけど何とか間に合ったよ」
そう言って彼はポケットから3枚のカードを机の上に置く。そこには名前と生年月日、登録都市や身元保証国まで事細やかに記載されていた。
「諸事情でバルバトスだけバルに名前を変更しているけどそれ以外はコードネームのままだね、特段支障もないでしょ?」
「あぁ」
「すげー、初めてちゃんとした身分証明書ゲットした」
身分証明書というのはかなり大事なものだ、一応冒険者ギルドで身分証を発行できるが今渡されたものに比べ信用度は低い。そのため学園に通うことができなかったり、他の国や街に入る時に長い審査や多めに税金を納めなければならなかったりといったデメリットが存在する。
一方で今渡されたものは国が発行し、国が個人の身分を保証するというかなり信頼度の高いものだ。当然手に入るまでに審査とそれなりのまとまった金が必要になる。それをエースは作って持ってきたのだ、さすがの一言に尽きる。
「3人は血縁関係だ、カトレアを義母にし2人は孤児院出身にしている。出身孤児院やそこにいた関係者の名前などはノートをじっくり見て覚えてね」
そう言って机の上に追加で置かれたノートを軽く開くと俺たちの過去や関係性などが事細やかに記入されていた。読み込んで覚えるにはそれなりの時間を要するが俺たちが気になったのは2人がカトレアの養子になったのは全く同じ時期ということだ、一応兄弟という扱いになるが明確に戸籍上決まっている訳ではなかった。
養子というのは血縁関係がなく曖昧なため、親子を決めたら特に兄弟などは深く決めないらしい。貴族であれば養子なども詳しく決められるが俺たちはあくまで平民のため、そこら辺はぼやかされている。
「俺たち兄弟らしいぞ、アストラ」
「オレが兄ちゃんだろ!オレが兄ちゃんでいいよな!」
「駄目だろ、俺が兄さんになる」
なんとなく俺がアストラの弟になるのは納得がいかなかった、確かに兄と言われたらそんな雰囲気がしない訳でもないが俺が下なのはなんか嫌だった。
「なら手合わせで勝った方が兄でいいんじゃないかしら?」
「「それだ」」
アラクネが食後の紅茶を飲みながら俺たちに言ってきた。それを聞いた俺たちは全く同じ動きでアラクネを指さして全く同じことを言った。
「2人とも出発の準備は出来てるよね?」
「もちろん出来てる」
「当たり前じゃん」
「なら問題ないね、手合わせを終わらせ次第すぐに発ってもらう」
「そうか?早くないか?」
「別れが来るならそれは早い方がいいでしょ?ほら早く制服に着替えておいで」
「分かった」
「おっけー」
広間を後にし、俺たちはゆっくりと階段を上がった。別に示し合せたわけでも事前に決めていた訳でもないができるだけこの館に留まりたくなって歩みを緩めた。
「学園に通うのは楽しみだし、新しい任務だからやり甲斐もあるけどこの家を出るのは寂しいね」
「別に戻ってこれないわけではないんだが、そうだな」
学園には長期休みがあるからその都度戻ってこれたりするのかもしれないがそれ以外で会うことは難しいのだ。夜中にエースと二人で話すことも、ラーマやアラクネと訓練することも、カクエンの手料理を食べることも出来ない。そう考えると途端に憂鬱になっていった。するとパチンと頬を叩く音が聞こえた、横にいるアストラからだ。少し頬が赤くなり、決意が決まったような目つきになってアストラは歩みを早めた。
同じように俺も頬を叩いて自分を鼓舞した、長いようで短かったあっという間の日々だった。ここに来てから俺は沢山のことを学び、強くなった。そして今度はその力を振るうためこの場所を離れる。
部屋に急いで行き、制服に着替えた。白いワイシャツを着てネクタイを首にかけ、ジャケットに袖を通す。手袋をつけてコートを羽織り、最後に貰った刀を右腰に刺す。部屋に置いてある鏡に映る自分は初めてここに来たときとは見違えて見えた。荷物を詰め込んだカバンを手に取り、部屋の扉を開ける。階段を降りて最後にエースにネクタイを締めてもらいいった。
「ちゃんと自分でできるようにならなきゃダメでしょー?」
「なんとなく最後はエースに締めてもらいたかった」
それはネクタイでもあり、俺の態度や弛緩した空気、神経のことでもあった。初めての任務のことを戒めとして、そして成長したであろう自分の再スタートとして新しく締めてもらいたかったのだ。俺を見下ろしながらネクタイを締め終わったあとのエースは揶揄うような悪戯な笑みでも、意味深な笑みを浮かべる訳でもなく、ただただ優しく微笑みながら俺の頭を優しく撫でた。




