41作目 二日酔いの味、幸せの味
尋常ではない頭の痛みで俺は目を覚ます。窓から差し込む陽光が顔を照らし、やけに乾いた喉が頭痛と相まって非常に不快だった。朧気な記憶がいくつも混濁し、寝る前に机の上に置いたであろう刀をベルトに差し込み、多少の吐き気を堪えながらなんとか階段を下りて広間の扉を開けると俺が1番最後に起きたみたいで全員が俺の顔を一斉に見始める。その光景が初めてこの館に来た時になんだか似ていて少し懐かしく感じられた。なんとか捻り出した俺の声は想像より何倍も枯れていて、一瞬老人が喋っていたのかと錯覚する。
「おはよう…」
「おはようバル、昨日は酷かったね」
いの一番に挨拶を返してくれるアストラから出た発言に俺は一切の心当たりがなかった。どれだけ記憶を遡ろうと全く該当するものが見つからなかった。ひたすらシチューを食べていた記憶は辛うじてあるのだがその先が切り取られたように断片的だった。
「記憶が無いんだが…俺はなにかされたのか…?」
「あはは、まだ酔ってるの?ただの飲み過ぎだよ」
「そうか…」
ケラケラと笑うアストラを横目に覚束無い足取りでなんとかキッチンまで辿り着き、氷室に入って木の樽に溜められた水をコップで掬い何杯も飲み干した。今まで飲んできた水の中でとびきり美味く感じ、身体に染み込む感覚がした。
「おはようさん、二日酔いの後の水はうめーだろ?」
「あぁ、こんなに美味い水は飲んだことがない」
「シチュー余ってんだけど食うよな?」
「もちろんいただこう、大盛りで頼む」
「はいよ」
この氷室というのはこの館に来て初めて触れたものだがどんな季節でもある程度まで保存出来るし生肉なども長時間保存できる優れものだ。前に一度どうやってるのか聞いたところ「永久に溶けない氷を敷き詰めてる」とエースが教えてくれた。ちなみに中はすこぶる寒く、水を飲むために入っただけなのに一気に身体が冷えあがった。腕をさすりながら氷室を出て、重たい扉を閉める。氷室の冷たさのおかげで目が覚め、椅子に座って深いため息をすると近くにいるカトレアが俺に話しかけてくる。
「二日酔いしんどいでしょ、これといった対策もないから体が分解してくれるのを待ちな」
「ものすごく頭が痛いし吐き気がする、二度と酒は飲まない」
「あなた昨日異能使って一発ギャグしてたけど、元の性格はあんな感じなの?」
「どんな一発ギャグだ?全く記憶にないんだが」
カトレアから聞く話によると俺は昨日"沈黙"を用いて弾丸を額に貼り付け、サイズを大きくした弾丸を手に持って「オーガ」と言っていたらしい。そんなことをするなんて想像がつかないし、している自分を想像すると肌がむず痒くなるような恥ずかしさに見舞われた。するとカトレアの肩に手を置き、アラクネも会話に参加してくる。
「あれはウケたわ、あそこまで異能を使いこなせるようになれた私に感謝しなさいよ」
「そんなことをするために特訓をしたわけではない…」
熱くなる顔を手で覆って隠す。ちらっと見えたアラクネの顔は心底面白いものを見たという顔をしていた。もう俺はオーガを直視できないかもしれない、もし見かけたら真っ先に殺してしまおう。この調子ならきっとオーガを見る度にいじられる。
「まぁでもバルバトスの本音が聞けてよかったよ」
「エース…俺はさらに変なことを言ったのか?」
「違う違う、ただまぁ内緒かな」
「なんだそれ」
椅子を引いて俺の正面に座るエースは悪戯な笑みを浮かべながらそう言った。続々とみんなが食卓に集まり始めた、ラーマも一言交わしながら座った。
「酒の席での発言は軽く捉えられがちじゃが、昨日のお主の発言は痺れたのう」
「俺は昨日本当に何を言ったんだ…」
「でもほら、バルって寡黙じゃん。あんまり多くは語らないからさ、昨日はそうじゃなかったってだけだよ」
「なんでもするから教えてくれ…」
「掟に従って過去を尋ねてはならないのですよ、バルバトスくん」
「勘弁してくれ」
ふふんと鼻息を鳴らして両腕を腰に当てながらふんぞり返ってアストラは言った。ベルトには剣が2本刺さっていた。1本は昨日渡された長剣で、もう1本は最初に見た短剣だった。
「でもかっこよかったよ、掟に従って嘘はついてない」
「だとしてもだ…」
今度は一変して柔らかい目つきで俺に微笑んだ。彼が言うならそうなのだろうが、だとしても余計に気になった。すると全員分の朝ご飯を並べたあとカクエンが言った。
「そういじめてやんなよ、少し可哀想だぞ」
「カクエン…相変わらず見た目にそぐわないいい人だな」
「はいもう絶対言わない、お前ら全員墓場まで持ってけよ」
はーいと全員が言ったあと盛大に笑い声が起きた。頭を抱えているのは俺ひとりだ。いつも通りエースが席を立ち、手を叩きながら挨拶をする。
「まぁ軽口はそこまでにしつつ、ここは墓場なんで昨日バルバトスが言ってくれたことを復唱しましょう」
「いよっ!」
「よいしょー!」
アラクネとラーマが野次を飛ばして俺は再び顔が火照る感覚がする、昨日俺が言っていたことをまんま復唱されるとは思っていなかった。周りの反応から想像するにきっと恥ずかしいことを言っているはずだ。咳払いを数回した後、真面目な顔でエースは言った。
「俺はここにいる人たちが姉さんと同じくらい大切で、二度と失いたくない。だから俺は失わないためにどんなことでもするし、復讐だけじゃなく失わないためにも勇者を殺す。何が言いたいかって言うとつまり」
一気にその時の記憶が蘇るそしてこの後に言う台詞まで俺は一言一句思い出すことが出来た。なんだ、もっと恥ずかしいことを言っていると思っていたが案外普通のことだな。エースの発言に上から被せて、俺は次の台詞を口にする。
「俺はみんなのことが大好きだってことだ、だろ?」
「うん、その通りさ。覚えてたんだね」
「思い出しただけだ、もっと恥ずかしいことを言っていると思ってた俺が馬鹿みたいだ」
「さ、疑問も晴れたみたいだし食べよっか」
少しぬるい空気が流れながら俺はシチューを口にした。相変わらず姉さんと似ていて、それでいてどこか違う優しい味がした。ただ心底、幸せだと感じた。




