39作目 月夜の烏
館の直前まで辿り着くとアラクネとラーマが玄関の前で待っていた。アラクネが大きな声でラーマに噛み付いているのが遠くからでも聞こえていた。
「バルバトスの方が強いわよ!絶対にね!」
「ふん、そりゃあどうかのう。アストラは間違いなく天才じゃ、しかもワシが教えたとなると…おっとこれ以上言うわけにはいかんな」
「ムカつくわ、私が教えたバルバトスの方が強いに決まってるでしょ!老人ってこれだから…頭が固くてしょうがないわ」
俺とアストラが帰ってきたのを確認するとアラクネは糸を俺に貼り付け、引き寄せる。
「おかえり、何体倒したの?」
「オーガ4体」
「ほう…ほれアストラ、お主は何体倒したんじゃ?」
「オーガ2体とシャーマン、あとシーフかな」
「ちっ、同数…」
「アストラはオーガだけじゃなくシャーマンとシーフも倒しておる。やはり師匠がいいんじゃな」
そう軽口を叩きながら扉を開けようとするとエースがちょうど出てきたところだった。
「みんなおかえり、ちょっと出てくる」
「援護は必要かの?」
「いらないよ、ちょっとした用事だから」
そういって彼はどこかに行った。方角的にオーガがいたところだ。アラクネとラーマはその後も言い合いながら全員で広間に向かった。俺とアストラも入ろうとすると、2人に止められた。
「まだ駄目じゃ、部屋行って着替えてこい」
「そうよ、2人とも汗臭いわ」
そう言って勢いよく扉を閉められ、開けようとしても固く閉ざされ開かなかった。
「どっちが先にお風呂入る?」
「先でいいぞ、俺は部屋に戻って少し寝る」
「分かった、終わったら起こしに行くよ」
「頼む」
能力を使いすぎると少しふらついて眠気が来る。特段あげるほどのデメリットでもないが折角眠れるなら寝た方がいいに決まっている。ベッドの上に倒れて、そのまま眠った。
「うーん、上位種が一斉に出るなんてことあったかなぁ」
エースはそう言いながらオーガの死体が散乱された森の中をひとり歩いた。思い当たる節はいくつかあった、魔王と勇者の死体の付近では強力な魔物が多く生まれる、その他にも強大な魔力に当てられ魔物が突然変異するパターンやそれを利用して第三者が意図的に魔物を進化させるパターンなど考えるが、そのどれもが該当しない。
僕たちの住む家の周囲はカラスを周回させているし、アラクネの張りめぐらせた糸も無数にある。なにかあったらすぐにアラクネが気付くはずだ。それにここまで僕たちの近くまで来てこれだけっていうのは考えられない。
「痕跡もないし、本当にただの突然変異かな…カラスたちもオーガが出る直前まで静かだったし」
僕の異能"変幻自在"は、遺物の能力を際限なく吸収できる能力だ。その中で使い勝手のいい能力が"俯瞰視点"で、カラスのみと限定されるが自由に操ることが出来る。範囲はそこそこ広く、この山とその周りくらいなら全部見通せる。なにか異変があればすぐに気がつくはずだ、周囲に誰かが無理やり進化させた痕跡もなく、オーガたちの死体を見る限り変わった点も見られない。
「異能の過信は禁物だけど、ここまで痕跡が残ってないなら一旦戻ろうかな」
気になる点はいくつもあるけれど捜査はここまでにして館に戻ることにした。それにバルバトスが何よりも心配だ、彼が手にした遺物は僕が吸収できなかったものだ。彼の言う話が本当ならば自我のある遺物ということになる。ここまでの加速度的な成長は少し恐ろしい、アレンと対峙したと聞いた時は心底驚いた。あの化け物と戦って生き残れるのはそういない。脳裏に過ぎるアレンの顔を、振り払い館に向かった。呟いた一言は夜空に吸われた。
「…今の僕を見たら、アレンはなんて言うんだろうな」
廊下から差し込む光で目が覚める、相変わらず濡れた髪を滴らせながらやや大きなサイズの服を来ているアストラが立っていた。
「お、タイミングバッチリ」
「そうだな、わざわざありがとう」
「なんかまだ広間入っちゃ駄目らしいから、ゆっくりお風呂入ってきな」
「そうか、分かった」
着替えを持ち、風呂場に向かった。階段を下りるとちょうどエースが帰ってきたみたいだった。
「おかえりエース、なんか分かったか?」
「察しがいいね、僕がオーガのとこに行ったの気付いてたんだ。けど残念、特に弄られた痕跡もなかったかな」
「あの数の上位種がただの進化か…」
「まぁそういうもんだよ、分からないことが多いのも魔物だしね」
そう言ってエースは地下室に向かっていった。広間ではなく地下室に向かったのが気になるが、ひとまず風呂に入ろう。近いうちにミストレアに発つことだし、準備も並行して進ませないといけないな。
風呂に入り、一息つく。右手に入った手枷のような紋様が目に入った、相変わらずこの紋様のことはよく分かっていない。"沈黙"を限りなく完璧に引き出せるようになったのはこの紋様が出来てからだ。浴槽の中で、紋様を手でなぞる。左腕は真っ黒で、右腕にも刺青みたいな紋様。姉さんが見たらきっとびっくりして叱るだろうな、と笑みがこぼれる。
その後はしばらく思い出に浸りながら天井を眺めていた、時折滴り落ちる水滴がこういう時だけ何故か面白く見える。風呂をあがり、着替えると扉の前でアストラが座って待っていた。
「そんなところでなにしてるんだ?」
「準備できたってさ、なんかみんなよそよそしかったよ」
「重大発表でもあるんじゃないか?」
「だとしたら変でしょ」
「変か?」
「変だよ」
クスクス笑いながら、アストラは立ち上がった。そしてそのまま俺の手を引いて広間に向かった。振り返って見えるアストラの表情が激しく輝いて見えた。




