3作目 悪魔の証明
目を覚ますと真っ白い空間にいた。
目の前には見知らぬ男が鎖にしばりつけられて座っていた。ボロボロの衣類を身にまとい、長い黒髪の隙間から見える目がこちらを見たあと、大声で笑った。
「なんだよ、今度はガキか」
「お前は誰だ?ここはどこで、エースはどこに消えた」
「エース?誰だそいつ、まぁいいや。ここは言うなれば俺様の世界、お前はそこに入っちまったってわけだ」
さっきから何を言ってるのかひとつも理解ができなかった。だというのにこの男の傲岸不遜な態度は言葉に説得力を持たせていた。
これがエースの言っていた力とどんな関係があるんだ?手を握ったり離したりしてみるが感覚は残っている、やや透けてはいるが間違いなく感覚はある。
「エースに力が欲しいと言ったら棒を渡された。それを握ったらここにきたんだ」
「知ってるよ、お前が勇者に姉を殺されたこともお前に関することはぜーんぶ知ってる」
「なぜ知っている…!お前は何者なんだ!!」
「しかも…あぁこれは面白い」
男が再度口角を歪め、枷の着いた腕を上げ指をならす。すると男の後ろには何枚もの半透明の板が出てきてそこには見知った光景が広がっていた。
そしてなにかを知ったような笑みを浮かべた。
俺が転生者であることがバレたのか?
「なんでって、俺様は⬛︎⬛︎だから」
「? なんだ?なんて言ったのか聞こえなかったぞ」
俺様は〜と男がいったその後の単語が聞こえなかった。なにかに阻害されたような、まるで上から絵の具をかけたような、もしくはもっと音そのものを削り取ったような強烈な違和感が残った。
男は頭を少しかいたあと、面倒くさそうに続けた。
「おいガキ、お前勇者殺したいんだろ?」
「あぁそうだ」
「俺様は命令されたくない、まして俺様より強くもないただの泣き虫なクソガキになんて死んでもごめんだね」
「じゃあ俺がお前に勝てばいいのか?」
「生意気言うな、1000年早ぇよ。あーそうだな、いいこと思いついた」
男は上体を起こし、一瞬で俺の前に現れた。頬が叫んばかりの笑顔でその真っ黒な目と口を大きく開いて声を発した。
「お前が死んだらその肉体を寄越せ、それなら力を貸してやる」
「お前が嘘をついてる可能性だってある、どの程度までお前に力があるのか分からない」
そう言った途端俺の腹が唐突に熱くなった。
あのとき腕を吹き飛ばされた時よりも更に鋭く、鈍い痛みが瞬間に湧き出る。声にならない嗚咽を漏らして俺はその場に蹲った。
何が起きたのか分からない、痛みの箇所を探るために手を当てたが触れることが出来なかった。痛みを堪えて腹を見ると穴が空いていた。
「…ぐぁ…いっっ…てぇ…」
「死にはしねぇよ、この力の一端を貸してやるって言ってんだ。悪くねぇ契約だろ」
「…約束…しろ…お…俺が死ぬまで…」
「あぁ、肉体の主導権はお前のままだ。最後に俺様の名前を教えてやるよ」
目を覚ますと俺はあの空間ではなく地下の部屋にいた。どうやらずっと床に倒れていたようで、頬が少し痛かった。慌てて腹を触るが風穴は空いてなかった。
「おかえり、大丈夫だったみたいだね」
「あぁ…エースか…」
「それよりその左腕、どうやら適応できたみたいだね。よかったよかった」
そう言われて慌てて左腕を確認すると斬り飛ばされてなくなったはずの左腕が生えていた。
ただ普通の左腕ではなく、真っ黒い左腕だ。
右手で触ってみるが触られた感覚もあるし、自由に動く。何がなんなのか分からなかった。
「さて、力を手にしたみたいだし君のコードネームを決めよう。何がいいかずっと考えてたんだけど…」
「バルバトス」
「え?」
「俺のコードネームだ」
あの異空間で男が名乗った名前だ。聞き覚えはない、だが不思議とその名前はすとんと心にはまった。
「バルバトス…うん、いいじゃないか。じゃあバルバトス、今日はもうゆっくり休みな。君が寝てた部屋は好きに使っていいから」
「あぁ、そうさせてもらう。ありがとう、エース」
「気にしないで、それじゃあおやすみ」
「あぁ、おやすみ」
俺は地下室をあとにして部屋に戻った。傷跡は痛むが、よく眠れた。
「エース、お前さん少し無茶しすぎじゃぞ」
「いや、いいんだよ。これくらいしか僕にはできることがない」
エースはそう言って自室の椅子に座り込む。
絶え絶えの息でシャツをめくると腹部にはなにか強い衝撃で貫かれたような跡が残っていた。
「バルバトス、だそうだ。新入りのコードネーム」
「…そりゃ結構な事じゃのう」
「なぁラーマ、もし僕に何かあったら…」
「ハッ、そんな話して聞きとうないわ。ワシは寝る、稽古の件は把握した」
ラーマは部屋を後にし、1人になったエースは天井を仰ぎ見た。机の上には書類の山が積まれて降り、壁には複数の武器が立てかけられていた。
バルバトス…か。確か大昔に封印された古の悪魔だったはずだ。今じゃその名前への恐怖は薄れ、古い文献でしか見ないものだ。新入りが名前をバルバトスにしたのは偶然じゃない。
僕たちが戦う相手は悪性の英雄で、ときには人ならざるものに力を借りなければならない。新入り以外にもみんな、だれか取り憑いてる。僕のせいだ。
だからこそみんなには生きて欲しいんだ、命をかけるのは、死ぬのは…
「僕だけでいい」