37作目 矜恃
「さてアストラよ、剣士に必要なものはなんだと思う?」
「強さ?」
「当たらずとも遠からずじゃな、剣士に必要なものは三つの心得とひとつの武器じゃ」
「心得?」
「勇気、献身、自信じゃ」
ラーマは剣を持ち、オレと歩きながら語りかける。
「敵に飛び込む勇気、誰かのために戦う献身、そして自分の能力に対する絶対の自信。これがなければ剣士とは言えない」
「うん、じゃあひとつの武器ってなに?」
「当たり前に剣じゃろ、武器を持って初めて心得が生きる。それがなければ口だけの愚か者よ」
「はは、そりゃそうか」
「そして武器にこだわれ、真に強いものは武器を選ばないと言うがそんなの戯言じゃ。いい武器にはいいなりに理由があるんじゃからな」
「うん、分かった」
目的地に辿り着いたのか、ラーマは足を止める。そこは少し広い空間になっていて、細い木が何本も刺さっていた。
「お主の強みはスピード、これは流れるように型にハメる騎士流と相性がいい。そしてその両方に必要なのは足腰の強さじゃ、お主にはこの棒に乗ってワシと戦ってもらう」
「分かった」
飛び跳ね、木の棒に乗ると少し足元がふらついた。しっかり地面に刺さっている訳ではなく、少し遊びが効いていた。しかしラーマはピタリと止まり、安定感があった。
「まずは徒手格闘、木剣を用いての練習はしばらく後じゃ。まだ"雷帝"は使うな。覚悟はいいな?」
「うん、いつでもいいよ」
ラーマは目の前から飛び、オレに拳を食らわせる。なんとか腕でガードするがふらついた足元のせいで踏み込みが聞かず、そのまま地面に落ちた。
「ほれほれ、早く戻ってこんか。攻撃されたままじゃが、気概がないやつじゃの」
「言ったな〜」
再び棒の上に乗り、今度はオレの方から攻撃を仕掛ける。いつも通り踏み込み、目算では確実に距離を詰められたと思っていたがあまり近づけず、代わりに蹴りを頭に食らう。少し脳が揺れた感覚がしたあと、視界がブレた。
「お主に必要なのは平衡感覚とスピードを最大限生かせる強靭な足腰。いつもの感覚でいったら届かんぞ」
額から垂れる血を腕で拭い、頬を叩いた。グラつく視界はまだ治らないが、痛みで少し目が覚めた。そこから何時間もひたすら殴られ、蹴られ、至る所から血が出た。結局反撃はどれも当たらないままにその日の訓練は終了した。
歩いて帰ろうとすると、真っ直ぐ歩いてるはずなのに何度も木にぶつかりかけた。覚束無い足取りで家に帰ってる最中、見かねたラーマが声をかけてきた。
「分かってると思うが、帰ったら治療してもらえ。能力は使わせるんじゃないぞ」
「うん…分かってる…」
「それで、あの技はどこまで出来るようになった?」
「まだ技としては完成してないけど、もう少し時間があればって感じかな」
「ならそれも完成させることを視野に入れて訓練じゃな」
少し前にバルがアラクネと異能の訓練をしていたころ、オレもラーマと一緒に訓練をしていた。主に剣の使い方と異能の使い方の訓練でシーサーペントと戦った時に閃いたことの実践をひたすらしていた。
家に辿り着き、真っ直ぐカトレアの部屋に向かった。ドアをノックすると返事が返ってきて、中に入った。相変わらず落ち着く匂いが充満していて、椅子に座ってるカトレアはとても様になっていた。
「うわ、随分怪我してるね。すぐ治してあげるから座りな」
「うん。あ、能力は使わないでね。前みたいにこんなことで使ってもらってたらカトレア傷つけちゃうもん」
「気にしなくていいんだけどね、なら普通に治療するから。とりあえず服脱いで」
「うん、分かった」
服を脱ぐと胸元に巻いてる包帯にも血が付いていた。
「あちゃー…ついでにサラシも変えるか」
「うん」
包帯を取り外して机の上に置く。オレの体は最近みるみるうちに女みたいになっていっている。その内バルにも力で敵わなくなるんだろうか。
「もっと成長したら隠せなくなるよ」
「そのときは切り落とすよ」
「絶対ダメだから、隠すのアストラの意思を尊重するけど切り落とすのはダメ。最悪死ぬよ」
「女になったら戦士じゃなくなる、そうなったら死んだ方が」
「それ以上言ったら許さないよ」
包帯を巻きながらカトレアは冷たく言い放った。長い髪のせいで表情は分からなかったが優しい花の匂いが強まった。
「…ごめん、でも絶対バレたくないんだ」
「そりゃもちろん手伝うよ」
そこからは沈黙が流れた、包帯を巻く音や金属のパレットになにかが乗る音だけが部屋の中にした。
オレが女だと知られたら、故郷のときみたいに守られる対象になる。戦わせてだってもらえないかもしれない、アラクネを見たらそんなことは無いと思う自分もいるけどその度にお父さんに言われた言葉がずっと心臓に突き刺さったようにチクリと痛んだ。
「はい終わり、また怪我したらおいで。だけどあんまり無理しないでよ」
「無理だったらラーマが止めるよ、それにこんなとこで止まるんだったらそこまでだってことだよ」
「どんな大怪我でも治すけど、心配だから」
「なら怪我できないね」
「隠すのだけはやめな、それじゃあお大事にね」
「はーい」
部屋から出るとちょうどバルと出会った。オレと同じくらいボロボロでどこも腫れていた。
バルにだけはバレたくないなと思った、彼はお父さんみたいに優しいからきっとオレを守ろうとする。それだけはもう嫌だった。対等でありたいと思うのは、オレのちっぽけな意地と矜恃だ。




