35作目 蜘蛛の巣
座学と魔法の勉強を済ませたあと、俺はアラクネの元にひとりで向かった。いつも訓練に使っている場所は様相がかなり変わり、まるで蜘蛛の巣のように糸が無数に張り巡らされていた。中心にいるアラクネはいつも通り腕を組んで仁王立ちして俺を待っていた。
「異能においてあんたに足りないものってなんだと思う?」
「経験値、才能、柔軟な発想、広い視野」
「わかったわかった、一旦止まって」
「まだまだあるぞ?」
「じゃあ少し質問を変えるわ、あんたの異能の強みは?」
「手数、火力、速度」
「そうね、ならそれを活かすには?」
「思考力、スピード、反射神経」
「オーケー、そこで私はこれを考えたわ」
そう言ってアラクネは糸を指で弾く。すると背後から大きな岩が現れ、彼女の元に向かっていく。しかしぶつかる前に蹴りで破壊され、粉々になる。
「あんたがここに立っている間、私は攻撃し続けるわ。糸に当たらずそれを避け、障害物を破壊して私に攻撃を当てれるようになりなさい」
「なるほど、分かった」
糸を慎重に避け、アラクネと場所を交換する。中に入ると見えやすい糸や目を凝らさなければ見えない糸など様々あり、思っていたより空間は狭い。
「じゃあ始めるわよ、私の攻撃は死にはしないけど死ぬほど痛いわよ」
そう言うと彼女の袖から小石ほどのなにかが物凄い速度で発射される。なんとか身を捩り回避することに成功するが、糸に引っかかり岩が正面に現れる。なんとか左腕を振り、それを破壊する。
しかし次の瞬間、太ももに痛みが走る。それは粘着性の糸の塊であり、当たった箇所は少しだけ動き辛くなった。痛みを堪え、次の攻撃に備える。しかし正面にはアラクネはおらず、今度は背中に痛みが走る。
「避けないとどんどんきつくなるわよ〜」
「くっ…!」
身体をひねり、しゃがみ、飛び跳ね、避けようとも糸にあたり今度は岩がすぐに現れる。
かなり神経を使う、アラクネは常に移動しながら攻撃してくるからまず最初に姿を確認するという行為が必要になる。しかしそうなるの後手後手になり徐々に攻撃を避けれなくなる。
訓練が終わる頃には俺の身体は至る所アザだらけになり、所々赤く腫れていた。結局攻撃に転ずることは出来ず、避けることすらままらなかった。アザだらけの体でなんとか蜘蛛の巣から出ると、アラクネからアドバイスが入る。
「必要なのは予測と反射よ、攻撃の方向を予測し、視認するよりも先に回避行動に移る」
「可能なのか?そんなこと」
「気配を感知するのよ、誰かに見られてるとかそういう些細な勘を見逃さないこと。私が移動してるなら草木は揺れる、風が動く。そういうところから予測を立てなさい」
「分かった」
「考えるよりも先に行動できるようになれば、同時に考えることも出来る。常に思考を止めないこと、これができれば反射で回避行動をとりながら私に攻撃できるわ」
「分かった」
彼女はそういいながら、太い糸を蜘蛛の巣の周囲を囲うように取り付ける。そしてその上から草木を貼り付け、景色に溶け込ませる。
「あんた、アストラと勝負するんでしょ?」
「あぁ、そして勝ちたい」
「当たり前よ、私が教えてるんだもの。負けたら承知しないわ」
かなり難しいが、それ以上にこの訓練を完璧にこなせるようになったときの自分を想像すると更にやる気が溢れた。俺はもっと強くなる、そう確信できた。
「館に戻ったらカトレアに少し診てもらいなさい、くれぐれも異能は使わせないでよ」
「分かっている、こんなことで使わせるわけにはいかない」
「それもそうだけど、戦闘中常にベストコンディションなわけじゃないわ。足は動かないかもしれないし、視界はぼやけてるかもしれない。今のうちに慣れときなさい」
「わかった」
館に戻り、カトレアの部屋に向かうと丁度アストラが出てきたタイミングだった。頭には包帯を巻き、至る所に青いアザが見られた。俺を見ると少し笑った。
「ボロボロじゃん」
「そっちもな」
「調子はどう?」
「きついが楽しいぞ」
「オレも、手合わせする日が待ち遠しいよ」
「だな」
アストラはそう言って階段を降りていった。部屋の扉を数回ノックすると返事が返ってきて扉を開ける。
中に入ると花と薬草、そして酒のような不思議な匂いが充満する部屋だった。椅子が複数あり、机の上には包帯などが散乱していた。棚には薬草のようなものが小分けにして区切られており、壁一面びっしりと埋まっていた。手袋をしたカトレアが俺の方を見ると、呆れたように笑った。
「これはまたひどいね、とりあえず座りな」
「あぁ」
「アラクネも無茶するね、すぐ痛くなくなるから安心しな」
そう言って彼女は人差し指を前に突き出し、能力を使おうとする。慌てて制止の声をかけ、止めてもらう。
「アラクネから言われてるんだ、治してもらうなって。それにカトレアを傷付けたくない」
一瞬きょとんとしたような顔になったあと、口元に手を当てて笑った。
「アストラも同じこと言ってたよ、流石友達だ」
「そうか」
「なら普通に治療するよ、はい少し染みるよ」
そう言ってカトレアは液体を染み込ませた布を俺の傷口に当てる。じわっと広がるような痛みがは知った。
「う…」
「消毒液は初めてだもんね、まぁ毒じゃないから安心しな」
「大きな痛みじゃないが染みるな」
「分かるよ、じゃあ服脱いで」
「分かった」
「想像してたけどやっぱ至る所傷だらけだ、あんま無理しない方がいい」
「続行不可能ならアラクネが止めてくれるさ、それにそこで止まるならその程度だったまでだ」
「またアストラと同じこと言ってる、また染みるよ」
程なくして俺は全部の傷に消毒液とやらを当てられ、包帯や布などを巻かれた。少し痛むし若干動きづらいが支障はない。
「カクエンに氷貰ったら太ももに当てな、腫れが酷いから冷やした方がいい」
「分かった、ありがとう」
「いいよ、またなんかあったらあたしのところに来な」
治療を終え、俺はカトレアの部屋を後にした。




