33作目 遥か彼方
深夜、カラスの鳴き声で目が覚める。全身に酷く汗をかいて、何度も浅く呼吸をした。額の汗を拭い、自分の両手を見る。左腕は相変わらず真っ黒だが、右腕に手枷のような黒い紋様が浮かび上がっていた。
記憶の中にあるのは、奪われたくないという感情となにかは分からない感情。それは蓋をされているようで中を見ることは出来なかったが、確かに強く抱いていたものだった。そして、新たな力のことだ。
"肆王・是狩魔皇帝"というこの力の全容はまだ把握しきれていないが、四人の王の力を操ることが出来るということは分かっていた。
"沈黙"という力もその1つで、弾丸を生成し思いのままに操ることが出来る。どこから発生しているのかは分からないがこの能力の詳細が分かった時に理解する。初めて黒い男と出会った時に腹を貫いた力の正体はこれだった。その他にも3つ、似たように強力な力を使うことができるらしいがまだそこは把握出来ていない。
震える息を整え、途端に喉が渇いた。ゆっくりと部屋の扉を開け、ひんやりとした空気が満ちた廊下を歩き、階段をおりた。床の軋む音が微かに響き、広間に向かう。ゆっくりと開けると、ランタンの小さな明かりの元で、エースが読書をしていた。
「遺物の調子はどうだい?」
本を閉じ、ゆっくりと俺の方を向いてエースは言った。
「アストラから聞いたのか?」
「まぁそんなところだね、お腹は痛む?」
「いや…というかなぜそんなことまで…?」
「カラスってさ、実は物凄く賢いんだよ」
突如そう言って、顔の前に両手を合わせた。拝むような、考えるような仕草だった。
「そうなのか」
「身の安全を第一に考え、常に賢く獲物を狙う。それは時に周りを利用して、より効率的に獲物を喰らう」
「?」
「まぁつまり内緒ってこと、企業秘密」
人差し指を立て、いたずらに彼は笑った。
「それより、錠前の解錠に成功したみたいだね。なにか飲むかい?」
「あ、あぁ…なら水を」
「分かった」
立ち上がり、キッチンに向かっていった。コップを取りだしながら俺のほうを見ずに続ける。
「アストラは君のことを心配していたよ?まぁアストラだけじゃなくてみんなもだけど」
「…すまん」
「怒ってるわけじゃないさ、君には君なりの事情や考えがあって無理をしているんだろうね。ただ、力だけあってもなにもできないよ」
俺の前にコップを差し出し、正面に座って彼は続けた。
「力を求めて進み続けて、ふと振り返っても誰もいないのは寂しいものだよ」
「そうだな」
「ミキちゃんやミケくんは無事だよ、ミクって女の子だけは少し行方知らずだけどそれでも君は2人を助けた」
「そう…だな…アストラから聞いた」
「墓標が動いてるのをバレてはいけないと思ってくれるのは嬉しいけど、それ以上に誰かを助けたことが僕はもっと嬉しいんだ」
机の上に肘を立て、頬杖を付いて彼はさらに笑った。
「怒りがあっただろう、思考も張り巡らせたろう、それでも君は勝てない相手に立ち向かった。蛮勇と切り捨てるのは簡単だけど、そうしたくない」
「すまん…」
「謝らないで、戦わなきゃいけないときもあるだろうしね。まぁつまりさ」
エースはそのまま続けた。
朝日が昇り、エースの輪郭を明確にした。
「君が仲間になってくれて良かったよ、それは力も打算も抜きの完璧な本心さ」
「あぁ、俺もここにいれて良かった」
「僕たちは皆、大切なものを失っている。だから失うことの痛みが誰よりも分かるんだ。だから僕たちは戦うんだ、誰にも失わせないために、これ以上失わないために」
再び心臓が跳ね上がる感覚がした、それはあの時感じた怒りによる心臓の破裂ではなく、心が打ち震えたからだ。アストラに褒められ、エースに奮い立たされ、何も感じないほど俺は死んでない。
ただこの力を、復讐だけではなく仲間のために使いたい。それくらいはきっと姉さんも黒い男と許してくれる。
姉さんに会わせてやりたかった、俺には素晴らしい仲間がいて、大切な人たちができたということを誰よりも姉さんに伝えたかった。
決意は漲り、目標は遥か彼方。
仲間は俺がそこに到達するのを待ってくれているし、進むべき閃光の道標は弾けて光っている。




