31作目 特別
そこから俺たちは詰め込まれた一日を何ヶ月も過ごした。朝起きたら歴史学を学び、次に魔法の特訓、座学と実践をみっちりとこなし、俺は九行目の会得、アストラは八行目の会得に成功した。行数は数が少ないほど会得が難しい、単純に必要魔力量が多いのもそうだが発現と操作の二つ工程を挟まなければいけないのが難しかった。右手と左手で別々のことを常にしなければならないのと感覚は近く、これが俺にはとことん向いていなかった。それに加えて、魔力がないのが足を引っ張った。一日に借りれる魔力は限度があるし、カトレアの負担も増していった。
剣術に関しては本当に才能がなかった、一度手本で見せてもらったラーマの突きは木を真ん中から穿ち、へし折った。俺は未だにその領域に達していないどころか、小さな穴を開けることで精一杯だった。アストラは日を追う事に強くなっていった。元より才能があったことに加え、鍛錬の密度が俺の比ではなかった。
鍛錬を重ね、無邪気に剣を振るう彼は強く美しかった。洗練された剣術というのは舞踏に近しいとラーマは言っていたがなるほど、その通りだった。彼が舞うように剣を意のままに操り、巧みに戦う傍で俺はまだ木すら折れなかった。心は折れなかったし、信念もあったがただひたすらに才能の差を実感した。自主練として、みんなが眠ったあともひたすらに剣を振るい、異能を引き出した。それでも、距離は離れていった。
異能に関しては、錠前すら見つからなかった。どれだけ銃を放ち、マトを射抜こうと射撃の腕前だけが向上していった。幸い俺にはこっちの方で才能はあったが、如何せん火力が足りない。二度、人に向かって放った、一度はラーマに。二度目はアレンに撃った。だが達人のさらにその向こう側にいる彼らに俺の異能は傷をつけることが出来なかった。
黒い男は一切夢に出てこなくなった、それはそれで清々するが新たに力を得れればと何度も思った。このままでは姉さんの仇を討てない、と焦りが出た。
そこから、また数ヶ月と経った。当たり前といえばそうだが、勇者の動きは全くなかった。王国は表では動きはなく、俺たちの任務は更新されなかった。少し肌寒くなってきた、冷たい風が布の隙間を通り抜け、引き金を引く指が少し重たくなっていった。座学は粗方詰め終え、簡単な算術も覚え、他の時間が増えていった。なんとか魔法は八行目まで習得し、ギリギリ合格ラインに経った、これで使える魔法が灯火、火球、火壁まで増えた。どれも実戦で使えたものではないがそれでも出来ることが増えたことは素直に嬉しかった。魔力を受け取らなければ発動できない陳腐な魔法だが。
剣術は、なんとか木に穴を開けることに成功した。だが型を覚えるレベルではないらしく、ラーマ曰くよつやくスタートラインに立ったとのことだった。他人と比較するのをやめ、自分のことにのみに集中するよう何度も意識した。焦らず、ゆっくりと切っ先を研ぎ澄ませただひたすらに何度も突いた。
異能は、依然として進歩がなかった。
「バル、最近大丈夫?」
二人で若干寒くなっている夜道を歩き、館に戻っている最中アストラが俺に問いかけた。久しぶりに出した俺の声は少ししゃがれていた。曖昧な返事を返し、ただ歩いた。
「最近寝てないでしょ?みんな心配してるよ」
気付かれていたことはなんとなく察しが着いていた。ただ、知っているなら放っておいてほしかった。詠唱をすればするほど、剣を振れば振るほど、引き金に指をかければかけるほど、勇者を殺せないということが実感させられる。ただ脳裏に焼き付いている姉さんの悲鳴と、あの光景が俺を動かす原動力だった。近付けば近付くほど遠くなっていく距離は俺を蝕んだ。
俺に才能がないことはとっくのとうに気がついていたし、それでもただ憎悪でひたすらに特訓に励んだ。その度に勇者と戦い足を引っ張る自分の姿が思い浮かぶ。そんなことは許せない、仲間の足を引っ張り、蹲るだけの存在にはなりたくない。姉さんの笑顔を奪った勇者をただ許せない。
そしてなにより、情けない。
無言の間が俺たちの間に流れたあと、弾ける音が聞こえた。いつの間にか俺の目の前に現れ、両手で俺の頬を掴み、アストラは額を合わせた。
「クマ…すごいよ?」
剣ダコによってざらついた手が少し冷えていた。彼の心配した瞳には酷い顔の俺が映っていた。
「休んだ方がいいよ、無理したって良くないよ」
「分かってる…だが頑張らないと駄目なんだ…俺には才能がない、ないなら量をこなすしかない」
「そんなことないよ、バルはすごいんだから」
「それこそそんなこと…」
「あるよ、最近ずっと訓練ばっかりだったから聞いてないと思うけど…レント北部都市でバルの話が出てたんだよ」
「俺の…?」
それなら失態だ、俺は墓標の情報を…
「獣人の女の子…ミキっていうらしいんだけど、その子が黒髪の少年…バルに助けられたからって探してるらしいんだ。そのミキって子は今平民の中で特に発言力を持ってて、貴族も迂闊に手を出せない」
「それのなにが…墓標のことがバレたら俺はまた迷惑をかける」
「みんな誇らしいって言ってたよ、オレもそう思う」
「誇らしい…?」
アストラは手を離し、夜空の下で大きく手を広げた。
「誰かを助けることは、誰かを殺すことよりも難しいんだよ。そしてその行為は、戦士としての誇りだ」
「戦士?俺が?」
嘲笑気味に俺は笑う。誰よりも弱く、誰よりも遅く、誰よりも守れないこの俺という存在は戦士とは対極にいる。そんな俺の笑みを一蹴し、彼は笑って続けた。
「そう、オレの故郷ではバルみたいな人のことを戦士というんだ」
「そう…か…」
「守るために戦い、そして抗う。それは誰にでもできることじゃないから」
そう誇らしげに笑う彼の発言は妙に心を落ち着かせた。俺は、未だに自分を肯定できない。
ただ、彼の発言を誰にも否定されたくなかった。彼と、仲間の信頼を失いたくなかった。
錆び付いた錠前が、見つかったような気がした。




