29作目 歴史学と魔法学
次の日、エースの座学からはじまった。
眼鏡をかけ、広間にいつの間にか設置されていた黒板にチョークで書き込んでいく。
最初に歴史学から始まっていった。創世神ミストレアが混沌の泥を固めて大地を作り、自らの血液を以て海を作った。故に海は生命の源であり、魔物以外の生物はそこから生まれたのだという。創世神の息吹によって世界に空気と魔力が満ち、それらを用いる我々人類が最も繁栄したのだとか。
自らの姿を模倣した人類が繁栄したころ、創世神は満足し世界の管理をやめた。そのころ"原初の罪人"が獣と子を混じえ、そこから獣人が生まれた。故に被差別対象であったが、魔王に抗った4人の王のうち1人が獣人であったことから徐々に差別は消えていった。
「ん?魔王っていうのはつまりなんなんだ?」
「御伽噺では神に抗った人間らしいけど、実際のところどうなんだろうね」
「魔王っていうのは人類の特異点、忌み嫌うべき最大の汚点と言われてるね」
そこからエースは魔王について語り始めた。
創世神が混沌の泥を手繰り寄せ、自らの血を流して生み出したこの世界で唯一、神の模倣に成功したのが人類という種族だが、その中で最も重い罪である親殺しを成した存在が魔王だという。人間全体が神を親として信仰していた頃、今は亡き巨大な王国の王子であったゼイス・クラストが親である当時の王を殺し、自らを魔王と呼称したことが始まりだった。
圧倒的な魔力と尽きることの無い寿命を持った魔王と、殺人を一切意に介さない無慈悲な軍勢を引き連れ、永久の時間頂点に君臨し続けた。それに伴い世界の国は分裂と合併を繰り返し、その中で4人の偉大なる王と、人類の中で最も勇ましい者が結託し魔王を討ち滅ぼした。しかし魔王と勇者の膨大な魔力は何年経とうとも尽きず、死体は永久に朽ちることはなかった。その魔力から魔物と呼ばれる異形の生命体が生まれるようになった。共通の暦を何度も変更し、現在の魔攻暦に至る。
「これが、ざっくりとした歴史だね」
「へぇ〜、勉強になるねぇ」
「あぁ、学ぶのは楽しいな」
机の上で頬付きしながら彼女はこちらを向いた。
「そういえばバルはなんで文字が読めるの?」
「姉が教えてくれたんだ、そういうアストラこそよく文字が読めるな」
「戦士に憧れてたからね、文字が読めないとなんもできないでしょ?」
「まぁそういうものか」
「まぁ雑談もそこまでにして、次はカトレア先生が魔法を教えてくれるから外に移動してね」
そう言ってエースは手を叩いて俺たちを外に誘導する。館の前の庭ではカトレアが白衣のポケットに手を入れながら煙草を吸って待っていた。
「魔法の講座、と言っても基礎的なものしか教えないからね。サクサク行こう」
カトレアの説明を要約するとこうだった。
神の息吹によって魔力が満ち、呼吸によってその身体はあらゆる生命に満ち始めた。やがてそれは人間にとって剣に次ぐ最大の発明となり、武器となった。
魔法は各種属性ごとに段落があるもので、火水風土の基本四大属性を人間は扱うらしい。そしてその段落事に10行の項目があり、数字が小さくなるほど強大かつ緻密な魔力操作を必要とする。そして1行目まで行使できるようになり、段落全てを納め魔法ではなく術理として完璧に扱うことが最終目標らしい。
「といっても、魔法を魔術まで高めれた人は数える程しかいないけど。あたしが使えるのは火属性のみだ、例えばそうだな…火ノ段 十行目 灯火」
そう言って彼女は人差し指を立て、詠唱を唱えると人差し指の先に小さな火が灯る。新しく咥えた煙草の先に火を近づけ、僅かに揺らめいた後に消えてなくなる。
「まずはあなたたちの適正を調べましょうか」
そう言って彼女は各種十行目を唱えるよう促す。
適性のある属性のときのみ、魔法は発現するらしい。現に彼女が伝えた十行目は灯火以外発現しなかった。アストラが意気揚々と唱え、風属性である微風を放つことに成功する。無邪気にその場を飛び跳ね、魔法を使うことが出来たことに歓喜していた。
「カトレア、俺には魔力がないらしいんだがどうしたらいいだろうか」
「魔力がない?そんなことは有り得ないと思うけど、とりあえず試しに詠唱してみな」
俺が灯火、流水、砂礫、微風と全属性の十行目を唱えるがどれも発現しない。初めての出来事にカトレアは少し困惑しているようだった。
「魔力がないっていうのはいつ知ったの?」
「遺物の中にいた黒い男が教えてくれた、どうやら本当にないらしい」
「うーん…しょうがない、あんまりしたくないんだけど外部から魔力を無理やり入れてみようか」
そう言って彼女は俺の額に人差し指を当てる。徐々に熱が指から俺の額に移動していき、それは俺の体の中で循環し始める。少しだけ知っている体の中に熱がぐるぐる回り始める感覚、これが魔力というものかと知覚する。
「ちなみにこれ、裏技だからあんまり多用しないこと」
「多用するとどうなる?」
「許容範囲を超えた魔力のせいで体が内側から爆発するか、魂が壊れて自我が消える」
「こっっわ!」
「分かった、気をつけよう」
「それと、バルバトスは魔力型があたしと同じだからいいけど違う人に魔力を与えると同じようにぶっ壊れるから気をつけてね」
「魔力型っていうのはなんだ?」
「竜、虎、天、魔の4種類ある魔力の固有系統かな、まぁ属性みたいなもんだ。あたしは火属性の魔型、アストラは風属性の竜型だな。珍しいんだ、竜型は」
「へへん、特別だからなオレは」
「ほら、魔力あるだろ?唱えてみろ」
そして俺が魔法を唱えると、どうやら俺にも火属性の適性があったようだ。体を巡る熱が一部消失し、指の先から小さな火が灯る。
「あたしと同じだな、まぁ火属性は最も数が多い」
「そうか」
「まぁ2人とも適正が分かったみたいだし、あとはひたすら使ってとにかく慣れるしかない」
「大体どのくらいだ?」
「魔力を使うと脱力感が少し出るだろ、指が震えるくらいまでだ。それ以上使うと魔力欠乏症になるからとりあえずそこまでやってもらう、魔法学園の試験合格ラインは八行目だからそこを目標にな」
そこから俺たちはひたすら灯火と微風の魔法を唱え続けた。借り物の魔力だが、初めて使う魔法に少し心が踊った。




