22作目 "彼"との出会い
少しだけ過去に遡ります。
初めて彼が家に来た時のことを覚えてる。いつもより少し雰囲気がピリッとしていて、なんだかムズ痒いような感覚が家の中を覆っていた。近くの村でドラゴンが出たって騒いでたのをエースが確認した。すぐにカクエンと広間に貼られている掲示板の地図にペンを走らせて情報を書き加えて、ラーマはすぐに走り出した。勇者がよく使う方便だ、ドラゴンが出たと決まって好き放題したあとにそう言う。だから嫌いだった、ドラゴンはもっと賢いのに、無闇矢鱈に人里を襲ったりなんてしない。全ての責任をドラゴンに押し付けて勇者は暴れる。
カトレアは部屋に篭って出てこなくなった、生存者なんていたことがないのにドラゴンが出ると医術?というものを駆使するために準備を始める。オレはなにをしたらいいか分からなかったからひとまず部屋で寝ていた。全部気怠くって、やる気が起きなかった。張り合いのある相手は任務でいないし、ただ内側にある戦闘意欲みたいなものを燻らせていた。エースにはあしらわれて、ラーマは忙しそうにしていたから。
騒がしい音がしてオレは目を覚ました、階段を降りると広間ではエースとラーマが話していた。
「…あの小童、目が死んでいた」
「そう…なら知り合いの孤児院にでも預けるよ」
「いや待て、まだ話は終わっておらん。目は死んでた、それは間違いないんじゃがワシを見かけた瞬間すぐに攻撃しおった」
「それは中々だね、もし生きているなら仲間に加えてもいいかもね」
ソファに座っているラーマが震える腕を無理やり抑え、エースは珍しく思い詰めた顔をしていた。拳を握りしめて、立ち尽くしてラーマを見下ろすエースの背中は仄暗い怒りと無力感を感じさせた。
普段は何があっても笑っている2人の久々に見る真剣な表情が何かとんでもないことが起こってるんじゃないかと少し焦った。
それにここあの2人がいないってことは、きっとカトレアの部屋にいるはずだ。踵を返して階段を駆け上がる。焦りすぎて、2人の大事な会話を見逃していることなんて気付かずに。
「カカカ…今思い出しても震えるわい。あの小童の攻撃にワシが本気で反撃しちまうとは…」
「…尚更死なせる訳にはいかないね」
階段を上り、カトレアの部屋の前に立つと怒号が部屋の中に響いた。
「重度のやけどだ、それに出血しすぎだ…血が足りない!!それにこの子の左腕はなんで止血されているんだ!?焼灼止血でもない…こんなのあたしの知識にない…!!カクエン!包帯足りない!!!」
「分かってます!!姐さん…まだ能力は使わないで下さい!反動でどっちも死にますよ!!!」
「分かってる!分かってるさ!!!でも、絶対に死なせない!!!そのためにあたしは生きている!!」
「分かってますよ!!!この子は死なせちゃダメだ!!!姐さん包帯です!!」
中から初めて聞くカトレアとカクエンの絶叫にも似た怒号と金属音が響いていた。扉越しでも伝わる極度の緊張に足が竦み、立ち尽くしていた。どれくらいそうしていたかは分からなかったが、カトレアの痛みを堪える声で我に返った。
「ああああぁあああああああああ!!!!!」
「姐さん!気をしっかり持ってくれ!!すまねぇ…すまねぇ!!!」
凄まじい魔力の奔流と暴れ回るのを無理やり抑えているような音、そしてなによりいつも優しいカトレアの初めて聞く声に恐怖し、部屋に戻って鍵を閉めた。不安なときにいつも握りしめる形見を持ってベッドの中に潜り込んだ。悪い夢なら直ぐに覚めて欲しいと何度も願った。オレが当たり前のように享受していた日常が再び壊れてしまうのではないかと思った。
夜が明け、結局一睡も出来ずにふらふらのまま形見を持って広間に向かった。カクエンは掲示板の前をうろうろして落ち着かないように行ったり来たりを繰り返していた。普段滅多に持ち出さないのにわざわざ大槌を自分の近くに立てかけて。
カトレアはあれだけ声を出すほどの痛みを味わったはずなのに何事も無かったかのように椅子に座って料理が運ばれてくるのを待っていた。
…いや、よく見ると腕が震えているし煙草の灰も落とせずにカクエンにやってもらっていた。左腕はずっとポケットに入れたままで目の下にはクマがあった。オレに気がつくとゆっくりと目尻を動かして、笑顔になって挨拶する。
「アストラ、昨日はずっと寝てたの?」
「え…う、うん。なんかあったの?」
「姐さん、あんま無理しないで下さいね。俺が説明するんで…昨日、俺らのところに傷だらけの少年が来た。一昨日話したドラゴンが出た村の子だ、なんとか傷は姐さんが治してくれたから生きてるはずだがなずっとうなされてて起きる気配がねぇ」
空返事を返して、ソファに向かうとカトレアがオレの方を見て唇だけ動かして「う、そ」と言って悪戯な笑みを浮かべた。カトレアとエースには隠しごとはできないのを思い出し、同時に安心する。
昨日あんなことがあったけど、それでもカトレアは変わらずカトレアだ。程なくしてラーマが入ってくる、いつも通り大斧を背負って、白い髭を手で触りながらオレたちに挨拶する。
「おそらくあの小僧がワシらの仲間になる、先程目が覚めた。やる気は充分のようじゃったぞ」
そのことを聞くとカトレアとカクエンは大きく息を漏らし、緊張の糸が解れたような顔つきになる。カクエンは何度も腕を振りガッツポーズをしていたしカトレアも柄にもなく拳を握りしめて喜んでいた。
オレはせめて舐められないように、振る舞おうと決意した。やがて階段を下りる音がして、エースと黒髪の少年が入ってくる。見た目は包帯が何重にも巻かれていて、なにより左腕がなかった。絶望と殺意を閉じ込めたような真っ暗な光のない眼でオレたちをじっと観察していた。
それがオレと彼…バルバトスとの出会いだった。




