21作目 秋が香るは夢現
アラクネから何度も受ける罵詈雑言に心が耐えきれなくなってきた頃、俺達は館に辿り着いた。昨日から周囲ではカラスが鳴き始め、なんとなく近いのだろうなと思っていたが案の定すぐに着くことが出来た。坂を登り、目の前ではメンバーの全員が玄関の前で待っていた。隣にいたアラクネが一目散にエースの元に走り出し、ハグをする。
「ひっっさしぶりね!エースっ!」
「相変わらず元気だね、お疲れ様」
「えぇ本当に疲れたわ!カラスで見てくれてたでしょ!?」
「分かってると思うけど声は聞こえないんだよ、詳しく教えてくれるかな?」
「えぇ良いわよ!バルバトスったら本当に」
そう言ってエースの手を引いて館の中に向かっていく。振り返りざまに俺とラーマの方に手を振って「おかえり」と言ったあと引っ張られて中に入っていった。げっそりした顔をしたアストラが前傾姿勢になるとパリッという弾ける音が聞こえたあと俺の腹に拳を当てに来る。左の掌でそれを受け止めると笑顔になり、俺の前に拳を突き出す。
「おかえり、バル」
「あぁ、ただいま」
「浮かない顔してるね、なんかあった?」
「まぁ…色々な」
「そっか、なら任務の話を聞かせてよ」
拳を合わせて少し話し、ラーマにも挨拶を交わしたあと少しニヤッとしてアストラは俺の手を引いた。カクエンとカトレアの間を通り抜けたときに、カトレアが話しかけてくる。
「おかえり、怪我はない?」
「色々あったがひとまず大丈夫だ、ただいま」
俺の頭を撫でたあと、ラーマの方に向かっていった。表情は見えなかったが心無しか喜んでいるようなほっとしている様な感じがした。花の香りが通り抜けたあと、カクエンも口を開く。
「おかえり、何が食いたい?」
「ただいま、カクエンの作るものならなんでもいい」
「そうか、ならとびきり美味いのを用意してやる」
扉を開け、久しぶりに館に戻ってきたことを実感する。ただいま、という挨拶も久しぶりにしたが充足感が俺の心を満たしていた。広間にそのまま向かい、扉を開けるとエースがアラクネに膝枕をしていた。俺たちを見掛けるとエースは困ったように笑い、人差し指を口元に当てた。よく見てみるとアラクネは寝ているようだった。
「ごめんね、疲れてるみたいなんだ。ずっと気を張っていたみたいだからね」
「そうか、なら俺のせいだ」
「話はちょっと聞いたよ、大変だったね。無事に帰ってきてよかった」
「俺が未熟だった、どんな罰でも受ける」
「罰なんてそんな…とりあえず込み入った話はまたあとにしよう。アラクネが起きちゃうから」
穏やかな声で、アラクネの頭を撫でながらエースは言った。ならひとまず部屋に戻るかと思い、広間を後にして階段を上る。そういえばずっと手を繋いだままなことに気がつき、手を離す。
「お?」
「あ?」
ビックリしたように声を漏らし、アストラは再び手を繋ぐ。しかもさっきより強く。階段の中腹で止まり、アストラの方を振り返る。
「なんでもう1回繋いだ?」
「え?あぁ〜、なんでだろ。あはは」
「あぁ、そういえば任務のことを話してなかったな。さっきの見たせいで少し飛んでた、部屋くるか?」
「ん〜、いやあとでいいや」
そう言ってアストラはあっという間に階段を駆け上がり、自分の部屋に戻って行った。久しぶりに会ったから変なテンションになったのか?不思議なやつだ。
若干の戸惑いを残しつつ、俺は数日ぶりに部屋に戻る。コートとジャケットを椅子にかけ、ネクタイを緩めてベッドに倒れた。
たった数日だったが濃密な時間だった。課題は山ほど浮かび上がり、思い出すほど俺は無力だった。ラーマとアレンとかいう騎士の戦闘に参加できず、動きを見ることすら不可能だった。
感情に振り回されて潜入任務を危うく無に帰すところだった、そういえばミケたちはどうなっただろうか。あれほどの騒ぎがあれば市民たちも気付くだろうから現状維持なんてことは無いと思うが…ミクという獣人についても結局分からずじまいだった。
異能についても、分からないことが多い。あそこまで実力差があると歯が立たないし銃の出し入れも能動的に行えない。使いこなせない力は身を滅ぼすかもしれない。肉体の鍛錬も足りない。
アレンという人物についても気になることが多い、ラーマの弟子だったということは俺の兄弟子に当たる。それにエースを見てより強く思ったが余りにも2人は似すぎている。掟の第五項、過去を尋ねてはいけないというものがあるから詳しいことは聞けないが、いずれ教えてくれるだろうか…
考え事をしていると次第に目蓋は重くなり、深い意識の底へと沈んでいく。帰ってきた安心感からか、久しぶりに夢を見た。姉というものに久しぶりに触れたから見れた幸せな夢だった。
まだ勇者に壊される前の穏やかで、泡沫のような儚い日々だった思い出だ。
俺がいた村では小麦を育てていた、秋になると一面黄金の風景が広がって赤く染まった山の景色と黄金畑が美しくて、時間も忘れて眺めていた。体を動かすのは嫌いじゃなかったし、たまに手伝いもしたが太陽のような笑顔で収穫の手伝いをする姉を見るのが何より好きだった。黄金の景色の中に溶け込む漆黒の髪が小麦と一緒に風に靡いて、土と作物の匂いが鼻の奥に突き抜ける。
丘の上に座ってその光景をずっと見ていた、村に俺たち以外に子供は少なかったし、いたとしても友達ができる気はしなかったから本当にずっと見ていた。時折姉が振り返っては手に持った小麦を見せながら大きく手を振るのだった。
たまに雨が降ると姉と一緒に家の中で外の景色を見ていた、姉さんは雨が嫌いだった。両親が帰ってこなくなった日も雨だったから。そういうときは決まって身体を寄せ合って、くだらない話をする。
俺は雨が好きだった、両親がいなくなってしまったときの天気でもあるけど雨の日に作ってくれるシチューが好きだった。甘くて優しい、特別なシチューは俺の誕生日か、寂しくなった雨の日にしか作らない。
夢の中では姉は生きているかのように動いて何度も俺の名前を呼んで笑っている。夢だからか名前は聞き取れないけど、何度も何度も呼んでくれた。
しかし夢には終わりが来る、幸せというのは秋の風のようにぬるくて、少し冷たく俺の中を通り抜ける。起き上がって現実と直面して悲しいと思わないわけではない、けれどそれでも景色は変わるけれど俺には帰る場所がある。頬を伝う一筋の涙は、すぐに止んだ。窓の外を見るとオレンジ色に染まっていて、紅葉にも見える木の葉が踊るように舞っていた。
扉が開く音がして、俺を呼ぶ声がする。




