19作目 騎士
やることは単純だ、姿を見られず全員気絶させればいい。掟の第四項善良な市民を傷つけてはならない、には違反しない。こいつらは違法な娼館だということを知っている上で女を傷つけた。アホ面を引っさげて蟻みたいに出てくる下衆な男どもに視認される前に背後に回る。必要なのは手拭いほどの布と、僅かな怒りだ。一瞬で正面にいる男の首を絞めあげ、次に左右に周り気絶させる。呻き声が微かに漏れるがそんなもの遠くにいる人間には聞こえない。
男どもを気絶させたあと、速やかに撤退するために階段まで走る。周囲から足音はひとつしか聞こえない、それも階段に向かってきている。おそらくラーマだろう。やや曲がっている通路を進み、階段に辿り着くとラーマではない男が剣を携えて座っていた。
見たことの無い男だ、こちらに気づいていないしラーマのような強者の圧も感じない。気絶させてとっとと逃げよう。壁を蹴り、背後に回って首に手を伸ばす。確実に取ったと思った次の瞬間、俺は吹き飛ばされていた。壁にぶつかり、腹がずきずきと傷んだ。肺に溜まっていた空気が一瞬にして吐き出され、階段で蹲る。
男の方を見るといつのまにか立ち上がっており、ポケットに手を入れたまま俺を見た。先程まで感じていなかったプレッシャーが急速に膨れ上がり、俺を見下ろす男の目はじっと俺を見ていた。
「…子供か」
「が…は…だったらなんだ」
落ち着いて息を整え、男の声に返事を返す。
周囲からは複数の足音が聞こえ、音の発生場所であるこの階段に集まってくる。ため息をついて男は心底面倒くさそうに俺を見たあと、胸ぐらを掴んだ。身体の自由が利かない状態で宙にぶら下がり、どれほど抵抗してもビクともしなかった。
「場所を変えよう」
そう一言言うと男は俺を引きずって階段を登り始める。周りに集まってくる人だかりに曖昧な返事を返し、裏口から外に出た。俺を放り投げて男はホコリを落とすように手をはたいた。
白髪が月光を反射し、その隙間から見える目は冷徹だったがその顔立ちはどことなくエースに似ていた。周囲を確認しても他の人がいる様子はなく、ラーマやアラクネも見つからない。どうやら上手く撤退したようだ。なら俺のすべきことは情報を落とさず入手し、あわよくば生還すること。目の前にいる男はあの時感じた勇者と同じかそれ以上の圧だ、足の1本や腕の1本は覚悟しなくてはならない。
「逢魔時はお前らの時間だろう、騎士である俺が警戒しないはずがない」
「な…どこでそれを知った…?」
逢魔時が仕事の時間なのは"墓標"である俺たちしか知らないはずだ。なぜそんなことを騎士と名乗るこの男は知っている?
再び男はポケットに手を入れ、答える。
「そんなことはどうでもいい、お前にかける時間が惜しいからな。手早く行こう」
男はそう言って目の前から消え去り、俺の背中を蹴り飛ばす。鈍い痛みが走り、俺の体は塀を突き破って建物の壁に激突して止まる。
速すぎて見えない、蹴りの一撃がとにかく重い。
「お前も勇者になにかされた口だろ、目見りゃわかる」
「ならなんで邪魔をする…勇者はクズだ…お前は知らないだろうがな…」
「知ってる。知った上で俺は勇者を守る」
俺の髪をつかみ、頭を持ち上げて男はいった。
月を背に、信念を持ったような目で俺を見る。
「遺物なんか触りやがって…死にたいのか?」
この男は先程から俺や俺達のことを全て知っているかのように話す。生還は無理そうだ、ならできる限り時間を稼ぐ、ラーマやアラクネが俺達の家に戻れるように。
スーツの内ポケットに入っている銃を取り出し、引き金を引こうと指をかけた瞬間男は俺を上空に蹴り飛ばし、心底面倒くさそうに男は言った。
「よりによって一番手を出してはいけない遺物に触れやがったな」
次の瞬間男も上空に飛び上がり、俺の襟を掴んで一瞬で森の中に移動する。樹木に俺を投げ飛ばし、胸ポケットから懐中時計を取り出して言った。
「残り5分か…仕方ない、手早く行こう」
俺の前に現れ、膝蹴りを入れる。一瞬浮いた俺の身体をすかさず掴み、俺の頭に頭突きをする。一瞬ふらつき意識が遠のくが次にくる鈍い痛みで気絶せずに済む。何度も何度も打撃を喰らい、男は俺を地面に叩きつける。
痛みの中で、俺は時間を数えていた。残り5分、とあの男は言っていた。なにかは分からないがこの男にはタイムリミットがある。そこまで耐えれば俺の勝ちだ。
立ち上がり、男に向かって銃を2発撃つ。とてつもない衝撃音が鳴り、弾は男に向かって飛来していき命中する。オーガの頭を吹き飛ばした銃だ、あの男も当たればただでは済まないはずだ。耳鳴りが止み、男の元に舞っていた土煙が晴れる。
「嘘だろ…」
咳払いを数度した後、邪魔くさそうに服に着いたホコリを払った。遺物の…黒い男の力だぞ…
「少し痛いが、その程度か?なら次はこっちの番だな」
男は凄まじい速度で俺の前から消え去り、次に俺の前に現れる瞬間にラーマが間に割って入る。男の蹴りを斧の腹で受け止め、俺に大声で叫んだ。
「でかい音で目が覚めたわい!騎士を相手にするとは大物になったもんじゃのう!」
「…師範か、久しぶりだな」
「おうおう、誰かと思えばアレンか。久しぶりじゃな、弟弟子をあんまりいじめるもんじゃないぞ」
アレンと呼ばれた男は少し驚いたようにラーマを見た。口ぶりから察するにラーマとは知り合いのようだった。アレンを突き飛ばし、ラーマは大斧を構える。
「…久しぶりの稽古をつけてやろう」
「チッ、厄介なことになってきたな」
男は懐中時計を再び取り出して残り時間が少ないことを確認する。俺が数えた時間が間違ってなければあと3分で時間になる。
3分後になにがあるのかは分からないが、そこまで耐えればきっとなにかがある。息を整えて銃を構え、ラーマの隣に立つ。
「すまん、助かった」
「気にするもんじゃないわい、だが後で潜入の意味を頭に叩き込んじゃるからな」




