17作目 怒りと憎悪を握り締めて
真っ暗な裏路地を通り、教会を見下ろす。
別に警備兵がいるわけでもなく、中に明かりはついていない。ただなんとなく不穏な気配がするのは確かだ、うなじ辺りがゾワゾワと毛羽立つような感覚だ。教会には2つの入口があり、正面と裏口だ。どちらも夜は鍵が閉められ、入ることは出来ない。大きな音を立てればだれか来るだろうし、ましてや娼館があるともなればセキュリティは厳重だろう。
裏口の扉の前に立ち、ラーマが仕事をこなすのを待つ。懐から取り出したのは2本の細い針金だ、それを用いて開くのを試みる。しばらくすると小気味いい金属音が鳴り、ラーマはゆっくりと扉を開ける。
「…すごいな」
「こんなもん"墓標"なら全員できる、それよりここからは手早く行くぞ」
ラーマはそう言ってゆっくりと中に入る。
中はどうやら倉庫のようで、たくさんの書物や物が所狭しと置かれておりややかび臭かった。正面にはもう1枚扉があり、近づくとラーマが静止した。
二本指を指し、左右に1人ずつ警備兵がいることを示すジェスチャーをした。どうやら俺が左、ラーマが右をやるそうだ。ゆっくりとドアノブに手をかけ、一瞬で開けた後に2人で飛び出す。
俺たちに驚いて椅子から立ち上がり、声を上げようとして腰に指していた剣を抜こうとする前に口を手に当て、左手で首を絞める。最初は抵抗していたが徐々に顔が赤くなっていき、やがて白目を向いて力を失ったように気絶した。振り返るとラーマはすでに椅子に座らせていた、俺も同じように椅子に座らせて被っていた帽子を深くし、目線を悟らせないようにした。倉庫の外は通路のようでかなり薄暗く奥の扉から話し声が聞こえた。
「…それで、あの獣人の女今日は空いてるか?」
「えぇ!もちろんでございます、ゾルダン子爵殿。ささ、どうぞお楽しみください」
そう聞こえたあとに扉が開く音がし、俺とラーマは慌てず倉庫の中に入り扉を閉めた。足音が響いた後、それはやがて右側に消えていき、やがて足音はしなくなった。僅かにその場で待ったあと、一切の音がしないのを確認してラーマは扉を開けた。
通路の右側には暗闇のせいでよく見えなかったが階段があり、それは下に続いて行った。ゆっくりと階段を下り、慎重に歩くと通路が二手に別れていた。ラーマは俺の耳元で囁き、指示を出す。
「ワシが右、お主が左。探索を終えたら隠れ家で合流じゃ」
俺は頷き、そこで二手に別れた。
中は上の通路に比べて少しだが足元が照らされており、地下空間の広さを再確認させられた。通路を歩くと次第に左右に扉がいくつも見えてくる。上下に隙間があり、薄らとだが桃色の光が漏れていた。人通りはなく、左右の部屋から微かに息遣いと水音が聞こえるくらいでそれ以外は静かだ。おそらく俺の方は娼婦のいる部屋で帳簿はないだろう、だが一応全ての部屋を見なければならない。
通路の奥まで行き、部屋数を確認する。左右合わせて小さな部屋が10ほどで、事務室のようなものは見当たらない。どうやら全て帳簿とは関係の無い部屋のようだ。
ブルムスとかいう貴族はここに来てはいないだろうか、と少し疑問に思った。自分の作った娼館なら時折足を運ぶくらいはするだろう。それでなくても勇者がいるかもしれないなら全ての部屋を見る必要はある。それにミキという長女もいるならミケに伝えなければならない。
奥から1つずつ部屋の中を覗き見る。中は男女がベッドの上で交合っており、見るに堪えないものだった。勇者が姉にやろうとしていた先がこいつらが今やってる事だと分かり、ドス黒いものが内側で沸騰するような感覚がした。どれほどその光景を見ていたのか分からなかったが気づけば俺の左腕には銃が握られていた。消そうにも消し方が分からず、制服の内ポケットに忍ばせ、別の部屋を見にいった。
女の方は様々なものがおり、それこそ俺より年下の幼女がいたり、片腕を失った女がいたり様々だった。だがどれも一様に暗い表情をしていて、絶望してるようだった。やがて部屋の中腹で獣人の女を発見する。
顔立ちはミケやミクに似ている、長い髪をしている獣人の女、おそらくミキだろう。
絶望的な表情をしていることに変わりはないがひとまず生きていることを確認した、あとは帳簿さえ見つかればここにいる女たちは救われるだろう。今のところ帳簿らしきものは見当たらない、ラーマの方か或いはブルムスの家にあるのだろう。
確認のため別の部屋を見ようとした時、ミキのいる部屋から声がした。それは小さい、けれど俺の耳にこびりついて離れない抵抗し、拒否する女の声だった。
「…ぃや!」
その声を聞いた瞬間、抑えていた内側の黒い感情が爆発した。左腕が熱くなり、内ポケットに手を入れて銃を取り出して扉を蹴破った。
ゾルダンだかなんだかの貴族が裸のまま俺の方を慌てて振り向き、大声で叫んだ。
「な、何者だ貴様!」
本能のままに銃を握り潰し、男の頭を何度も殴った。周りから扉を開ける音が聞こえるとミキの押し殺すような怯えた声が聞こえるが、やがてそれも聞こえなくなるほどに打撃音だけが部屋に響いた。男はやがて声もしなくなり、真っ赤になった黒い銃と怯えるミキが目に映った。
その目は、亡き姉が勇者に向けていたものに近い恐怖の目だった。血の気が引くような感覚がした後、自身が犯してしまったことの重大さを知る。
とりあえずこの女がミキであるかどうか確認し、恐怖心を払拭しなければ。
「ミキ…で合ってるか?」
「え、えぇ…あなたは…その…」
「俺のことはいい、弟が貴女のことを探していた。とりあえず怯えないでくれ」
ベッドの上にある血まみれの布をミキにかけ、部屋の入口を注視した。周囲から慌てて駆け寄ってくる足音が聞こえる。
やってしまった、俺一人のせいで全て無に帰すかもしれない。まだ俺たちはバレてないが、このままここにいればいずれバレる。
考えろ、ここを脱するにはどうしたらいい。俺のしてしまったことは重い、だが後悔はない。差し迫る事態と現状に相反して、俺の心は落ち着いていた。深く呼吸をし、次善の策を考える。俺が今切れる手札と、絶対に周囲に見せちゃいけない"墓標"が関与している事実を照らし合わせ、目を瞑って考える。
周囲の音は徐々にスロウになっていき、時間の動きが緩やかになるような感覚がした。オーガと戦った時に見た走馬灯に近い感覚だ、時間が引き伸ばされ俺だけが世界から孤立するような感覚。
その一時的な孤独の中で俺は窮地を脱する択を発見する。自然と口角が、上がった。




