16作目 獣人の姉弟
ミケと名乗る隻眼の獣人との逃走劇を終え、ひとまず適当な喫茶店に入る。もちろんラーマやアラクネに共有はするが、ひとまず俺が精査しないことには始まらないだろう。
適当な席に座り、とりあえず紅茶をふたつ注文する。ミケは随分と落ち着かない様子でソワソワと周囲を次第に見ていた。
「落ち着かないか?」
「俺ぁこういうとこ来たことないんだよ、薄汚ぇ孤児は盗みか拾い食いしかねぇからな」
そう言って自嘲気味にミケは笑った。
フードを深く被り、開いている方の目で俺を見る。ミケはあの時出会った獣人の少女によく似ている。茶髪に金色の目、猫の獣人全てがそうならばそれまでだがひとまず姉がいるという情報は落ちていた。
この世界はとことん姉弟に優しくないな、と思いながら渡された紅茶を飲む。ミケはおずおずとティーカップを持ち、何度も息で冷ましていた。猫の獣人は舌も猫なのだな、と少しおかしくてつい笑ってしまう。
「それで、お前の姉についてわかっていることを教えてくれ」
「分かってることっつっても、どっちも随分前にいなくなっちまった。1番上の姉…ミキはどっかの貴族に攫われてから見てない、2番目の姉のミクは起きたらどっか行ってた」
「ふむ…戦闘能力はあるか?例えば獣人特有の筋力とか」
「ミキねえは生まれつき体が弱いから戦えないと思う、ミクは俺より強い」
ミクという姉がおそらく俺と出会った少女だろう。年齢的にも俺に近いし、俺より年上のミケの姉であるなら筋は通る。
ティーカップを机の上に置き、椅子の上で胡座になりながらミケは俺に問うた。
「で、姉ちゃんたちのことを知ってるんだろ?」
「昨日の夜、おそらくミクであろう獣人と出会った」
そう言うと机を叩き、俺に顔を近づけてミケは大きな声を発した。周囲の反応などお構いなしで、一心不乱に。
「どこで!だれと!ミクねえは無事なのか!?」
「城壁の外、他にもいるかもしれんが男が1人、生傷が多く首輪をつけていた」
「クソッ…奴隷にされちまってんのか…」
「そう悲観するものでもない、俺のことを見かけたあと明らかに自分の意思で情報を隠していた」
「…つまり奴隷の可能性は低いってことか」
「かもしれん、ひとまず助かった。またなにか分かったら会いに行く」
「あ、おい!」
肝心なところは分からなかったが、名前が分かればあとはどうにでもなる。2人分の会計を済ませ、喫茶店をあとにした。外に出ると景色はオレンジ色に染まり、少し街の風景が変わっていた。露店は店仕舞いを始め、逆に開店を始める店も出てくる。それぞれの時間が終わり、また始まろうとしている。
空を見上げ、目を細めながら夕焼けを眺めた。屋根上には見知ったふたりが俺を見下ろしていた。しばらく歩くと2人が俺の両隣にいつのまにか立っていて小声で話し始める。
「お主は本当に運がいいのぉ、獣人を見つけるとは」
「偶然だ、獣人の姉弟…なにか関係があると思えるがな」
「そうね、とはいえやることは変わらないわ。詳しいことは隠れ家に戻ってから話しましょう」
路地裏に入り、壁を蹴って窓から入る。
アラクネが小さい胸の隙間から1枚の紙を取り出しながら椅子に座り、話し始める。
紙には走り書きのメモのようなものと、おそらく獣人なのであろう顔のようななにかが描かれていた。
「あの少年、ミケと言ったかしら。あの子の姉はおそらく教会にいるわ」
「なんでミケの名前を知っているんだ?」
「ワシがお主から目を離すわけなかろうて、ここにエースはおらんからな。ワシが子守りしてやらんと」
「そんなことはどうでもいいの、教会関係者がやたら"猫"って単語を使っていたの。それもほぼ全員の神父がね」
そう言ってアラクネは紙に書いてある猫という単語の隣の線を指さす。おそらく回数を示すものだろうが確かに多い。
「猫の獣人、おまけに女。繋がってこないかしら」
「そうじゃな、まぁ帳簿さえ見つければ救えるじゃろ」
「今助けないのか?俺達にはその力があるだろ」
「私らは別に英雄じゃないし、そもそも目的は勇者殺しでしょう?見誤らないで」
「気持ちはわかるが、帳簿をエースに渡せば上手いことやって悪事は暴かれるじゃろ。そうしたら娼館は解体じゃ」
だが…と言いそうになるが慌てて飲み込む。俺は姉がいた身だ、ミケのことはできる限り助けてやりたいし姉が生きてるなら会わせてやりたい。
けれど他に優先すべきことがあるし、俺は今組織に所属させてもらっている。ならば従うまでだ。
「なら入る手順を説明するわね、1度しか言わないからよく聞いて」
アラクネから作戦の手順を聞き、ラーマと擦り合わせ、情報の共有を滞りなく済ませたところで時刻は"逢魔時"に入る。真っ暗な夜が俺たちを隠す、"墓標"の仕事の時間だ。
制服を着込み、コートを羽織り、月夜の下を走った。流れは教会内部の娼館散策、帳簿の獲得、速やかな撤退。
「分かっておるじゃろうが、お主の能力は使うなよ。音と威力が大きすぎる」
「分かってる、戦闘行為に入らず隠密に気絶させるんだろう?」
「大抵は首を締めれば落とせる。騒ぎを起こさず、迅速にな」
「分かっている」
手筈は全て頭に叩き込んでいる、目標も明確だ。
ただミクという少女が気がかりだ、なにか引っかかる。何を企んで俺たちの存在を隠したんだ?何事も起こらなければいいのだが。




