12作目 傲岸不遜、喧喧囂囂
レント北部都市は巨大な城塞に囲まれた都市だ。王国と神聖国の国境沿いに位置し、防衛拠点且つ貿易の要だ。陸路からの運搬の心臓部に当たり、かつ魔物の被害も少ないことから人の数が多く活気で溢れてる。
セキュリティも厳重で南北2つしかない門しか入口はなく、そこには公爵直属の衛兵が複数人配置されている。何重にも及ぶ身分確認と、安全の確認を済ませないと中に入ることはないできない。
これが北部都市に到着する寸前まで何度も擦り合わせた情報だ。現在時刻は深夜、月は真上を通り過ぎ徐々に降り始める頃合だ。
死んだ人間が行くとされる月が徐々に自分達の住む大地に近づき始め、死者と生者の境が曖昧になることから"逢魔時"と呼ばれる時間はつまるところ"墓標"の仕事の時間だ。
俺達が山下から見下ろす城壁上には衛兵が灯りを持って巡回している。
「さて、バルバトスよ。仕事の時間じゃ、やることは覚えているかのう?」
「目印を彫ってある城壁下で待機して時間になったらアラクネが縄を垂らすから一気に駆け上がる」
「そうじゃ、猶予は僅か。バレることは厳禁じゃ、もちろん戦闘行為もな」
「わかった、万が一バレたら?」
「一撃で気絶させる、絶対に殺すなよ。掟の第四項じゃ」
「墓標に誓って善良な市民を傷付けてはならない、だろ?」
ふん、と満足気に鼻息を鳴らしながら月明かりを背に一気に山を下る。迅速に、決して音を立てずに城壁まで辿り着く。
目印を探すために微かな月明かりを頼りに壁を注視する、真上には衛兵が歩いている。当然明かりで照らすなど言語両断だ。
僅かな布ズレの音と呼吸音だけが近くにラーマがいることを教えてくれる。探すこと数分、目印である十字架を発見する。小声でラーマに伝え、縄が来るのを待つ。
やがて上から1本の縄が音もなく垂らされ、見上げると誰かが手を振っていた。おそらくあれがアラクネなのだろう。先にラーマが縄を掴み何度か引っ張る。
体重を支える上で問題のない強度かを確認し、素早く登り始める。縄の強度上、登るのは1人ずつだ。
待っている間は周囲の警戒にあたる、今のところ問題は無い。俺たち以外に人影は見えないし、ラーマももう登り終えたみたいだ。
ふたつに増えた人影が俺に早く来るよう催促する。縄を引っ張り、城壁に足をかけたところ横から声がした。
「あっ…」
誰か来た…こんな時間に外で…?来るとしたら衛兵、もしくは依頼終わりの冒険者の類だ。
縄を剣で切り落とし、物陰に隠れる。女の声だ、こんな時間にひとりで外にいるわけが無い。確実に仲間がいる。なら優先すべきは任務の達成だ、バレるわけにはいかない。合流はあとにするしかない。
やがてその声はひとつの足音と共に俺のいたところまで来たあと、地面に落ちてるそれを拾い上げる。
そのあと、少女が出てきた方から「なにかあったか?」と男の声がした。
俺が切り落とした縄だ、回収し忘れた。首輪をつけている少女を気絶させるのは気が引けるが、やるしかない。長剣を鞘ごと引き抜き、闇夜から振り下ろそうとしたときに少女が大きい声で叫んだ。
「なんでもないです!気のせいでした!」
「!?」
慌てて振り下ろすのを止め、その場に留まる。暗闇でよく見えなかったその少女が振り返り、縄をその場に捨てて男の声の方に走って戻って行った。
月明かりに照らされていて一瞬見えたその姿は生まれて初めて見る獣人族だった。月みたいな双眼と目が合ったような気がしたが少女は何も言わず去っていった。
「なんだったんだ…今の…」
捨てられた縄を回収し、ベルトに鞘を仕舞って再び城壁を見上げるとかなり高いところで切ってしまったようで少し骨が折れそうな高さを跳躍しなければならなかった。
木を伝って縄を掴み、一波乱ありながらもなんとか登りきった。真横に見える巨大な月がとても綺麗だったのをよく覚えている。
ラーマが差し伸ばした手を掴み、一気に引き上がる。城壁の上では風が吹き荒び、腕を組んだラーマと衛兵の装備を着た人物が座っていた。兜を被っているせいで顔は見えなかったが一言目で不機嫌なのがわかった。
「時間かかりすぎ、ロスした分急ぐから着いてきて」
そう言い、彼女は城壁の一部に括り付けていた糸を持ち飛び降りた。音もなく近くにあった建物の屋根に降り立ち、手に持っていた糸を煙突に括り付け、挑発するように手を人差し指を曲げて来るよう促した。
ため息を零しながらラーマは大斧の持ち手を糸にかけて滑り降り、俺もそれに続いた。突風が靡いたせいでフードが外れ、眼前に広がる巨大都市が目に入った。静まり返った街だが幾重にも広がる建造物が所狭しと詰め込まれており初めて見る光景に目を見開いた。
あっという間に屋根に辿り着き、彼女は糸を腰から取り出した短剣で切り落とし再び走った。
ラーマとともに着いていき、やがて目的地に辿り着いたのか足を止めた。屋根を伝い、開けてあった窓から建物内に入る。中は蜘蛛の巣だらけで埃っぽく、1人分の椅子と机、ベッドしかない簡素な屋根裏部屋だった。窓を閉めて彼女は兜を脱ぎ、ため息混じりに俺の胸を指で小突いた。
「あんたが新入り?随分手間取ってくれたけど本当に使えるのかしらね」
そう言って彼女は水色のツインテールを揺らしながら俺を青色の目で睨んだ。その勢いに少し押され、壁際にぶつかると彼女はまた手から糸を出し、俺を壁に張り付ける。あっという間に粘着性の高い糸のせいで身動きが取れなくなった。
「ラーマ、エースはなんでこんなやつ寄越したの!今回のなら他にもっといいのがいたでしょ!」
「まぁそうピリピリしなさんな。元気しとったか?アラクネよ」
「元気も元気!超超元気よ!こいつのせいでイライラしてるけどね!」
「なら良かった、とりあえずバルバトスの糸を外してやってくれぬか?話も出来んじゃろ」
彼女が左手の指をパチンと鳴らすと俺に纏わりついていた糸の拘束が徐々に緩くなり、やがて俺の身体の自由は取り戻される。息をつく暇もなく彼女は壁を手で叩きながら俺の胸ぐらを掴む。
「初めまして、私はアラクネ。あんたが嫌いよ」
「俺はバルバトス。さっきのことなら悪かった、不測の事態が起きた」
「不測の事態ぃ?エースの計画に不備はないわ、あるとしたならあんたの怠慢よ!」
「まぁ落ち着けって、ひとまず話を聞こうじゃないか。任務のこともあるが久しぶりに会ったんじゃ、積もる話もあるじゃろ」
ラーマの静止を手で叩き落とし、不満そうにツインテールを揺らしながらベッドに腕を組んで座った。掴まれたせいで緩まったネクタイを締めて椅子に座り、ひとまず情報共有を始めた。




