11作目 紳士淑女のマナー
訓練を初めて今日で7日目。
今日で1週間だ、つまり任務の日ということになる。もう誰かに起こされる前に俺は広間に行けるようになっている。決まって俺が行く頃にはカクエンとエースが既に居て談笑している。次にラーマ、カトレア、アストラの順番だ。
カクエンはいつもボロボロのエプロンを身につけてキッチンに立っている。もはや見なれた光景だ。その日もいつも通り俺が広間に行くとふたりが談笑していた。俺が入ってくるのを確認すると挨拶を交し、椅子に座って全員が揃うのを待つ。
その日は机の上に綺麗に畳まれた黒いスーツが置いてあった、訝しみながらそのスーツを凝視しているとエースがにやけながらそれを俺の前に差し出す。
「それ、うちの制服」
「制服?」
「そ、ようやく出来たからさ。今日が初任務でしょ?仕事の時はスーツ、が紳士淑女のマナーだよ?ほら着てみなよ」
「あぁ、わかった」
渡されたスーツに袖を通す。袖には銀色の刺繍が施され、ジャケットの内側にはバルバトスと縫い込まれていた。それ以外は真っ黒のシンプルなスーツだ。黒いネクタイは結べなかったからエースに頼んだ。
「これ、ひとりでできるようにならなきゃダメだよ?」
「練習しておく」
「よし、似合ってるよ。本当に。」
はにかみながらまるで自分の子供でも見るかのようにエースは言った。かっちりとしたスーツに身を包むのは人生初めての経験だが、不思議と身が引き締まる。
最後に渡された黒いコートと手袋はエースからのプレゼントだそうだ。
「スーツは制服、こっちのコートと手袋は僕とお揃いだ。結構いいでしょ?」
「あぁ、すごく嬉しい」
「ならよかった。その制服は特別製でね、普通の剣くらいじゃ通さない代物さ。ローブと手袋はなんてことない普通のやつだけどね」
「いや、なんというか勇気をもらえる…気がする」
「そうかい」
頬付きしながらエースは笑った、カクエンも今は寡黙だった。程なくしてラーマが扉を開けた。
快活な挨拶を交わしたあと、俺の姿を見て感嘆のため息を漏らした。
「ほぉ…馬子にも衣装とはこのことじゃな…」
「俺はラーマの孫ではない」
「いやそういう意味じゃないんじゃが…いや、よく似合っておるよ。エースと瓜二つじゃ」
「そうか、褒められるのはいい気分だな」
そんなことないさ、とエースが呟いた。
どうしてそんなことを?と聞く前にカトレアが入ってきた。煙草を咥えながら大きな欠伸をして入ってきた彼女は俺の姿を見ると挨拶を無視して俺の頭の上に手を置いた。
「似合ってるじゃない、その制服」
「ありがとう、みんな褒めてくれてる」
「だけど"墓標"だからって無理すんじゃないよ、痛いのは嫌だろう?」
「カトレアが痛がる方が嫌だ」
「…自分の体を大切にしな」
顔はよく見えないままくしゃくしゃと俺の頭を撫でて通り過ぎて行ったカトレアからは相変わらず花の匂いがした。最後にアストラが勢いよく扉を開けて部屋に入ってくる。
「おぉー、似合ってるじゃん」
「ありがとう」
「任務、頑張ってね」
そう言って拳を突き出してきた、俺もそれに返して拳を突き合わせると重りが音を鳴らした。全員が席に着くと、料理が運ばれる。俺の朝食だけ他と比べてやけに量が多かったが、彼なりの激励だろうか。
全員に認められるというのは、なんとも言えない気持ちにさせる。朝食を食べている最中、エースが口を開いた。
「ラーマ、バルバトス。食べながらでいいから聞いてくれ、今回の任務の舞台はレント北部都市。流れとしては現地にいるアラクネと合流した後、どこかにある帳簿を入手してほしい」
「分かった」
「ま、大体のことはアラクネに聞けば何とかなるかのう…あのじゃじゃ馬娘、ちゃんと大人しくしとればいいが…」
「あの娘はああ見えて真面目だよ、少し騒がしいけど隠密任務は誰よりも得意さ」
パンを口に咥えながら、隣にいるアストラは不満げに文句言い始める。
「だから嫌いなんだよねぇ、あいつうるさいし」
「喧嘩するほど仲がいいとも言うね」
「そうじゃな」
「そんなんじゃないっ!」
机を叩き、やや大袈裟にアストラは否定した。食卓は笑いに包まれ、若干緊張感が和らいだ。朝食を食べ終えたあと準備を済ませ、玄関でラーマと合流する。ラーマも制服であるスーツを着込み、背中にはラーマの背丈ほどある大きな斧を背負っていた。
館から出る時は全員が見送ってくれ、姿が見えなくなるまでずっと外にいてくれた。
レント北部都市はこの館より北に3日ほど歩いたところにあるらしい、渡された地図をポーチから取りだし北上を開始する。
稽古の時とは違い穏やかな木々の隙間を歩き、鳥のさえずりを聞く余裕すらあった。この近辺はオーガとアストラが戦ったらしい水棲の魔物のせいで他の魔物が少ないらしく比較的穏やかな旅路となっていた。1時間ほど歩き始めたところで、倒木の上から振り返り俺を見下ろしてラーマは口を開いた。
「してバルバトスや、腰の剣は邪魔になっておらんか?」
ラーマが言うように俺の右腰には鞘に収められた長剣が装着されていた。出る前にラーマから持つよう言われたものだ。
曰く、「能力が完全に扱えてない以上もう1つ武器を持つべきで、それに最も適しているのが長剣」だそうだ。確かに汎用性は優れているし、何より俺は一度使っている。なにが得手不得手か定まってない以上、汎用性と慣れに重点を置くのは当然だがラーマに言われるまで気づかなかった。能力を得たせいで自分には武器があると無意識で思い込んでしまっていた。
「さて、ここからは少々急ぐかのう。手足に着けてる重りはもう外していいぞ」
「いいのか?」
「もう稽古は終わりでもう実戦は始まってるんじゃぞ?早く取らんかい」
「それもそうだな」
「じゃ、走るぞ」
そう言ってラーマは走り始めた、俺に合わせるため全力は出してないとはいえそれでも速いことに変わりはない。手足についてる重りを1つずつ丁寧に取り外す。
ずっと付けていたせいであとが着いているが、1つ外れる事に確か開放感があった。
軽くその場で跳ねてみるが、明らかに動きが違う。深く息を吸い込み、思い切り地面を蹴った。いつもより何倍も速い速度で動く俺の身体はまるで俺の身体じゃないみたいだった。見る見るうちにラーマとの距離が縮まり、やがて追いついた。
「どうじゃ、生まれ変わったような気分じゃろ」
「あぁ、ここまでとは思わなかった」
「まぁ今回は戦闘にならないように努めなきゃならんから、あまり実感は湧かないと思うがな」
ラーマと並走して、今までより格段に速く動いてるはずなのに俺の息はまだ上がっていなかった。まるで野を駆ける狼にでもなったような晴れやかな気持ちが俺を満たしていた。
そういえば北部都市にいるアラクネとはどういった人物なのだろうか、"墓標"ということは恐らくいい人なのだろうがあのアストラがあそこまで敵対視してるのは少し気になっていた。
夜に焚き火を囲い、晩飯を食べている時にそれとなく聞いてみたが会えば分かるとしか言われなかった。少し楽しみだし、初めての遠出に高揚感が身を包む。だがそれと同時に初任務だ、油断も慢心もしてはならないことは肝に銘じなければならない。




