10作目 沈黙
「よぉ、随分やられたみたいじゃねぇか。えぇ?」
目の前には再びあの男が鎮座していた。ボロボロの長い黒髪に、ボロボロの服。鎖が何重にも巻かれているそいつは、以前より少し違って見えた。
両手に着いていた枷が外れていて、左腕のみ自由に使える状態になっていた。
満足そうに満ち足りた表情でそいつは俺に話しかける。
「あの力はなんだ、答えろ」
「おいおい、せっかく治してやったのになんだその態度は。さて、どうしてやろうかなぁ」
左手を顎に添えて、愉快そうに喉の奥を鳴らした。
治した、という発言の通り俺の身体には一切の傷がなかった。あの戦闘で、だ。だがしかしそれよりもあの力のことが気になった。
「いいからさっさと答えろ、バルバトス!」
「そうカリカリすんなよ、久しぶりの再会なんだ」
近づいて胸ぐらを掴んで叫んだ、真っ黒い瞳孔には心底焦燥しきった表情の俺が反射して映っていた。
「まぁ今回は前回と違って時間がねェからな、教えてやるよ。気分がいいしな、特別だぜ?」
「さっさと答えろ、あの力はなんだ?俺の手に握られていた武器はなんだ?」
「ありゃあ言ってしまえばトリガーだな、能力を使うための引き金さ」
やけに遠回りな言い方で黒い男が言った。
「お前の中には魔力がねぇ、全くの空、ゼロだ。だから左腕しか貸してないとはいえ、全部の能力は使えねぇんだよ」
「魔力がない…?」
魔力というのは元来、ほぼ全ての生物に備わっているものだ。家畜であれ、魔物であれ、人であれだ。例外なく全ての生物に存在する。それは異世界から召喚されたあの勇者ですら、例外ではない。
それが全くないというのは異常事態だ、俺が転生者だからなのか原因は分からない。魔力がないというのは魔法が使えないということだ。姉さんは火を起こすのに魔法を使っていた、それくらい身近なものだ。思えば俺は生まれてから一切そういうものに触れてこなかった。
黒い男は枷の外れた左手で俺の胸ぐらを掴んで話し始めた。
「だぁかぁらぁ!俺様の魔力を分けてやった!お前が無能だから!だがテメェのせいで5分の1程度の力しか能力を渡せない!そのために能力の行使に必要な引き金を授けてやったのさ、お分かり?」
「…つまりあの武器を使用することでお前の能力を一時的に行使できるって認識でいいんだな?」
「ンだよ…釣れねぇな、まぁつまりそういうことだ。覚えておけ!そして空っぽな脳みそに刻み込め!あの武器は銃、冠する名前は"沈黙"」
黒い男は俺を突き飛ばし、左腕を天高く突き上げて高らかに笑った。周りには何個もの姿形の違う銃とやらが姿を現した。彼の後ろにはその銃の名前や威力が事細かに記載された半透明な板が現れる。大小様々で、長さも違う。そしてその中から1本取りだして現れた半透明の板を撃ち抜き、ガラスのような黒い破片が飛び散った。
満足そうに笑い、天を仰ぎ見たあと左腕を胸元に当てて男は礼をした。
「目標を直ちに殲滅し、死した英雄たちに訪れるのは安寧な静寂のみだ」
「___引き金を引け、そして黙らせろ」
待て、と声をかけようとするが俺を呼ぶ声が脳の中で反響して止まなかった。意識が朦朧とし、男の前で俺は倒れ伏す。混濁する意識の中で男は最後に「大事な仲間が呼んでるぜ」とだけ残していった。
目を覚ますとアストラとラーマが俺を覗き込んでいた。俺が目を覚ましたのを確認すると焦燥感溢れる表情とは打って変わって安堵したものに変わった。
「大丈夫か?ワシが見えるか?」
「あぁ…大丈夫だ…」
「良かったぁ、死んじゃったかと思った…」
「すまん、助太刀が遅れた。アストラの方に行ってる隙に…いや言い訳じゃ、本当にすまなかった」
そう言ってラーマは俺に頭を下げた。
「謝る必要なんかない、オーガ如きに遅れを取ってる時点でまだ役に立てん…だから頭を上げてくれないか」
「そうは言ってもワシの監督不行届じゃ…危うく死なせるところじゃった…」
「死んでないから気にするな」
「でもラーマ、気を失ってたとは言えバルに傷一つないよ」
「!?」
驚いた顔をしたあと、慌てて俺の身体をくまなく触った。確かにアストラの言う通り俺の身体は傷一つなかった。あの男が治したと言っていたが、本当だったようだ。
「信じられん…血痕は残っているから大怪我を負っていたのは確実なはず…しかしどうやってこの一瞬で…」
「分からん、治したと男は言っていた」
「お主が遺物に触れた時に出会ったという男か…なるほど…」
「遺物といえばあのオーガを殺したの、バルの能力だよね?どうやったの?」
そう言われて気がつくが周りに銃と呼ばれたあのT字型の武器は落ちていなかった。ただなんとなくあの時取り出したおかげで感覚は掴めていた。
「それはワシも気になっていた、お主の能力はその左腕が生えるものじゃなかったのか?」
「いや、違う。正確には他にも能力があるらしいが今の俺にはこれしか使えない」
内側にある感覚に意識を向け、あの時のように取り出そうとしてみる。たしかあの時は小さい銃だったはずだ。男が見せてきたようなやつとは違う、片手に収まるほどの銃だ。なにか内側から熱いものが込み上げ、左手にその熱は集中する。やがてその熱は輪郭を帯び、形作られていく。そうして再び小さな銃、"ハンドガン"が俺の左手に現れる。
拳銃を見かけると2人は顔を寄せて注視する。
「こりゃあ、武器…かのう?各部位は弩に似ているが…はて、矢はどこに入れるのか」
「見たことない武器だ、矢は無いし殴るのに使うのかな?でもそれであの威力はおかしくない?」
「これは、ここにある引き金を引くと弾が発射されるらしい。物凄い速い弩みたいなものだと思う」
そう言って立ち上がり、俺は目の前にあるオーガの死体に向かってハンドガンの引き金を引いた。轟音が鳴り、死体に穴を開ける。
「すごいすごーい!なにこれ、超強いじゃん!」
「原理は不明だが、あいつはこれを能力を使うための引き金と呼んでいた」
つまり、俺がもう少し能力を使えるようになればこの銃とやらは作らなくていいしあの時俺の腹に穴を開けたように無音で撃てる筈だ。
「…ふむ、バルバトス。ワシにちょっと撃ってみてくれ」
「いいのか?その…死なないか?」
「いいからいいから。ワシに1発、ほれ」
そう言ってラーマは立ち上がり、自分の額を指でトントンと叩いた。まるでここを狙えと言わんばかりに。師であるラーマが撃てというからには、大丈夫な確信があるのだろう。落ち着いて標準を定め、引き金を引いた。
2度目の轟音が鳴った、しかしラーマはそれよりも早く俺の目の前からいなくなり弾を見事に回避する。
「…ふむ、速いがこんなものか。お主、間違ってもこれで勇者を撃とうなんか考えるなよ。少なくとも今は」
「…流石だな、ラーマは。もちろんそこまで慢心してない、確実に殺すために今は鍛えるさ」
「そりゃ結構じゃ、お主については色々聞きたいことが沢山あるがそれはいつでもできるじゃろう。さて、今日は疲れただろうから残りの時間はランニングだけでいいぞ」
「えぇ〜…」
「…じゃあなアストラ、置いていくぞ」
「あ、ちょっと待ってってば〜」
銃はいつの間にか消えていて、いつも通りのランニングをこなした。偶然新しい力は得れたが、まだまだ実戦投入できるレベルじゃない。
それにこれで勇者は殺せない、もっと強くなってあの男から全部の能力を引き出さければ。
とか、考えてるんだろうなあのガキは。
そう心中で考え、真っ白い空間で男はひとり笑った。眼前に広がる半透明の板には様々な出来事が映し出されていた。自身の持ち主がこれからどうなるのかこの太古の悪魔だけは知っている、故に笑いが止まらないのだ。鎖が音を立て、笑い声が白い部屋にただ響いていた。




