9作目 黒い左腕の使い方
稽古を始めてから今日で6日目。なんとか重りをつけた上での行動も何不自由なくできるようになった。はっきり言って異常な程に俺の体は飛躍的に成長していった。ラーマには才能と言われたがいまいちピンとこない、というより成長すればするほど体が別なものに作り変わっていくような感覚がするのだ。これが肉体的な成長と言われればそれまでだがそういうものは自分で認知出来ないように思える。爪が徐々に伸びていくように、身長が高くなっても自分では気づかないように、肉体の成長というものは牛の歩みよりも遅い。
それが己で知覚できるほどに成長しているというのはやはり異常だ。とはいえ現状になにか不備や不満があるわけでもないし、加速度的に成長できてる現状はひとまず喜ぶべきだろう。
そういえば森の中でのランニングに加えて昨日、つまり5日目から目を閉じない訓練も並行して始めた。俺は他のものと比べて特段目がいいらしく、その強みを戦闘中存分に発揮出来るための訓練だ。訓練といってもラーマの攻撃を避けたり、防いだりするものだ。もちろん寸止めはなし、目を瞑れば攻撃を食らうし瞑らなければある程度は回避出来る。
本能による瞬きを意図的に妨害する、まだ完璧なわけではないがそれでも攻撃から目を逸らさずに認識し続けられるというのは進歩だった。
アストラの方はより速さを磨きあげるために何度も水中に沈められている。何度も呼吸を挟まずとも行動できるように、そして水の抵抗下で素早く動けるようになれば能力の底上げができると踏んでいるそうだ。ちなみにアストラ曰く「死ぬより辛い」らしい。窒息寸前になるとラーマが引き上げ、一呼吸させたらまた沈める。一度見たが少し心が痛むほどに辛そうな顔をしていた。
俺とアストラはこの訓練中何度吐いたか覚えていない、それでも俺たちは辞めたいとは一言も言わなかった。カトレアの能力にも頼らなかった、もし俺たちの痛みや疲労を一度に受けたら死にかねないとラーマが判断したからだ。
つまり俺たちは死の寸前まで訓練をしていることになる、まぁそれでなきゃ急速に強くはなれないだろうから仕方ない。
ちなみに4日目くらいからカクエンが滅茶苦茶優しくなった、ああ見えて"墓標"の中では1、2を争う人格者らしい。さて、長い長い振り返りが終わったところだがなぜこんな悠長に思考できているかというと走馬灯が見えているからだ。
俺たちの訓練も大詰め、今度は魔物との対決に移行した。アストラは水棲の魔物と、俺は狼を引連れた巨大なオーガと戦うことになった。
ちなみにオーガというのは、ゴブリンの上位種らしく滅茶苦茶な馬鹿力とその5mの体格に似合わない俊敏さ、そして少しばかりの知能を有している一本角の赤黒い魔物だ。おまけに狼の魔物、名前は知らないがそこそこ速いのを2体引き連れている。
こいつを連れてきたときのラーマの表情と台詞が忘れられない、満面の笑みで「死ぬ気で避けて死ぬ気で攻撃しろよ、じゃないと死ぬぞ」と言われた。
それで、ミスって吹き飛ばされて今に至る、幸い朽ち木にぶつかったおかげで威力は軽減できたし枝が刺さってることもない。意識は朦朧としていたが、痛みで何とか起き上がれた。
骨と内臓はまだイッてないが、血を流しすぎた。おかげで冷静になれたが早めに倒さないとまずい。地を揺らす振動が近づいてきている、それに殺し損ねた1匹がオーガより早く到着する、武器は渡されているとはいえ振るったことの無い長剣だ。
狼の素早さにはまだ対応できない、懐から錆びた短剣を取り出し襲撃に備えて左手で構える。振動に紛れて微かにだが音は聞こえる。規則的な四足特有の足音だ、音の方へ振り向くと真っ直ぐこちらに1匹向かってきていた。
長剣を狼の方へ投げつけると同時に俺も追いつくように走る。長剣はあくまでブラフ、そちらに意識が向いた瞬間に短剣を頭に突き刺した。頭蓋骨を砕く感触と、短剣が折れる感触が肌に伝わる。これはもう使い物にならない。
気絶する前に1匹倒しているから、これで2匹。あとはオーガが1体だ、気張るしかない。
やがて振動は収まり、太い木の枝を軽々しくへし折りながらオーガは俺の前に姿を現した。
俺が気絶する前に必死でつけた傷はすでに修復されていた、上位種の魔物特有の異常な治癒力。ちまちまやっても火力が足りない。最初から勝ち筋はひとつしかない、一撃で首を断ち切る。鎧みたいな硬い皮膚を切り裂いて、切断するしかない。地面に突き刺さった長剣を引き抜き、柄を左手で握りしめた。
オーガと視線が交錯した直後、手に持った金属の棍棒を俺に振り下ろす。圧倒的な質量と速度が伴ったソレは太い木をへし折り、轟音と共に死を告げる。
が、見えている。横方向に飛び出して回避し、先程までいたところは酷い土煙が舞っていた。木の中腹を蹴り飛ばし、一気に首元まで距離を詰めるがオーガは左腕をなぎ払い軽々しく俺を吹き飛ばした。
2度目だ、もう慣れた。左腕を後ろに突き出し、衝撃や威力を吸わせる。どういうわけか俺の左腕は異常な程の耐久性を持っている。感覚はあるが痛みがないことは筋肉痛のときに実証済みだ。樹木を何度も抉りながら威力を殺し、距離が大幅に離れる。
さて、どうしたものか。この程度あいつはすぐに距離を詰めれる、それでもそれをしないというのは余裕から出る慢心だ。そこを突かない手はない。
木々の中腹を蹴り、木の葉に身を隠す。再び地面を揺らす振動がこちらに近づき、先程まで俺がいた場所を注視していた。当然俺の居場所など一瞬で勘づくだろうが、その一瞬が欲しかった。
木の葉から飛び出し、上から一直線に降下する。狙うは後頭部の下、首筋だ。当然オーガは勘づいただろうが、それでもギリギリ間に合わない。鎧のように硬い肌に長剣が刺さり、首を両断…したかに思えた。長剣の切れ味よりもオーガの耐久力が微かに勝ったのだ。
無様に長剣は真っ二つに折れ、俺はオーガの巨大な手に捕まり、その膂力を持ってして無慈悲に握りつぶされかけていた。恨めしそうに俺のことを睨みながら、痛みの報復を徐々に始めていた。
「…ざける…なよ、クソオーガ。俺は勝っていたんだ、運が良かったな…」
黒い人差し指をオーガの顔に向け、最後の恨み言を俺は始める。ラーマはまだ来ない、まぁこいつに勝てないなら勇者にも届かない。"墓標"の情報を持っている俺は、死んだ方がいい。
ただ俺はあの瞬間、間違いなく勝っていた。武器の耐久力があれば、火力があれば、速さがあれば勝っていた。
「____俺様が貸した左腕の使い方がなってねェんだよ、テメェはよ」
そう頭の中で声がした次の瞬間、轟音と共にオーガの頭は弾け飛んだ。この力には見覚えがあった、というより一度体験していた。いつかあの男に出会った時に、俺はこれによって腹を貫かれている。なにが作用してこの力が発動されたのかは理解できなかったが、おそらく俺の黒い左腕が持っている小さな武器から発射されたのだろう。
人差し指が引き金にかかっていたことから推測されるに、弩などと同じ仕組みなはずだ。手に持っていた綺麗なT字型の黒いフォルムのそれはまさしく殺意が具現化したようなものだった。
その力の解明をする時間すら俺にはなく、意識が遠のいた。ラーマとアストラが俺を呼ぶ声が木霊していって、深い深い意識の底へと落ちていった。
あぁクソ、血を出しすぎた…




