処女作 プロローグ
人は生まれながらにして平等ではない、これが俺の出した結論だ。
例えば今凱旋している、彼は俺と同じ転生者だと言う。転生の際神から貰ったという卑怯なズルのお陰で魔力はほぼ無限、使う魔法の数も尋常じゃないし剣を持てば山を斬り風を放ち、鋼を穿つ。
例えばその隣にいる彼女、彼女は生まれながらに神の祝福を受けたらしく彼女が祈れば忽ち傷は癒え、失ったものは再生し、遍く病魔を払うという。
じゃあ俺は?
そう、察しの通り俺には何もない。
彼が言うような最強のチート?もちろんない。
彼女のように万人を救う万能?そんなもあればといくら祈ったことか。
これは何者にもなれない、何も持ちえない俺が全てを持ち、支配者たる醜い彼らから全てを奪うそんな物語だ。
なんでそんなことを決めたかって?
そうだな、原点を振り返ってみよう。
魔攻暦56年、魔王を滅ぼし人類種の繁栄から凡そ50年。世界は未だ混沌を極めていた。
姉が寝る前何度も話してくれたおとぎ話によると魔王ゼイス・クラストが勇者アイバーンと相打ちになり滅びたのが今から約50年前。魔王と勇者の屍はその強大な魔力により未だ朽ちることなく魔大陸の奥深くの魔王城に残っているらしく、そこから無限に魔物と呼ばれる異形の生命体が生まれているらしい。
しかし因果は巡り、輪廻は回り、人類種には定期的に生まれながらに人智を超えた才能を持ったものが現れる。
そんな現在から少し前の魔攻暦45年、突如我らが偉大な王国サマが異界からの勇者とやらの召喚に成功したらしい。どうやら彼、確か名前はユウト・ミタマだ。彼は遥か次元の彼方から招来された者らしくその内に秘めたる強大な力は他人類とは一線を画すとのこと。
俺と同じ転生者だ、しかし俺と彼には致命的な違いがあった。俺は凡庸どころか寧ろ底辺、なんの力もない。
さて、突如異常な力に目覚め、手を振れば黄色い歓声とともに返ってくるそんな夢みたいな世界にきた人間はどうなると思う?
「あぁユウト様、ようこそ我が村へ…!なにもないところですが是非ゆっくりしていってください…!」
そう言ったのは姉だった。魔物を討伐した帰り、疲れたから一日泊めてくれとユウトは言ってきた。
もちろん俺たちは歓迎したさ、今や吟遊詩人が歌わない日はない不世出の英雄サマなんだからな。
なんの縁か、ユウトは俺たちの家に泊まることになった。両親は昔魔物に殺され、2人暮らしだったから他と比べて部屋に空きがあったからだろうな。
初めは特段異常なんてなかった、3人で固いパンとクズ野菜のスープを食べた。ユウト様がきたってのにこんなものしか出せず…と姉は謝っていた。
謝らないで、と彼は返してその日は遅くまで彼の冒険譚を聞いた。幼心に憧れた。
「ほら⬛︎⬛︎⬛︎、あんまりユウト様を困らせるものではないですよ」
「いいじゃん姉さん、勇者様から直接話を聞けることなんて滅多にないんだしさ」
「ははは!ほらお姉さん、僕は気にしてませんから。さて⬛︎⬛︎⬛︎くん、他にはどんな話を聞きたい?」
「じゃあ次は〜」
「全くもう…」
そうして一通り話を聞いたあと俺は部屋に戻った。遅くまで話を聞いていたからかすぐさま眠りについた。どれくらい眠っていたのか分からないが目が覚めたのは朝日が来たからではなかった。
今まで聞いた事のない姉の絶叫が家に木霊したからだ。両親が死んだ時ですら泣かなかった俺の姉が甲高い声を上げて叫んだのだ。すぐさま飛び起きてリビングに向かった。まさか魔物か?だとしたら助けないと…そのときはそう思っていた。
扉を開け、目の前に広がっていた光景は一生忘れられない。熊が人を食べるように姉に覆いかぶさっているユウトと、服がビリビリに破かれた姉がいた。
聞こえる音は布が擦れる音と餌を前にした犬みたいな吐息、姉の叫び声だけだった。
一瞬我を忘れていたが3回目の姉の叫び声で我に返った俺は椅子を手に取りユウトの頭目掛けて振りかぶった。
しかし木製の椅子は彼に当たる前に空中でピタッと止まり、そして粉々に砕けた。俺の不意打ちを察知したのかゆっくりと鋭い眼光とともに振り返ったユウトと目が合った。その目に俺は映っていなかったように思える。
「あ〜、そういえばガキがいたか」
「お、お前…姉さんになにを!!!」
冒険譚を話していたあの時とは声色が全然違った。
「あ、あ〜ちょっと待ってくれ。お前の顔見たらクソまずい飯を思い出しちまった」
そう言って彼は口に指を突っ込み、吐瀉物を床にぶちまけた。固体と液体が混ざった気持ちの悪い水音が響いたあと、再び俺の方を向いた。
「決めた」
「決めたってなにを…騎士団に突き出してやる!!」
「この後のシナリオだよ、お前らふたりは俺が寝ている間にゴブリンの襲撃にあって死にました。助けれなくて申し訳ありませんでした〜ってのはどうだ?」
「…っざけるな!!」
無我夢中だったさ、今見ても無謀そのものだ。
身一つでユウトに突っ込んだ。彼が何をしたのかまだ分からないがおそらく魔法か剣を用いたのだろう。利き手である左腕は宙に舞い、鮮血が部屋の中に飛び散った。
腕を飛ばされた痛みっていうのは想像がつかないもので、俺はその場にのたうち回ってみっともなく叫んだ。
「人も魔物も中を開いたら同じだ、血は通ってるし一部を斬り飛ばせばいずれ出血多量で死ぬ。まぁ安心しろよ、こんなになっちまったが死ぬ時は一瞬だ」
腰の鞘から刀身を剥き出しにして俺の元に1歩ずつ歩み寄ってきた彼がそれを振り下ろそうとし俺は恐怖で目を瞑った。しかしどれほど待ってもその瞬間は訪れなかった、恐る恐る目を開くとそこには最愛の、唯一の肉親が両断された光景が広がっていた。
世界から光が、色が、音が消えたような感覚だった、その瞬間を一生味わうようにと神様が時間を引き伸ばしたかのように錯覚した。
「…⬛︎⬛︎⬛︎、そこに…いるの…?」
「俺はここにいるよ!姉さん!もう喋らないでくれ!!あぁ血が…血が…!!」
姉の腹をどれだけ抑えても血は止まらず、圧迫することで返って出血は増した。愛する人の腸と臓物が床にころがっていた。
「よか…た…、あ…なた…は…い…」
「はいはい分かった分かった」
俺が抱いてる姉の上半身を、ユウトは無慈悲に冷たい鋼で貫いた。姉が最後に何を伝えようとしたその最後の尊厳すら彼は踏み躙った。
少しして、複数の足音がいっせいに押し寄せ俺たちの家の扉を開けた。小さな村とはいえ村人は何人もいる、この騒ぎを聞きつけて来てくれたのだろう。みないい人だった、両親のいない俺たちに気を使い向かいの農家さんは野菜をくれた。他にも狩人さんは獲物をおすそ分けしてくれた。みんないい人だった。
「ユウト様!!これは何事ですかな!!!」
「あぁ!!セリス!!なんてことだ!!早く手当しないと!!」
「この件は騎士団に報告させていただきます!ユウト様、厳しい処罰は覚悟してくだされ!」
村のみんなが聞いた事のない怒声で、見たことの無い鋭い剣幕で捲し立てた。しかしユウトは面倒くさそうに、一言だけ言って終わらせた。
「…こんな村にドラゴンがくるなんて、災難でしたね」
「…は?」
そう一言だけ言って、大きな爆発が起こった。
爆心地である彼の周りはもの凄い風圧のみだったが村は一瞬で火の海になり、村のみんなは真っ黒い炭の人形になった。俺と姉は吹き飛ばされ、そこで気絶した。
目が覚めると火は消えていたが、家屋は燃え、いくつもの炭人形が出来上がっているのみだった。
一瞬にして穏やかな生活は炎とともに消え去ったのだ。
というのが俺の原点だ。
だから最初に言っただろ?
これは何者にもなれない、何も持ちえない俺が全てを持ち、支配者たる醜い彼らから全てを奪うそんな物語だって。