転生令嬢は編纂者
ふと思ったの。
この世界に私と同じような人ってどれくらいいるんだろうって。
午後のティータイム。暇を持て余した貴族令嬢たちのアフタヌーン。ティースタンドに並べられた、ケーキとスコーンとサンドイッチ。
前世、誰かが言っていたのよね。
サンドイッチって、サンドイッチ伯爵が名付けたからサンドイッチだって。
それならこの世界にもサンドイッチ伯爵っているのかしら?
じぃっとサンドイッチを眺めていたら、隣りにいたリリアーヌ様に声をかけられて。
「フェリシア様? どうかされましたの?」
「いいえー。ちょっとサンドイッチ伯爵なんていたかしら、と思いまして」
「まぁ、それはどちらの国の方かしら」
一緒にお茶会をしていた令嬢たちも、ころころと笑う。うん、やっぱりこの世界にサンドイッチ伯爵はいないみたい。
それなら、このサンドイッチの名前はどこから来たのかしら。
私はみずみずしいキュウリが挟まれたサンドイッチを眺めながら、ある決心をした。
❖ ❖ ❖
前世、私はただの社会人だった。地元のショッピングモールに入っているアパレルの販売員。代わり映えのない毎日を卒なくこなして、卒なく生きて、運悪く交通事故で死んでしまっただけの面白みのない人間。
学生の頃は大学にまで進んで、歴史を専攻していた。教授とか学芸員に憧れたりもしたけれど、専門性を活かせるような就職を選ぶこともしなかった。学んだものもただの宝の持ち腐れ。趣味で美術館や博物館に行った時に、ちょっとだけ楽しめるくらいの専門性だった。
でもそれは前世の話。
まさかその宝物の知識が、生まれ変わって活きることになるなんて。
「家が伯爵家で、それなりにお金がある家に生まれたのも幸運よね。サンドイッチの由来を調べるために、貴重な本をこんなにも取り寄せられるなんて」
古今東西、あらゆる国の本で『サンドイッチ』にまつわるものを探してみた。何でもいい。ほとんど料理のレシピ本ばっかりだったけれど、それでも問題なし。見つけたいのは、一番古い記述なのだから。
伯爵家の嗜みとして隣国の言葉くらいならある程度辞書がなくても読める。でも、さすがに別大陸の本までは読めなかったから、辞書を片手に読んで……それでも読めないものは、父に頼んで翻訳できる人を探してもらった。
そんな父が紹介してくれたのは、外交官として大活躍をしているヴィクトル様。私が色んな国の本を読みたいと言ったら、大陸中の言語に精通している彼を紹介してくれたの。
初めてお会いした時に、ヴィクトル様にたくさんのサンドイッチのレシピ本を渡して翻訳をお願いしたら、すごく笑われたわ。
「お嬢様はサンドイッチのスペシャリストになられたいのですか」
「別に? ちょっとサンドイッチの名前の由来を知りたくなったの。誰も知らないようだから、調べてみようと思って」
そう伝えたら、ヴィクトル様は真顔になった。
「たったそれだけのために、貴重な本をこんなにも取り寄せたのですか」
「それだけのためにですわ。でもこういうことを続けられたら、新しい世界を見つけられるかもしれないと思って」
サンドイッチだけじゃない。
この世界には、ジャガイモも、お米だって、醤油だってある。しかもお米ってタイ米とかじゃなくて、日本のお米に近い、大粒でふっくらした品種があるの。品種改良しないと絶対に食べられないやつ。これが自然に発達した技術なら感心するけれど、名前がちゃんと「コメ」なの。絶対に確信犯。
私は確信してる。
この世界にはきっと、地球からの転生者が何人もいるんだって。
今、私と同じ時代に生きているかは分からない。品種改良なんて、何世代も越えてやってきたことだと思うから、お米を見つけた人はきっと何百年も前の人かもしれない。それにお米が主流の地域は、私が生まれたこの国とは別の大陸にあるらしいから、調べに行くにはまだちょっと勇気がいる場所で。
だから手始めにサンドイッチを調べているだけ。
サンドイッチを調べて、もし名付け親の人を見つけたらその人の生涯を調べて……そして確信したら、リストにしてみるのもいいかもしれない。
『転生者便覧』みたいな。
そういうものを作れたら素敵だな、と思って。
「面白い試みですが、それだけのために時間とお金をかけるのは、酔狂ですね」
「酔狂でしょう? だって私がしたいだけですもの」
たとえば私の夢が叶ったとして、本当に転生者の便覧が作れたとして。それをこの世界の人が読んでもその意味は分からないと思う。
でもそれでいい。
たまたま、いつか、私と同じような転生した誰かの手元に渡ることもあるだろうから。その時に私の隠れたメッセージを受け取ってもらえれば。
「なので翻訳しながら、私の言語の先生になってくださいな、ヴィクトル様。貴方も外交官としてお忙しいでしょうから、私の人生をかけた趣味にお付き合いさせるのも忍びないもの」
そう伝えたら、すごく奇妙なものを見る目をされた。それからちょっと考えるような素振りをされて。
「もし、貴女のその趣味とやらが本気なら。外交官になってみませんか?」
「はい? そんな話してませんけど……」
「外交官になったら、色んな国に行く機会も増えます。各国の言葉の勉強をするなら、一番の近道ですよ」
そう言われると、たしかにそうかもしれないと思えてくるけど。でも、普通の令嬢が外交官になるなんて……聞いたことない。
うーん、と悩んでいると、ヴィクトルはさらに私に誘惑の言葉をかけてきて。
「色んな国に行くということは、自分の目で直接文化に触れられるということです。この国では見つけられないものも、見つかるかもしれませんよ」
そこまで言われてしまうと、外交官、やってみても良いかもって思えてくる。私、本気で転生者リストの編纂、やってみたいかも。そうしたら、外交官って立場はすごく良いのでは? 便利なのでは!
私は決意した。
「外交官、なってみます」
「そうこなくては」
これは夢を叶えるための手段。
前世もこうして生きられたら、もっと楽しく生きられたのかもしれないな、と思った。
❖ ❖ ❖
外交官って結構忙しい。
やってることって通訳だけかと思ったら、外国の重鎮の接待とかもしないといけない。女性のいない職場だからか、国家行事などで賓客のご夫人もいらっしゃると私が最優先で駆り出される。こんなんじゃ、趣味のために外交官になったのに本末転倒。
そう思ってた矢先のことだった。
『君、本当にエルパダ語ができるんだね。どうして言葉を覚えようと思ったのかね。エルパダ語なんて、君の国からみたら辺境の小国だというのに』
『ただの趣味です。サンドイッチの由来について調べていたら、エルパダ国が発祥の地じゃないかって行き当たって』
国際会談とともに開催された、親睦を目的とした夜会で、エルパダ王国の外交官の方と話す機会ができた。
ここまでくるのに、サンドイッチの由来を調べ始めて約一年。レシピ本の分布と、発刊の時代と、レシピ伝播の流れと、諸々照合して浮き出てきたのが、エルパダ王国。ここが発祥の地だと推定できたのはほんの二ヶ月前。
だけどエルパダ王国は私たちの住む国からはちょっと遠い国で、あまり話も入ってこない。どうしようと思っていた矢先、大陸連合に新興国が加盟するということで、国際会談が行われた。その会談にエルパダ王国の方も出席すると聞いたので、ヴィクトルに根回ししてもらい、こうしてご挨拶ができまして。
『面白い方だ。サンドイッチの由来を探して、エルパダに興味を持ってくださるとは。サンドイッチなんて我々も当たり前に食べてきたものだが……発祥の地かと言われると気になるな』
『私、どうしてもサンドイッチの由来が気になって夜も眠れないくらいでして……こうしてエルパダの言葉を学ぶくらい、気になってしまったんです』
『本っ当に面白いね! そこまで仰るなら、私のほうでも調べてみよう』
私は心のなかでガッツポーズ。
もし進展が分かったら連絡いただけませんか、と名刺を交換しあって、その日の夜会は終わった。
❖ ❖ ❖
サンドイッチの由来が行き詰まったので、今度はお米の発祥の地を求めて調べ物をしていたある日のこと。
すっかり忘れていたエルパダ王国の外交官の方から、小包が届いた。そこに入っていたのはお手紙と、一冊の本。
『フェリシア様。そろそろそちらは肌寒くなる季節でしょうか。以前の国際会談の夜会にてお話したサンドイッチについて、お伝えしたいことがありますのでお手紙を差し上げました』
私はびっくり。本当に調べてくれるかどうかは五分五分だったのに、こうして調べてくれたらしい。あの外交官の人、すごく良い人だった。ヴィクトルに報告して、次機会があったらまた私を呼んでほしいと伝えないと。
そう思いながら手紙を読み進めて。
手紙に綴られていた事実に、私は泣きそうになった。
『サンドイッチを命名したのは、エルパダ王国の東にあるイーギャという町の〝トーキョウ〟というパン屋でした。老舗のパン屋のようで、今の店主は六代目だとか。サンドイッチを命名した初代店主の手記があるのですが、どうも古語かなにかで読み解ける者が誰もおらず。サンドイッチのためにエルパダ語を学ばれたフェリシア嬢ならもしやと思い、その手記の写しを同梱しました。もし解読ができましたら、私にも教えてくださいね』
トーキョウって。
絶対に東京だと思った。
それから、手記の写しだという本を開いてみて、笑ってしまう。
「日本語だわ」
一頁目には『日記って恥ずかしいから、誰も読めない文字で書いてみることにした』と書いてある。そんな理由で書かれた日記だけれど、私はそれがとても嬉しい。
「やっぱり、この世界には私みたいな人が時々いるのね」
それなら俄然、やる気が出てきた。
私はペンを取る。ちゃんとリストとして残すなら、長く残るもので書き残したいと思って取り寄せた、最高級の羊皮紙とインク。それを取り出して。
「はじめまして、この世界のサンドイッチ伯爵。あなたは私が見つけた一人目です」
どこかにあるはずの、幻の故郷。
この世界に、どれだけ同じ故郷を持つ人がいるんだろう。
私は新しいものをこの世界にもたらすことはできない。でも、見つけられた。サンドイッチのように、こういった人たちの人生を集めることはできるから。
「こういう異世界転生も、ありでしょう?」
それを今世での生き甲斐にしていきたい。
(2025/06/03追記)
最後までお読みくださりありがとうございます。
たくさんの方からお声をいただきまして、連載版を投稿することにしました。
突発的な短編投稿だったので、連載版ものんびり更新となりますが、他の転生者の足跡も気になる方は、ぜひ連載版もよろしくお願いします!