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守りたい人、守られる僕

いつもより登校遅くなりすみません。

風邪を引いてました。

 灰が降り積もる。小さな広場一面くらいに。


 その中心で、軀方さんはただ、そこに立っていた。

 何も言わず、何もせず、ただ静かに背を向けて。

 その先にいるのは、さっきから舞い降りる灰をボーッと見つめる実験体―――。

 僕は校舎に寄りかかり、息を荒げるだけで精一杯だった。


 「……くっ……!このままじゃ、軀方さんが―――!」

 

 力が入らない。

 足が鉛みたいに重くて、一歩すら踏み出せない。

 情けない。助けなきゃって気持ちはあるのに、体が追い付かない。

 なのに―――


 「No.11は、そのまま待機」


 背中越しに、軀方さんが低く、冷たく告げた。


 その一言で、心臓がぐっと掴まれたような感覚。

 意識が呼吸から軀方さんへと移る。


 やっぱり……さっきからおかしい。


 ついさっきまでは、どこか頼りなくて、ちょっとドジっぽい雰囲気すらあったのに。

 今は冷たい。冷たすぎる。

 まるで感情の温度を零下までおとしたみたいな、無機質さ。


 ……これが、軀方さん?

 イレブンギアの一員だって、冗談だと思ってた。

 

 だけど―――


 目に見えない攻撃を躱した動き。

 僕のケガにも一切動じない冷静さ。

 殺意を向けられても微動だにしない、その背中。


 全部が、異常だ。


 あまりにも、戦い慣れしている。

 こんな状況に、まるで動じない。

 

 一体、軀方さんって何なんだ?


 「……殲滅、します」


 「キヒヒ……!」


 「…………………」


 軀方さんは、まるで何気ない散歩みたいに、ゆっくりと歩き出す。

 灰が舞い散る中、その歩みは世界の時間さえスローモーションに変えてしまったかのようで―――。


 「殲滅だぁ?獲物がイキがってんじゃねぇよ!」


 実験体の体が歪む。

 次の瞬間、視界がブレて、パラパラと灰が砕けた音。

 実験体が僕と軀方さんの間に現れていた。


 さっきより、圧倒的に速い。

 

 「……あれぇ?」

 

 だけど、戸惑った声を上げたのは実験体の方だった。

 自分の手足を見下ろし、キヒヒと不気味に笑いだす。


 「キヒヒ……速くなった、速くなったぁ!いつもより、ずっとぉ!」

 

 ……加速?

 ナノパーツのシンクロが、この土壇場で上がったのか?

 タイムアルバムで止められたら……いや、今は弱音を吐いてる場合じゃない!

 何か、何か出来ることが―――!

 

 僕の焦りをよそに、実験体の笑い声を響かせる様は、壊れたオモチャのようだった。


 でも、そんなの関係ないみたいに、軀方さんが呟いた。


 「アナタの能力向上ではなく、グレイステップの能力の副産物、です」


 「はぁ?何だそりゃ?」


 「この灰に触れると……〝加速〟します」


 灰に触れると加速……?それって、どういう?


 「それじゃぁ、お前、俺をパワーアップさせただけじゃねぇか!」


 実験体が吠えるように叫んだ。

 確かにその通りだ。

 この状況で、更に加速させては不利になるだけ。

 何考えてんだ、軀方さん。


 「キヒヒ……どれだけ速くなったか、お前で実験だぁー!」


 実験体は狂ったように叫びながら、再び消えた。


 灰が砕け、閃光のような軌跡を描く。

 速い。めちゃくちゃに!

 けど―――軀方さんはその軌跡を、ただ淡々と避け続けていた。


 「お、おかしい、速くなったのに、なぜだぁ!」


 ゼェハァと息を切らせ、校門側に姿を現した実験体に、軀方さんは当然のように。


 「アナタを見て、避けている、だけです」


 「はぁ?」


 言葉の意味が分からず固まる実験体。

 僕も同じ気持ちだった。

 だって、あの速さが見えているってことだろ?

 どういう動体視力してんの、軀方さん……。


 「ふ、ふざけるな!どうやったら見えるってんだよ!」


 「そんな事より、抵抗を辞めるのであれば、グレイステップを解除し命の保証はします」


 「はぁ?なんで俺が狩られる側なんだよ!獲物はお前だッ!」


 「そうですか……」


 淡々と軀方さんが呟く。

 

 「それでは、そろそろ終わりになります」


 「終わるのはテメェだぁ!キヒッ!」


 実験体の姿が消え、また高速移動を開始する。

 と、思われた時、ドサッと実験体が転んだ。


 「あれ?なんだぁ?」


 上半身を起こして不思議そうにしている実験体。


 「この灰は、触れたものの〝時間〟を加速させます。その結果、動きも速くなりますが、老化も進みます」


 「それがなんだってんだよ!」


 「つまり、アナタの体は急激な老化に耐えられず、立てなくなっています」


 「な、なん……」


 一歩、また一歩。

 ゆっくりと、でも確実に歩みよる軀方さん。

 実験体は後ずさろうとするが、体が動かない。


 「お、お前……なに、これ……」


 実験体を見ると、さっきまでツヤのあった肌は渇き、手足は枯れ枝のように細く、白髪が抜け落ちていっていた。


 「あ……あぁぁぁぁ……」


 「私に近ければ近いほど、加速は増す。つまり、私が触れれば……一瞬で」


 軀方さんが、実験体の頭に手を置いた。


 「や、やめ……たすけ……あぁ、かぁちゃ―――!」


 一瞬で、灰に。

 頭から、肩、腕、足へと、どんどん崩れ落ちていく。

 まるで砂時計の砂が零れ落ちるみたいに、消えていった。


 「……終わりです。殲滅、完了」


 グレイステップのつまみを戻し、軀方さんはようやく静かに息を吐いた。

 残されたのは、無機質なナノパーツと、灰の山だけだった―――。


     ◇

 

 戦闘が終わった安心感で、力が抜けてその場に崩れ落ちた。

 ……軀方さんのギャップとか、色々ありすぎて頭が追いつかない。


 「ゆ、唯一君っ!」


 その声に顔を上げると、軀方さんがよろめきながら走ってきてるのが見えた。

 あ、なんか、走り方が……めちゃくちゃドタバタしてる。

 必死すぎて、逆に可愛いって思っちゃうくらい。

 てか、これ、小動物系の動きじゃなくて、ただの運動音痴だ。

 ああ、そういうこと?

 軀方さん、単純に走るの苦手なだけだったのか……。


 「い、今すぐ、みんな呼んでくるから!」


 猫背でオドオドしてる姿が、僕の知ってる軀方さんそのものすぎて。

 なんか、めっちゃホッとした。

 ああ、よかった。


 ……って、あれ?

 頭がグラグラして、意識が沈んでいく―――そんな感覚が、ゆっくりと広がっていった。


 体がふわっと持ち上げられて―――シャンプーのいい匂いがした。

 え、なにこれ?


 「大丈夫、だからね」


 その声にハッとして顔を上げると―――え、え、え⁉

 僕、軀方さんにお姫様抱っこされてる!


 いやいやいや、これ逆じゃない?

 普通、こういうシーンって男が女の子を抱き上げるもんでしょ!

 ていうか、僕が軀方さん抱っこしてるシーン……うーん、絵面的にカッコつかないな……。


 そんなこと考えてる間にも事態は加速する。


 空間がいきなりスパッと切れて、御楽さんがスッと登場して、

 続けて内藤後藤が出てきたと思ったらナノパーツを回収し始め、

 過藤先生は目をキラッキラさせながら「オペの準備よぉー!」って叫んで、

 気付いたら僕、イレブンギアの術室に放り込まれて、注射打たれて、意識がブラックアウト。


 ……はい、終了。


 目が覚めたら、見慣れない天井。

 壁掛け時計が目に入って、時間は―――夜の二十三時。


 「お目覚めかしらぁ?」


 ぬうっと過藤先生が顔を覗き込んできて、にっこり笑う。

 え、怖っ。


 「唯一君はぁ、活発になったのは良いけどぉ、ケガしすぎかなぁ」


 めっちゃ笑顔で言われた。

 あー、確かに夏休みから数えて、結構お世話になってるな……。

 思わず苦笑いが漏れた。


 「でも、今回のはちょっと酷かったから、右手はナノパーツで骨格を補強したわよぉ」


 え、何さらっと言ってんの?

 っていうか、え、え?勝手に人体改造されてた⁉

 右手、骨格補強って何!サイボーグ化⁉いや、冗談じゃなくて!

 ……でも、軀方さん守れたし、名誉の負傷ってことで、ここは一旦納得しておく……?


 「それとぉ、あんまり無理しちゃだめよぉ?今回は軀方さんがいたから助かったけどぉ」


 おっしゃる通りです、先生。

 実験体の相手、一人じゃ無理だった。

 マジで危なかった。

 

 むしろ、僕が守られた側です。

 あの感じを見ると、実は軀方さん一人でなんとでもなった感が半端ないし。

 僕が一人で張り切った結果、大ケガした感じです。

 

 「唯一君はぁ、No.11なんだからぁ、No.1の軀方さんに任せるべきよぉ!」


 ―――えっ?No.1が軀方さん……聞き間違えかな?


 「……今、なんて言いました?」

 

 「だからぁ、〝No.1の軀方さん〟に任せるべきよぉ」


 「えっと、No.1っていうのは、、イレブンギアの序列のですよね?」


 「そうよぉー」


 え、えぇ?あのオドオドして気弱そうな軀方さんが?

 あんな運動音痴な走り方をする軀方さんが?

 し、信じられない。

 

 確かに、さっきの戦闘では尋常じゃない回避能力とオーパーツの性能を見せたけど。

 それにしたって、No.1かと聞かれれば、そんな感じはしないよ。


 い、一体、軀方さんって何者なんだ……?


 初登校、イレブンギア、軀方さんとの初戦闘、色々な事が一日に起きた。

 とてもじゃないけど、普通の僕にはあまりにもハードだった気がする。


 それでも、なんとか今日が終わってくれる。

 だから、とりあえず家に帰ろう。

 明日からが本番、なんだから。


 ―――こうして僕の無名学園、初登校は幕を閉じていった。

 軀方さんへの謎を深めながら。


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