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そして、イレブンギアは再起動した

 薄暗い会議室に、複数の影が集まっていた。


 「―――みんな、集まってくれてありがとう!」


 快活な声が、張り詰めた空気を弾いた。

 思わず背筋が伸びて、呼吸を忘れた。


 「では、そろそろ会議を始めようじゃないか!」


 声の主は―――三年生の九藤(くどう)吾亜(あつぐ)先輩。

 生徒会長だったって聞いた時、やっぱりなって思った。

 ハキハキした声の印象どおりだった。

 姿勢も声も完璧すぎる、まさに〝正しさ〟の塊だ。

 なのに、なんでこんな陰気な雰囲気の中にいるんだろう。

 ちょっと不思議だ。


 「お兄ちゃん、まだ一人来てないみたい」


 おずおずと手を挙げたのが、九藤(くどう)双杏(にあ)

 僕と同じ一年生で、九藤先輩の妹らしい。

 セミボブの髪が、彼女の静かな雰囲気によく似合ってる。

 声も小さくて、今にも消えてしまいそう。

 ただ、お兄ちゃんに似てるのか、瞳は輝いてて芯がありそうだ。


 「双杏さん、それは問題ありません」


 凛とした声で答えたのは、御楽(おんがく)名茶(めいさ)先輩。二年生だ。

 姿勢よく制服をきっちり着こなし、黒髪ロングをキュッと結んで、目線が鋭い。

 中でもひときわ目を引くのは、腰に差した一本の刀。

 それもあってか、近寄りがたい隙のなさがある。

 でも……巫女さんのかっちり和装姿も意外と似合いそう、なんて思ったりして。

 けど、僕がなにかミスしたら即・一刀両断されそうな雰囲気だ。

 

 「今日、新しい子は欠席なのよぉ」


 優しげな声に、パステルグリーンのカーディガン、そして丸眼鏡。

 夏休みの訓練でケガをした時にお世話になった、過藤(すぎふじ)丹狗(たみこ)先生。

 いかにも『保健室の先生』って感じだけど、たしか担当は生物。

 優しいのに、ケガを診る時の目がちょっと怖い。

 ま、生体研究員だったっていうし。


 「ハァ……まだか?眠いんだけど……マジでさ」


 気だるげな声を出してるのは、繰取(くりとる)李詵(りしん)先輩。二年生だ。

 製薬会社の御曹司だったかな、すらっとした長身に、美形の顔立ち。

 けど、今の姿は不機嫌そうなイケメンにしか見えない。

 寝不足なのか、とにかくダルそうにしてる。


 「「早く終わらせて、ご飯食べたいー!」」


 元気な声が、ぴったり重なって響いた。

 僕よりも小柄な二人組。

 顔がそっくりで、どうやら双子らしい。

 名前は……内藤(ないとう)後藤(ごとう)、だったかな。

 テンションが完全にシンクロしてて、制服でしか見分けがつかない。


 あれ……ちょっと待て、これって十一人いるよな?

 ……おかしい、何度数えても、やっぱり十一人だ。


 「内藤さん後藤君は、一人扱い……だよ」

 「な、なるほどね」


 どうやら、僕がキョロキョロしているのを見て、軀方さんがそっと教えてくれたらしい。

 なんかもう、普通に接してくれてるけど……これ、僕が〝初見〟なのバレてない?


 「休みが長いと……忘れちゃうこと、あるよね」


 あ、バレてない。

 やっぱり軀方(くがた)さん、天然なんだなぁ……。

 うん、たぶん好感度補正も入ってるけど……この人、絶対〝大丈夫なヤツ〟だ!

 

 「そういう事で、早速会議を始めていくぞ!」


 改めて背筋が伸びた。

 周りのメンバーも同じようで静かになる。


 「さて、みんなも知っている通り、我々イレブンギアは一度―――


 ――――壊滅した」


 僕の体から、一気に血の気が引いた。

 でも周りのメンバーはなんだか、まぁそうだよね、みたいな反応だ。

 なんだろうこのギャップ?


 「原因は前リーダーの有里(あさと)冬守(ふゆもり)にあるのだが……」


 有里冬守―――この人は、僕も面識がある。

 入学式の日に声を掛けてきた初めての在学生。


 そこから先の記憶は、まるで切り取られたみたいにない。

 

 気付けば、季節は夏休みだった。

 手には見覚えのないオーパーツ―――タイムアルバム。

 

 彼とは何があったのか、どうして僕がこれを持っているのか。

 考えたって答えは出ない。

 あの時の彼の笑顔が、何かを隠していたように思えて仕方がない。

 だから、本人から色々聞きたい。


 「現在、イレブンギア壊滅と同時に行方不明だ」


 ウソ、でしょ……。

 それじゃ、真相がわからない。


 九藤先輩の話、ざっくりまとめると―――

 有里時代のイレブンギアは、倫理?命?そんなもの全部、踏みにじってたらしい。

 そして、ある生徒を研究しようとしたらしい。

 そしたら、それを阻止しようとした一年生と、その仲間に壊滅させられた……らしい。

 しかも、その一年生は体一つで戦うとか……。

 とにかく、規格外の組織が、これまた規格外の奴らに負けた。

 それだけなんだとか。


 なんだよそれ、笑えないギャグじゃん。

 この学園、絶対まともじゃない。

 イレブンギアの戦闘力がどうか知らないけど、その一年生の戦闘力ヤバすぎるでしょ!

 ただただ、触れてはいけない情報に早速触れて冷や汗が出る。


 ……まぁ、話の流れ的に反省しました、って事かな?

 そう考える僕をよそに、九藤先輩の話はどんどん進んでいく。


 壊滅騒動の反省を踏まえて、行方不明になったナノパーツやら、実験体の回収。

 敵対組織がまだいるから、それに備える。

 学園やその周辺の平和を守る。


 要するに―――

 今度は【正義の味方になりました】、ってこと……なのかな?


 「ということで―――ここに、新生イレブンギアを、再起動する!」


    ◇


 拍手とかは特になかったけど、少しだけ場の空気が明るくなった気がした。


 「んで、九藤。再起動はいいけどよ、メンバーの〝序列〟はどうなってんだ?」


 蓮田先輩が、椅子を揺らしながら聞いた。


 「序列……?」


 「んぉー、なんだ唯一。序列ってのはナンバーの事だよ、忘れたか?No.1が一番強くて、No.11が一番下っつーか、ま、最弱扱いってことな」


 「ナンバー……?」


 ますます訳がわからなくなって、九藤先輩の方を見る。


 「唯一君はそういうの興味が無かったもんな。改めて説明すると、戦闘での成果や能力値、対戦データなどから出る順位だ。常に変動するわけではないが、任務や対戦成績などから入れ替えもあり得る。今回のようにメンバーの入れ替えもそうだな」


 さらっと言ってるけど、つまりそれって―――

 僕の順位も、そこに入ってるって事?


 「ちなみに俺は引き続きNo.3、蓮田はNo.4のままだ」

 「ちぇっ、ちょっとは上がってるかと思ったのになぁ。最近の活動しらねぇのかよ……まぁいいや、御楽はどうだった?」


 「私はNo.8になりました」


 御楽先輩が、手元のファイルを閉じながら淡々と答える。


 「序列……なんて制度、あったんですね?」


 「当然です」


 今度は蓮田先輩が肩をすくめた。


 「実力の目安は必要だろ。っても参考程度だけどな」


 「な、なるほど……」


 そっか、戦闘力順か。ん、まて、つまり僕は―――


 「ちなみに、唯一はNo.11だぞ」


 蓮田先輩の一言にやっぱりな、と納得する。

 けど、みんなはなんか気まずそうにしてるな。


 「だってお前、戦闘になるといつの間にか消えてるしさ」


 メンバーのみんなもウンウンと頷いてる。

 あ、はい、そうですよね。

 一学期の僕も、戦闘は苦手だから極力避けていた、って言ってました、はい。


 それよりも、会長が三番目って、ちょっと意外かも。

 リーダーみたいだったから一番目かと思ったのに……。

 それじゃ、一番目は誰なんだろう?

 ……まぁ、そもそも誰の実力も―――


 ビィーッ、ビィーッ‼


 ―――耳をつんざくような警報音が響いた。

 

 うわっ、なんだ!

 突然の音にびっくりしていると―――


 『―――警告、警告!無名学園に向かって高速で接近する物体あり』


 この平和な空気が、一瞬凍り付いた。

 円卓の中央モニターに映像が出る。

 確かに普通では考えられない速さで、何かが向かっている。

 なんだこれ?

 

 「ミゴちゃん、何か分かるか?」


 九藤先輩が、AIのミゴちゃんに訊ねた。


 《目標確認。高速で接近しているのは紛失した高速移動型のナノパーツを装着した実験体です》


 少しブレてるけど、高速移動体の姿が映った。

 ヒョロヒョロのノッポが、足に仰々しい装置を着けてる。


 「早速、我々の仕事だな。さて、誰が向かう?」


 まるで、ジュースを誰が買いに行く?みたいな、ノリで言う九藤先輩。

 そんなに軽い感じなの、コレ?

 蓮田先輩と形田先輩なんて「お前行けよー」「嫌ですよー」みたいにじゃれ合ってる。

 この程度の事、メンバーからしたら余裕なのかもしれないな。

 ここはみんなの出方を見て、出来れば誰かの能力も見れたらラッキーだね。

 僕は静観を決め込んだ。


 ―――クイックイッ!

 袖が引っ張られる。

 

 「唯一君、唯一君……」


 耳元で名前を囁かれる。

 緊張感に欠ける、高身長オドオド天然系女子の軀方さん。


 「はいはい、どうしました軀方さん?」


 「……多分あのナノパーツ、唯一君が作ったのじゃない?」


 うぐっ!

 なんとなく装置に見覚えあるなーって思ったらやっぱりか。

 一学期の〝僕〟が開発したナノパーツの資料に、アレと同じ形の装置があった気がしてた。

 まさかピンポイントで当たるとは……。


 僕ではない〝誰か〟のやった事。

 そう思って切り捨ててしまう事も出来る。

 けど、それは関係ない。

 どんな形でも、誰かが悲しむような事があってはダメなんだ。

 僕は正義のヒーローなんかじゃない。

 だけど、〝誰かを助けて良いのはヒーローだけ〟じゃないはずだ!

 これは償いにしかならないかもしれない。

 なら、なおさら、やらなきゃならない。

 一学期の僕の清算、そして自分を取り戻す為に!


 「僕が行きます!」


 メンバー全員がエッ!って顔してる。

 そうですよね、珍しいですよね。


 「……じゃあ、私も」


 軀方さんは、なんで?


    ◇


 いつの間にか、もう夜になっていた。

 静まり返った校庭には、昼とは違う冷たい寂しさが満ちていた。

 

 つまり、これは現実逃避だ。

 今から僕は―――初めて戦うんだ。

 夏休み中に訓練はした。

 そのたびに、ボロボロになった。

 だから、できないこともないと思ってる。

 でも、やっぱり緊張するよなぁ。


 僕は拳をギュッと握り締め、覚悟を決めた。

 

 僕にできることは、とても少ない。

 でも、高速移動を得意とする相手には、相性が良い。

 僕のタイムアルバムは〝時を止める〟ことができるんだから。

 時間ごと止めてしまえば、速さなんて意味をなさない。

 これ以上ない、初陣だ。

 タイムアルバムが、どこまで通用するか―――試してみよう。


 それから、僕の〝負の遺産〟―――ナノパーツを回収して、実験体を止める。

 いつこうなってもいいように、準備だけはしてきた。

 まさか、こんなに早く来るとは思わなかったけど―――大丈夫。きっと。


 でも、そんな事より、気になって仕方ないのは……。


 「……大丈夫?唯一君」


 なぜか、僕の袖をつかんだまま、隣に立つ軀方さん。

 いや、軀方さんこそ大丈夫?怖いんじゃないの!


 「えっと、僕は平気ですけど……軀方さんは、本当に大丈夫ですか?」


 「……うん、大丈夫」


 ……なら、いいんですけど。

 

 でも、こうして並んで立つと、改めて思う。

 本当デカいな……。

 僕が百六十センチで、軀方さんは百八十センチくらい。

 頭ひとつ分くらい、違うのかな。

 でも今は、猫背でプルプル震えてて……巨大な小動物みたい。

 僕がNo.11ってことは、軀方さんもきっとそんなに上じゃないよなぁ。

 ……なんで、ついて来たんだろ。


 「そんなに見つめられると……恥ずかしい、です」

 

 あ、はい、すみません。

 まじまじと見過ぎました。


 視線を正門に向けようとした―――その瞬間。

 軀方さんの手がパッと袖から離れた。

 

 瞬間、さっきまで静かだった校庭の空気が変わった。

 同じ場所のはずなのに、でも、違う。

 〝何か〟が、変だ。


 「……カン、カン」


 小さな音がした。金属を石で叩くような、硬い音。

 

 風のせい―――じゃない。


 軀方さんの背筋が伸びた。


 「……あ、来た」


 その声が合図だったかのように。

 ズザーッ、という音とともに、正面の陰から―――

 ―――いや、最初からそこに〝潜んでいた〟ように、闇からヌルリと姿を現した。


 痩せた胴体、異様に長い手足。

 足には黒い歪な靴型、胸にはコアが露出したナノパーツ。


 実験体―――!


 僕達の姿を確認したソレは、ニヤァと顔を歪ませた。


 初めての実戦。初めての〝敵〟。


 でも……僕は、やるって決めたんだ。


 ベルトに括り付けてあるタイムアルバムに触れる。


 「……行くよ、タイムアルバム」


    ◇


 さっきとは違う静けさを漂わせた校庭。


 実験体はしばらく僕達を見ていたが―――


 「たった二人か……こりゃすぐだな」


 と、残念そうに呟いた。


 「まぁ良い……キヒヒ」


 言葉を話せるという事は、まだ意志の疎通が出来るかも。

 もしかしたら話し合いで解決出来るかもしれない。

 そう思った僕は


 「あの―――」


 「唯一君、説得とかは無意味だよ」


 軀方さんが僕の言葉を遮った。


 「でも、戦わなくて済むかもしれないです」


 「―――もう遅いの。そういう段階じゃ、ない」


 今までの軀方さんからは想像も出来ないほど冷たく言われた。

 でも、相手はただ助かりたくて来たかもしれないのに。

 諦めきれなくてまた声を掛けようとした時。


 「キヒヒ……この女は何秒で壊れるかな……キヒヒヒヒヒッ!」

 

 まるで狂った人形だった。

 笑ってる―――けど、目が笑ってない。

 でも、異常に充血してる。

 なにこれ、気持ち悪い。

 顔の筋肉が痙攣してるのか、口元がひきつって歯茎まで見えてる。

 犬歯が異様に長くて、あれで噛まれたら簡単に喉が裂けそうだ。

 肩が小刻みに震えてるのは、呼吸が速すぎるからか、それとも興奮を抑えきれないのか。

 ―――〝破裂寸前の爆弾〟のようだ。


 「だから……ダメなの。あの人たちは―――元、死刑囚だから」


 軀方さんの声も、どこか沈んでいた。

 そして、一歩前に踏み出した―――


 「キヒヒッ!」


 耳障りな声を残して一瞬体がブレた実験体が、消える。


 ―――息を止めた。


 瞬間―――


 世界が止まった。

 風が止まる。

 音が消える。

 砂が宙に浮いたまま。

 校舎の影も、止まってる。

 木の葉も、空中でピタリと静止。

 息が苦しい。

 でも、僕は動ける。

 重い。

 空気がゼリーみたいだ。

 足が沈む。

 腕が遅れる。

 だけど、動く。

 軀方さんのすぐそこに、手がある。

 伸びきった、実験体の腕。

 首に触れる寸前。

 時間が、まるで壊れた彫刻だった。

 

 守らなきゃ。


 手を伸ばす。

 その指先が、彼女の手に触れた。

 引っ張った。

 全力で。躊躇なく。

 僕の後ろへ。

 軀方さんの身体が、僕の背後に倒れ込む。

 ギリギリだった。

 あと一秒遅れていたら、間に合わなかった。


 限界。

 もう息が、もたない。


 吸う。

 動き出す時間。

 倒れないよう踏み止まる軀方さん。

 ザッ、と眼前を通り過ぎる実験体。

 その風圧が肌を打つ。


 すぐに軀方さんを背後に据えて、実験体に向き直る。

 

 貝柱(かいばしら)先輩に比べればそこまで速くない。

 でも、殺意が籠ってる。

 明らかに実験体は軀方さんの首をへし折ろうとしていた。

 

 倒さなきゃだめだ。


 でも、まずは無傷で守り抜く。

 

 僕はヒーローじゃない。

 軀方さんの知ってる〝僕〟は、今の僕じゃない。

 軀方さんが信頼してくれてる僕じゃない。


 だけど、守るんだ。

 

 僕の身体が、静かに熱くなる。

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