軀方さんの部屋と、言えない僕の秘密
開かれたドアの向こう。
柔らかな日差しが、白いカーテンを透かして部屋の中に溶けていた。
時間は十三時を少し回った頃。
窓から入る空気は澄んでいて―――その中に、かすかに軀方さんの匂いが混じっている。
……落ち着かない。
窓際の机、本棚、チェスト、ベッド。
きちんと整った空間。
その中で、ひとつだけ目を引いた。
古びたクマのぬいぐるみ。
継ぎはぎだらけで、ところどころ糸の色も違う。
でも―――それが、やけに大切にされている感じがして。
「……そんなに見られると恥ずかしいかも」
「あ、いえ!綺麗なお部屋だなって思って!」
本当だけど、実はクマも気になってる。
「と、とにかく入ってほしいな」
「し、失礼します!」
「畏まりすぎだよ、唯一君」
くすっと笑う軀方さん。
……その笑顔の破壊力、反則では?
部屋に入ったはいいけど、どうすればいいのか分からない。
「ここに座って」
渡されたクッションを受け取り、言われた場所に座る。
―――と思ったら。
軀方さんが、当然のように僕の隣に座った。
近い。
思ったより近い。
けど、あのほっぺのときよりは遠い。
「なんか落ち着かないね?」
「お、お友達の部屋ってソワソワしますよね」
「そうなんだ?私、お友達いたことなくて……」
時間が止まる。
やらかした。
「あ、えっと、僕!女の子の部屋って初めてで!」
「私も、男の子がお部屋にいるの初めて……」
沈黙。
心臓の音がやけに大きい。
妹の部屋なら平気なのに、どうしてこうも違うんだ。
横を見ると、軀方さんが指先をいじっている。
……かわいい。
いや、落ち着け僕。
センチメンタルになりかけた、そのとき。
「……そういえば」
軀方さんが、少しだけ真面目な声で言った。
「唯一君って、私のこと〝女の子〟って言うよね?」
「え?だって女の子ですよね?」
「私、唯一君より背が高いよ」
「それは関係ないです」
「どう関係ないの?」
純真無垢な瞳。
僕は一瞬だけ迷ってから言った。
「背が高くても、僕にはか弱い一人の女の子に見えるので」
言ったあと、顔が熱くなる。
「……そうなんだ」
嬉しそうに目を細めた。
そして、小さく。
「唯一君は、ちゃんと男の子なんだね?」
その表情が、急に大人びて見えて。
僕は、目を逸らせなかった。
ふわり、とカーテンが揺れる。
空気が、少し変わった気がした。
◇
沈黙を破るように、軀方さんが飲み物を持ってきてくれた。
仕切り直し。
一口飲むと、オーバーヒート寸前だった頭が少し冷える。
……よし、平常運転。
「またそういえばなんだけど、唯一君いい?」
今日は話題が急カーブすぎる。
「は、はい」
「唯一君、二学期から別人みたいだけど、どうしたの?」
ぶふっ。
危うく吹き出す。
「大丈夫⁉」
「だ、大丈夫です……」
核心。
一学期の僕は、僕じゃない。
精神を乗っ取られていた―――なんて言えるわけがない。
言えば、どうなる?
イレブンギアに知られたら?
処遇は?
最悪、消される?
笑えない未来が脳裏をよぎる。
だから、探る。
「どんな風に違いました?」
「前はね、世界が全部実験材料みたいだった」
……痛い。
「今はどうです?」
「ちゃんと、誰かのために怒れる人」
そんな風に、見えていたんだ。
「買い被りすぎですよ」
「でも、守ろうとしてくれるから」
即答だった。
「女の子を守るのが男の子だと思うので」
「それ」
くすっと笑う。
「前は、そんなこと言わなかった」
なるほど。
ここまでの違和感なら、セーフ。
用意していた言い訳を出す。
「高校生になって、ちょっと気分が上がってたのかもです」
「それが落ち着いたの?」
「夏休みに振り返る時間があったので」
本当は、一学期の〝僕じゃない僕〟を辿る時間だった。
「唯一君えらいね」
その笑顔が、刺さる。
騙している。
守りたいと言いながら、守っているのは自分の立場。
その矛盾が、胸の奥に小さな溝を作る。
もし、本当のことを知ったら、今みたいに隣に座ってくれるだろうか。
《今はまだ、これでいいんだよ》
ミゴちゃんの声。
救いか、甘えか。
分からない。
でも。
隣で笑う軀方さんを見ていると―――
今は、それでいいと思ってしまう。
服装が違っても。
場所が教室じゃなくても。
僕と軀方さんは、僕と軀方さんだった。
それが、嬉しかった。
どうも、雁木真理です。
いつもお待ち頂き、ありがとうございます。
少し遅くなりましたが、今回も無事更新できました。
このエピソードも、皆様の暇つぶし程度になってましたら、幸いです。




