軀方さんの家はドキドキでいっぱい
軀方さんと約束した日曜日。
あれから数日。
結局、あの〝ほっぺの件〟は聞けないままだ。
そして今。
僕は軀方さんの家の前―――マンションのエントランスに立っている。
少し早く来てしまった。
……いや、正直に言おう。
緊張している。
部屋番号は教えてもらっている。
入力して、呼び出しボタンを押すだけ。
それだけなのに。
指が震えてる。
女の子の家って、こんなにハードル高いの?
約束まで残り五分。
もう迷ってられない。
深呼吸して番号入力、呼び出しを押す。
……数秒。
「―――はい。あ、唯一君」
スピーカー越しの声。
一瞬で、心拍数が跳ね上がる。
「待っててね、今開けるから」
スーッと、自動ドアが開いた。
「それじゃ、お部屋で待ってるね!」
いつもより明るい声。
僕は吸い込まれるように中へ入った。
◇
五階。
表札を確認する。
『軀方 高継』
―――ピンポーン。
「はいはーい!今出ますよー!」
……あれ?
軀方さんの声じゃない。
ガチャリ、と扉が開く。
そして、時間が止まった。
「あらー、あなたが魑瑠のお友達?」
ワイングラス片手。
下着姿の大人の女性。
とてもニコニコ。
状況整理。
部屋は合ってる。
表札も合ってる。
目の前の人は服を着ていない。
結論。
情報量が多い!
「かわいいわねー」
やめてほしい。
今それどころじゃない。
この人が高継さん?
え、元研究員?
研究員って、こんな感じ?
「うわわ、高継さん今日はお客さん来るから服着てって言ったのに!」
救世主、軀方さん登場。
「慌ててどうしたのよ魑瑠ー」
そのまま二人は奥へ消えた。
玄関に取り残される僕。
……どういうテンションで待てばいいんだろう。
仕方なく、僕は玄関マットの模様を数えることにした。
◇
「ご、ごめんね唯一君。お待たせ」
数分後、何事もなかった顔で迎え入れられた。
そして、リビングへ通される。
今度はちゃんと服を着た高継さんがいた。
黄色いランニングシャツにデニムのショートパンツ。
チラチラのぞく胸元のせいで目のやり場に困る。
「あらー、何度見てもかわいいわねー!うふふ高継よー、よろしくー!」
「あ、えっと、唯一です」
「あらあらー、硬くなっちゃってー!女の子のお家は初めてー?」
「もう高継さん!そういうのやめてください!だから今日はお酒飲まないでって言ったのに!」
軀方さんが赤くなる。
ワイングラスはしっかり握られている。
〝飲まないで〟とは何だったのか。
「そんなことよりー、唯一君は今日の魑瑠見て何もないのー?」
ぐいっと軀方さんを前へ。
改めて見る。
白いシャツ。
淡い青のワンピース。
制服じゃない軀方さん。
……あれ。
すごく清楚。
そして破壊力。
「ほらほらー、黙ってないで男の子ならなんとか言う!」
「あ、えっと……今日の軀方さんもキレイです!」
「あわわ……ありがとう」
もじもじしはじめる。
巨大な小動物モード。
いつもの軀方さんだ。
ちょっと安心した。
◇
三人でリビング。
高継さんはワイン。
軀方さんはぽーっと。
僕はお茶を無限に飲んでいる。
《唯一君、なんか喋らないと?》
イヤーカフからミゴちゃんの声。
「分かってるけど、入り方が……」
「おやー、誰かとお話かな唯一君」
高継さんの視線。
イヤーカフ越しだから、僕だけが喋ってるように見えるよな。
「あ、えっと、高継さんは元イレブンギアの研究員なんですよね?」
強引に本題へ。
「そうだけど、それがどうしたの?」
「僕は今、イレブンギアのメンバーで―――」
「知ってるわよ。魑瑠のヒーローなんでしょ?」
「ちょ、高継さん!」
軀方さん、真っ赤。
「えー、一生懸命守ってくれるのが嬉しいって―――」
「わーわー!」
やめてほしい。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
「魑瑠にも春が来たんだなーって思ったけど、違うの?」
「違います!唯一君は弟みたいで可愛いけど、違います!」
……おうふ。
心にクリティカルヒット。
無自覚の刃に貫かれて、がっくりと肩が落ちる。
「あらー、ショック受けてる。可哀想ー」
「え?あっ!違うの唯一君、あのね、えっと、とにかく違うの!」
「……は、はは、大丈夫です」
大丈夫じゃない。
別に、軀方さんをそういう風に見ていたわけじゃない。
けど、なんていうか、こう言われるとショックだ。
《……元気出して、唯一君》
AIに慰められる人生。
◇
「で、私に何の用なの?」
高継さんが急に真面目になる。
「あの……軀方さんのことを」
「本人に聞けば?」
「分からないことみたいで。資料も黒塗りで」
「権限外ってことでしょ」
核心だった。
「知らない方が身のため、ってやつよ」
正論だ。
でも。
「本人にまで隠す理由が……」
「早いのよ、まだ」
じっと見られる。
「探求心はいい。でも、触れちゃいけない境界もあるわ」
そして、ぴっと指を立てる。
「ミゴが開示しない理由、考えた?」
「……あ」
確かに。
ミゴちゃんは、教えてくれない。
できないんじゃない。
しない。
「それが答えに近いわね」
高継さんがワインを飲む。
会話終了の合図。
「ま、せっかくだし魑瑠の部屋でお話でもしてきたら?」
僕と軀方さん、同時に硬直。
「んふふ~、若い子は若い子同士でねー」
ひらひら手を振り、自室へ消えた高継さん。
静寂。
軀方さんを見る。
顔が真っ赤だった。
「あ、あ、えっと……私のお部屋に行く?」
「あ、はい」
立ち上がる。
リビング、広い。
廊下、長い。
体感距離、三倍。
世界が魚眼レンズ。
足がふわふわする。
「……ここが、私のお部屋」
プレートには『魑瑠の部屋』。
心拍数、限界!
「ど、どうぞ」
ドアが、ゆっくり開いた。




