最弱ですが、軀方さんの唇は守りました!
ネクタイを緩める。
ゆっくり、深呼吸。
―――落ち着け。まだ始まったばかりだ。
昼休みの教室は異様に静かだった。
さっきまでのざわめきが嘘みたいに消えている。
突然始まった、杷生とのオーパーツバトル。
目立ちたくなんてなかった。
〝学園最弱〟。
その肩書きで、静かにやっていくはずだった。
なのに。
軀方さんが、自分のキスを賭けた。
しかも戦うのは僕。
意味が分からない。
本当に分からない。
でも―――
ここで逃げたら。
彼女を守るなんて、二度と言えない。
僕は杷生を見る。
余裕の笑み。獲物を見る目。
最弱相手、と全身で語っている。
……キスどうこうより、そっちに腹が立った。
ホルスターから六号を抜き、首筋へ。
―――プシュッ。
体内を駆け巡るナノパーツが、神経を弾く。
「準備終わったか、最弱?」
にやり、と笑う。
その余裕。
……叩き潰してやる。
拳を握り、呼吸を止めた。
世界が、止まる。
色が抜け落ち、音が消える。
灰色の世界。
水中を進むような抵抗の中、杷生へ踏み込む。
狙いは鼻っ柱。
空気抵抗を利用して、限界まで引き絞る。
―――息を吐く。
時間が動き出す。
渾身の一撃が、顔面を捉えた。
―――グチャッ!
鈍い手応え。
吹き飛ぶ―――
はずだった。
「……殴られるまで、全然気づかなかったな」
立っている。
無傷。
平然。
まるで、興味深い玩具を見つけたような顔。
あり得ない。
「あー、俺、頑丈なんだよ」
軽く言うな。
次の瞬間、視界がブレた。
―――速い。
呼吸を止めているのに、拳が目の前で止まっている。
―――まずい。
慌てて頭を傾け、息を吸う。
拳が頬を掠める。
それだけで、皮膚が焼けるように痛い。
直撃したら、終わりだった。
距離を取ろうと後ろに跳ぶ。
―――腹に衝撃。
内側で、嫌な音。
壁に叩きつけられ、肺から空気が漏れる。
「唯一君!」
軀方さんの声。
「……っ、大丈夫、です!」
大丈夫じゃない。
でも、倒れられない。
「浅かったか」
これで浅い?
冗談じゃない。
立て。
呼吸を整えろ。
「そうでなきゃ面白くねぇよな!」
頑丈。
なら。
同じ場所に、何度も叩き込めばいい。
踏み込む。
「何か企んでる顔だな」
「最弱を倒せないなんて、特待生も大したことないですね」
一瞬、杷生の目が細くなる。
来る。
呼吸を止める。
今度は―――迎え撃つ。
息を吐いて一撃。
止めて溜めて。
吐いて、また一撃。
リズムだけを信じる。
灰色の世界と現実を、何度も往復する。
肺が焼ける。
視界が揺れる。
それでも、同じ箇所へ。
最後の一発を叩き込み、距離を取る。
「っ……」
杷生が呻いた。
効いている。
確実に。
だが―――
「そこまでだ」
低い声。
九藤会長だった。
「引き分けだ」
「ふざけんな―――」
言いかけた杷生を、会長が睨み一つで黙らせる。
舌打ちを残し、杷生は去った。
……終わった。
力が抜け、その場に座り込む。
「ひ、引き分け……ハハッ、引き分けか」
「唯一君、大丈夫!」
駆け寄る軀方さん。
「かっこよかったよ!」
満面の笑み。
元凶だという自覚は、ない。
◇
保健室。
ベットに横になると、天井が遠い。
「んー、今回はそこまでじゃないけどぉ、無理しちゃだめよぉ?」
過藤先生が、ゆるい口調で回復注入器を刺す。
「なんで毎回いるんですか……」
「だってぇ、唯一君のケガは先生が担当だものぉ」
意味が分からない。
「ちなみにぃ、内臓がぐちゃぐちゃだから安静ねぇ」
全然〝そこまでじゃない〟じゃない。
「唯一君、かわいそう……」
「原因は軀方さんです」
ぴたり、と彼女が黙る。
「……だって」
もじもじ、口を尖らせる。
「唯一君が馬鹿にされるの、嫌だったの」
小さな声。
「唯一君は、そんなに弱くないって……知ってほしくて」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
幽霊だとか怖いだとか、勝手な噂で距離を置かれてきた彼女。
本当は優しくて、不器用で、可愛い人だと―――僕だけは知っている。
でも。
軀方さんも同じだった。
軀方さんの目に映る僕は、最弱じゃない。
僕たちは、同じ場所から、同じ気持ちで、お互いを見ていたんだ。
それが、こんなに嬉しいなんて。
「ゴメンね、勝手に」
「……今回は特別ですよ」
「うん」
俯く軀方さん。
「そういえば」
「どうしたの唯一君?」
「キスの件、守ったので僕の分は?」
「ええ⁉」
一瞬で真っ赤になる軀方さん。
「あ、あの、二人きりなら……」
「冗談です」
「そ、そうなんだ、私は別に……」
「そういうのは、本当に好きな人とするんですよ」
過藤先生がニヨニヨしている。ちょっと怖い。
色々あったけど。
これで、いつもの軀方さんだ。
ベッドに横になりながら、考える。
特待生。
オーパーツ。
イレブンギア。
普通の基準が通じない学園。
それでも。
なんとか、やっていくしかない。
「そういえば、唯一君」
「はい?」
「高継さんが、会ってくれるって」
「本当ですか?」
「うん。私の家で」
……また、波乱の予感しかしない。
明けましておめでとうございます。
年末にインフルエンザにかかり、やっと回復しました!
そして、二章がやっと終わり。
次は第三章です。
これからの唯一君、軀方さんの物語を楽しみして下さい。
それでは、皆様の暇つぶし程度になってましたら、幸いです。




