実は全部はじめてなんです!
気付いたら、自分の部屋だった。
おかしいなぁ。今日は入学式に出たはず……だったんだけど。
ポッケをまさぐり携帯端末を取り出す。
【七月二十一日】
えっ……んん~~~?
カレンダー、壊れてる?いや、未来に来ちゃってる⁉
慌てて日付設定を開こうとした、その瞬間―――
「やぁ、唯一枢君。これを見てるという事は今日が七月二十一日、という事だね」
……なになに、これ、どうなってるの?
思わず声を上げそうになったけど、気付けば口がパクパク動くだけだった。
「まぁまぁ、驚くのも無理はないけど、ひとまず深呼吸でもしてさ、落ち着きたまえよ」
いや無理でしょ!意味わかんないし!
「君はこの夏休みで一学期分の出来事を全部把握しなきゃいけないんだ。時間は限られてるよ?」
―――どうやってその状況を飲み込んだかは、正直よく覚えてない。
でも、どうやら一学期の僕が、精神を乗っ取ったらしい。迷惑な話だ。
それはともかく……夏休みは、猛烈に忙しかった。
一学期の勉強を頭に詰め込んで、あとは―――。
それまでの〝僕〟が、何をして、どう過ごしていたのか。
思い出せない分、覚えるしかなかった。
そして迎えた、今日。二学期の始まり。
全部がはじめて。でも、記憶がないことはバレちゃダメだ。
特に―――あのメンバーには、絶対に。
……っと、また考え事してた。危ない危ない、教室、通り過ぎるとこだった。
やっぱり、夏休みと平日じゃ雰囲気が全然違うんだよなぁ。
そんな風に思いながら―――僕、唯一枢は、自分の教室の前に立っていた。
でも、ここから僕の苦悩が始まるとは、その時思ってもみなかった。
◇
ハ、ハハッ……なんだろう、このやるせない気持ち……
扉を開けてクラスメートが僕を見た瞬間。
「お、おい、唯一だ……」
(はい、唯一枢です)
「目を合わせちゃダメよっ!」
(え、なんで、僕なんかやったの?)
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!」
(語彙力死んでるけど、そんな僕嫌われてるの⁉)
え、えぇぇぇぇー!
なんなんだこの反応!
一学期の僕からのメッセージで、だいたいの事は把握してる。
けど、それ以上にこれは……笑えないやつでは?
僕が登校しただけで、地雷でも踏んだような空気になるの、なんなの?
って、思いながら僕の席に座る。
とにかく深呼吸だ―――平常心、平常心。
その後、多分担任の先生が教室に来て
「げぇ!唯一!」
とか暴言吐かれたりもした。
けど、始業式は別に何も起きる事なく終わって良かった。
もうすでに疲れたよ。
なんかもうね、言葉に出来ない疲れがあるよ。
はぁ~~~、でも本番はこれからなんだよなぁ。
他の生徒達とは別の方向へ歩く。
無名学園に隠された通路。
その先にある〝イレブンギア〟の会議室へと、向かって。
◇
いつ来てもこの通路、暗っ……!
照明、点いてるはずなのに空気が澱んでるし。
足音が自分のじゃないみたいに響いて、背中がゾワッとする。
そして今日は―――僕一人じゃない。
イレブンギア―――この学園で、極秘裏に進行している、秘密のプロジェクト。
十一人のメンバー……一体、どんな連中が揃ってるんだろう。
そう思うと、少しだけ背筋がゾクッとする。
そして、今日はその全員が集まって全体会議の日。
でも僕にとっては〝初めての顔合わせ〟みたいなもので……。
ああもう、喉がカラカラだよ。
そんな事を考えながら歩いていくと、見えてきた。
例の、重厚な鉄製の扉。
―――見た目は戦車並みなのに、開けると妙に軽いんだよなぁ、コレ。
たしか頑丈だけど軽いナノパーツ使ってるからだっけ。
キィィ……。
音だけは、ちゃんと重々しい。演出だけ一人前だ。
扉の向こう。九人の視線が、一斉にこちらを向く。
うわ、めっちゃ見られてる。こっちまで緊張するんだけど……。
「オッスー唯一、久しぶりだな?」
真っ先に声をかけてきたのは、見た目からして完璧お嬢様。
カチューシャでまとめたふわふわウェーブの銀髪、優雅な微笑み―――
って、あれ?
……お嬢様、イスにあぐらかいてるんですけど⁉
あ、あぐら?スカート……下着?
これ、風紀的に大丈夫?
このはしたないお嬢様は、えっと、たしか―――
あの有名な蓮田財団の蓮田音子先輩。
超セレブなのに、しゃべり方が……え、下町?って感じ。
―――ギャップが凄すぎて、目が追い付かないんだけど⁉
「なんだぁボーッとして?大丈夫か唯一」
ヤバい、このまま黙ってたら変に勘繰られる!
「だ、大丈夫です、久しぶりなのでちょっとボーッとしちゃいました」
「ん?ふーん、まぁ……ならいーけどよ」
なんか腑に落ちてないけど、とりあえずは大丈夫かな?
アハハ……と曖昧に笑っておく。
「それより突っ立ってねぇで座れよ、ホラ」
「あ、は、はい、失礼します」
座ろうとした瞬間に椅子がギィッと音を立ててビクッとした。
「ゆーい君、ふいんき変わった?なんか前と違う感じ!」
つ、次は誰?
蓮田先輩とは反対側にブンッと顔を向ける。
ウルフカットに、ジャラジャラのアクセとギターケース。
たしかこの人は……見た目バンドギャルなのにイレブンギアの一般人枠―――
形田穂歩先輩、二年生。
音楽のセンスが異常ってくらいで、家庭も成績も何もかも普通の人だったはず。
「は、はは、どうなんでしょう?」
一学期の僕はどうしてたんだ!
相槌一つとっても正解が分からないよ!
「ほえぇー、ホントどうしたのゆーい君、まるで別人みたい!」
ウグッ!いきなり確信突いてくるな形田先輩!
落ち着け落ち着け、こんな時こそ深呼吸だ!
「そんな事ないですよ、ホラ、夏休みありましたし?」
「あーねっ!そうだよね、二学期にもなると落ち着くよね!」
ご、誤魔化せたのかな?
なにやらすごく生易しい目で見られてる……ような。
ま、まぁ、良いか、形田先輩は音楽聞き始めたし。
―――というか、なんだこれ……。
知らない人たちが、自分のことを〝知ってる〟ってだけで、頭がパニクッてるのに。
こんなに一気に話されても……僕には記憶が無いんだよ。
そもそも、何がどうなってこんなことに……。
……とにかく、気を抜いたらバレる。落ち着け、落ち着け僕。
―――クイックイッ。
んっ?なんかシャツが引っ張られる。
―――クイックイッ!
さっきよりもちょっと強い?なんだろう?
―――クイックイックイッ!
なんか自己主張が、ちょっとずつ強くなってる?
なんだろう?と、思って後ろを振り向いた。
……えぇー、デカッ!
多分、百八十センチはある女生徒。
というか、前髪が鎖骨くらいまであって全然顔見えない。
なのに視線だけやたら、刺さる。
でも、僕のシャツの袖をクイックイッやってる仕草のギャップ、かわいいかよ。
このギャップの嵐、なんなんだ!
「……ひ、久しぶり、唯一君……」
その声は、震えていて、どこかぎこちない。
やけに可愛くて、胸がちょっとドキッとした。
……もう感情おかしくなりそう!
「……元気、にしてた?」
モジモジまでしてる……。
僕とこの人どういう関係なんだろう?
もしかして恋人……?いや、まさか。
そうだったら、一学期の僕が、何か残してるはずで。
……でも、この距離感は……。
「おうおう魑瑠、ずいぶんうれしそうじゃねぇーか?」
蓮田先輩の言葉で思い出した。
魑瑠、軀方魑瑠。たしか今のイレブンギアで一番古いメンバーだったはず。
「本当だ、軀方さん嬉しそうだね」
形田先輩の言葉からも軀方さんであってるようだ。
「あ、あはは、軀方さんこんにちは」
「うん、こんにちは、唯一君……」
「あーえっと、僕は元気でした、軀方さんはどうでした?」
「普通、だった……かな」
一学期の僕はもっと会話続けられたのかな?
好意的なのは分かるんだけど、前髪で表情も分からないし。
というかいつまで袖持ったままなんだろう?
体は大きいけど少女みたいな人だな、軀方さん。
「ほら軀方さん、立ってないでココ座りなよ!」
「あ、ありがとう……」
形田先輩が席を空けて、軀方さんが座った。
目線は分からないけど、ずっと見られてる気がする。
すごい気まずい。なんか会話続けなきゃダメかな……。
軀方さんの手が、離れる。
袖には、少しだけシワが残っていた。
……空気が、また重くなる。
僕は、もう一度、周囲を見渡した。
―――んっ?なんだこれ?
「軀方さん、その腰のって?」
「えっ?グレイステップ、だけど……」
「グレイステップ?」
灰を踏む、って事かな?ランタンと灰、どう繋がるんだろう?
「……そう。これ、私の」
ふーん、全体的に青黒い筒状のランタンか。
確かに今どきランタンなんて古いけど、そんな古代の遺物扱いする程かな?
「……前に、唯一君、いっぱい調べたけど……忘れちゃった?」
「えっ!いや、そのっ、久しぶりに見るとやっぱり珍しいなって!」
「……そう、なんだね」
危なっ!今のは完全に危なかった。
気を付けないと、一発でバレてしまう。
僕がイレブンギアの活動について全く記憶が無いなんて知られたら……
メンバーから除外されるだけならまだしも……
秘密結社なんだ、それこそもしかしたら消されるかもしれない。
なにやら正しい事だけをしてる組織じゃないらしいしな。
だから、記憶が無い事だけは気付かれないようにしなくては……。
僕がこれからも平穏に生きていけるように!
この時の僕は、〝平穏〟って言葉を辞書で引くべきだった。