Time Album ータイムアルバムー
―――深呼吸。
空気をいっぱい吸い込んで、バクバクうるさい心臓をなだめる。
呼吸を整えれば、気持ちは自然と戦闘モードに切り替わる。
僕―――唯一枢の〝戦いのスイッチ〟は、いつだってここから始まる。
なぜなら、この≪呼吸≫こそが―――僕のオーパーツの〝鍵〟だからだ。
数分前―――
八月三十一日。夏休み最後の日。
放課後の昇降口を抜けて、正門に向かっていた。
(あっついなぁ……)
アスファルトが陽炎で揺れてる。
そんな中、不意にパラッと砂が顔に当たった。
「つっ―――」
思わず目を閉じた、その時だった。
そこに、〝いた〟。
制服のシャツに、ゆるっと羽織ったカーディガン。
ツインテールのギャルが、正門のど真ん中に仁王立ちしている。
しかも、ブーツ。真っ黒なヤツ。
暑苦しさとルール違反が渋滞してるファッションに、思わず固まる。
(えっ?今、誰もいなかったよね……?)
「ねぇ、キミ、唯一枢君だよね?」
後ろから、声。
ビクッとして振り返った瞬間―――顔、超近い。
「ねぇ、ガン無視?それとも違う人?」
「……あ、あの、はい、僕です」
(か、関わってしまった……)
ギャルがパッと笑って、さらに顔を寄せてくる。
「だよね~!ビビった、透明人間になったと思ったし!」
「す、すみません……」
条件反射で謝った僕に、ギャルはにんまりと笑った。
「カタすぎー!ウチ、取材に来ただけだし!」
「しゅ、ざい……?」
(面倒くさいアレだ、これ……)
「そ、噂になってるじゃん?キミって―――〝最弱〟って!」
ギャルはスマホを取り出しながら、超ノリノリで言った。
(……完全にヤバいやつだ、これ……!)
逃げ腰の僕に、ギャルは一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
「えぇ~~帰んの?サゲ~~!ちょっとで良いからさ、ねっ?」
(……この人、距離感おかしい……!あ、ネクタイ赤い……二年生?)
「えっと、先輩ですよね?すみません、僕……まだ名前とか……」
「マジで!ウチ知らないとか!ヤバくね!この無名学園で!」
肩をガックリ落とすギャル。
「てか、謝って~~~」
「す、すみません……」
「マジ真面目ウケるー!唯一君、真面目系男子か~!」
ケラケラ笑う彼女のテンションは、もう台風レベル。
「あ、あの先輩、そんな面白いですか?」
「アハハ……まぁいいや!ウチ貝柱ほたて!無名学園の三大美少女のひとり!ヨロ~!」
ギャルピース&ウィンク。
「は、はぁ……」
(自己紹介だけでテンション高くない?)
リアクションに困る僕を見て、さらに笑顔を深くする。
「ウチ、新聞部所属、今回ターゲットは唯一君!最弱ってホントか確かめたくてさ~」
「……いやそう言われても、僕は帰ります」
(マジで!)
「え?マジ!それマジで言ってる?ちょっとだけ、ねっ?ねぇ!」
(……やっぱり、面倒くさい)
ため息をつきながら、踵を返す―――が。
「それじゃーさ!」
気付いたらまた正門の前に、彼女は立っていた。
(また一瞬で!)
「ウチと勝負しよ!勝ったら帰って良いから!」
「……勝負?」
「そそ、鬼ごっこ!ウチがオニね!五分間逃げきれたら唯一君の勝ち!」
トントン、とつま先で地面を鳴らす。
「いや、そんな子供みたいな……」
「シンプルが一番じゃん?」
満面の笑みで返され、僕は小さくため息をつく。
「わかりました。……やります」
「よっしゃ、決まりね!」
吹き抜ける風が、貝柱ほたてのスカートをふわりと持ち上げた。
一瞬、見えた下着に、思わず息を止めてしまった僕―――
その瞬間だった。
ギャルの手が、僕に触れかけていた―――
―――が、動かない。
まるで写真で撮られたようにその場で静止している。
(……あ、危なかった)
半身をひねって、スルりとかわす。
静かに、息を吸った瞬間―――
「エッ?いま絶対タッチしたのに!」
ズザーッと地面を滑りながら、貝柱ほたてが盛大に叫んだ。
「これ避けられる人珍しー!悔しー‼」
「その割に嬉しそうですね?」
「……だって、本気出せるじゃん?」
(目が笑ってないよ……)
「唯一君、特待生って知ってる」
突然、何の話だ?
「在校生約千二百人の中の十一人、ですよね?」
「そ、十一人」
「それが、どうしたんです?」
「鈍いなぁー……」
(んっ?もしかして僕煽られてる?)
彼女は自分をツンツンと指さしながら
「―――ウチウチ、ウチがその十一人の一人なんだよね!」
「……はぁ、それがどうしました?」
「あーもう、だからね!」
と、早口になり始める貝柱ほたて。
「ウチっ結構凄いよ?十一人中六番目。オーパーツも〝本物〟だし、ぶっちゃけカースト上位中の上位ってやつ!」
「……は、はぁ。貝柱先輩凄いですね」
貝柱先輩は特待生で凄い。
つまり僕よりも断然強い。
なのに絡まれてる、意味が分からない!
「マッ!マジでウチの事知らなかったわけ?」
「……す、すみません」
「ハァ~……マジ心外……」
(ハァ~ってため息つかれても……)
「てか、無名学園いて特待生知らないとか、マジ大丈夫?」
「心配になるレベルですか?」
「だって、本物のオーパーツでレベチなわけでしょ!」
(……うん、まぁ……)
僕の通う無名学園は、いわゆる〝オーパーツ至上主義〟の学校だ。
オーパーツ―――再現不可能な古代技術を秘めた装備。
その希少性と性能は、生徒の地位に直結する。
全校生徒千二百人。その中でも〝本物〟のオーパーツを持つ生徒はごくわずか。
そして、僕のオーパーツも一応そのひとつ……だけど。
「僕のもオーパーツですけど……」
「だって、唯一君のは最弱って言われてる理由が、ソレじゃん!」
(ま、まぁ、確かにそうだけど……)
「生徒全員がオーパーツかナノパーツもってる中でさ、性能も段違いってなったら有名になるっしょ!」
「無名学園のオーパーツ至上主義ですね」
「ソレソレ、珍しいオーパーツ持ってる奴エライっていうソレね!」
「それ言ったら僕のも珍しいんですけど……」
腰に括り付けてる懐中時計型のオーパーツ、タイムアルバムを撫でた。
「まぁ良いや、今日で忘れられなくしてやんよ!」
「あ、あの、目が本気なんですけど……」
さっきと同じくつま先をトントンとリズム取る。
「ウチのティンカースピードは学園最速だしッ!」
―――彼女の体がブレた。
次は意識的に息を止める。
瞬間、世界の色が剥がれ落ちる。
空間を切り取ったように、空気が止まり、音が死んだ。
水の中に沈んだような感覚―――すべてが、灰色のまま凍り付いている。
僕以外のすべてが―――
―――止まっている。
(先輩のタイミングに合わせられた!)
目の前に凄い前傾姿勢の先輩。
腕はまっすぐ僕に向けられてる。
指一本分、ホントギリギリ。
また半身でスルリと避ける。
そして息を吐く。
「またっ!なんで?」
困惑、してる?
僕のタイムアルバムは、表向きは正確に時刻をつげるだけ。
でも、本当は『息を止めると、時も止められる』。
ただ、時の止まった世界を知覚出来るのは―――僕だけ。
だから、誰もこの能力を知らない。
つまり、時を止める、という最強クラスの能力は誰にも分からない。
これが、僕のオーパーツが最弱と言われる理由。
別にそれは構わないと思ってる。
バレたら面倒くさそうだし。
「その……貝柱先輩は早くても動きが直線的だから……」
「ウチ、単純って言われてる?」
「……いや、そんな風には」
「ふーん……んじゃ、ステージ上げてくよ!」
(だから、なんで楽しそうなんですか……⁉)
「ティンカースピード、セカンド!」
―――貝柱先輩のブーツが変形していく!
より流線形のスポーティーに。
ブーツというよりはハイソックスみたいだ。
絶対領域まで出来てる。
「次は絶対捕まえるっしょ!」
「絶対に捕まりません!」
―――深呼吸をする。
タイミングを見る。
空気の振動でも良い。
とにかく集中しろ、唯一枢。
貝柱先輩の体が消え―――息を止める。
―――世界が灰色になる。
横っ!
(さっきまで直線的だったのに!)
一歩前に出てかわす。
息を止める限界―――「ツハッ!」
―――時は動きだす。
「エー、またなんでー?」
背中からズサーッ!
「……僕も必死なので!」
(いや、わりと本気で!)
「てか、唯一君もスピード型?でも動ける距離は短い的な?」
「……いえ、そうではないんですけど」
時は止められる、だけど同時に空気の流れも止まる。
だから、水の中にいるみたいに抵抗が凄いんだよ……
少し体を動かすのがやっとなんだ!
動けて十秒くらいが限界!
僕だってもっと動き回りたいよ!
でも、全然動けないんだ!
(説明しても信じないと思うけど……)
「てか、最弱っていうより、そっちの方がウチ気になるわー!」
(凄いキラキラした目で見ないで!)
「……僕はその、最弱か分からないけど、平凡です」
「それマジで言ってる?ウケる―!」
(全然笑ってないけど……)
「ウチのスピードに対応出来る、それ普通じゃないし!」
「たまたま、ですよ……」
「二回も避けたくせに~!」
切れ長の釣目が光った。
「なんかあるけど言いたくないならウチが暴いてやんよ!」
「……やめてくれます?」
「だから君は今日からウチのターゲットね!」
「僕の話し聞いてます!」
「って事で、あと三分マジのマジ本気だしちゃうかんねー!」
「マジかぁ……」
僕は内心でボヤきながらも深呼吸した。
そして一言、今日を締めくくるかのように吐き捨てる。
「早く時間が過ぎれば良いのに……」